旭硝子研究報告 67(2017)

ラマンおよびNMR分光法によるリチウムイオン電池用フッ素系電解液の配位状態の定量解析

Quantitative Study of Coordination State of Partially Fluorinated Electrolytes for Lithium Ion Battery by Raman and NMR Spectroscopy

本間脩*・網野陽介*・宮嶋達也*・遠田豊和**・室谷英介***・小野崎祐**
Osamu Homma, Yousuke Amino, Tatsuya Miyajima, Toyokazu Enta, Eisuke Murotani and Yu Onozaki

*旭硝子株式会社 先端技術研究所
**旭硝子株式会社 化学品カンパニー
***旭硝子株式会社 商品開発研究所

 リチウムイオン電池用電解液の配位状態は安全性に深く関係するため、配位状態を定量的に評価することは重要である。解析にはラマン分光法が有用であるが、複数の配位性溶媒を含有する電解液への適用は困難な場合がある。ここでは、ラマン分光法とNMR分光法を併用することで、γ-ブチロラクトンとジメチルカーボネートの混合比の異なるフッ素系電解液について、配位状態の違いを明確化した。

 It is important to quantitatively evaluate the coordinating state of electrolytes for lithium-ion battery, because it deeply relates with the safety of the solutions. Raman spectroscopy is a novel method for the analysis, but it has limitation to apply to electrolytes which contain multiple coordinating solvents. By combining Raman and NMR spectroscopy, we clarified the difference of coordinating state in partially fluorinated electrolytes which had different mixing ratio of γ- butyrolactone and dimethyl carbonate.

1. 緒言

 リチウムイオン電池(LIB)は、スマートフォンやノートパソコン等の電子機器に広く普及しており、我々の生活に不可欠な存在となっている。一方で、LIBの発熱・発火事故が発生しており、安定性向上が課題となっている。

 LIBは正極、負極、電解質から構成される。電解質として、有機溶媒にリチウム塩を溶解させた電解液が一般的に使用される。近年、フッ素系溶媒を用いた高安全性の電解液が着目されている。リチウム塩はフッ素系溶媒に不溶であるが、エステルやカーボネートなどの配位性の炭化水素系溶媒を添加することで可溶となる。Figure 1に示すように、配位性の溶媒分子やLi塩のカウンターアニオンは、Li+へ配位・脱離を繰り返しながら存在する。フッ素系溶媒やLi+に配位した炭化水素溶媒は燃焼性が低いが、未配位の炭化水素系溶媒は可燃である。したがって、配位状態の定量的解析は電解液の安全性向上のため重要となる。本報では、ラマン分光法やNMR分光法により、フッ素系電解液の配位状態を解析した結果を示す。

Fig.1 Schematic view of coordination state in LIB electrolyte.

2. 試料の組成

 配位性の炭化水素系溶媒としてγ-ブチロラクトン(GBL)とジメチルカーボネート(DMC)の一方あるいは両方を用い、非配位性のフッ素系溶媒として1,1,2,2-テトラフルオロエチル-2,2,2-トリフルオロエチルエーテル(旭硝子製アサヒクリンAE3000)を用いた。リチウム塩には一般にLiPF6が使用されるが、反応性が高く取扱いが難しいため、本報ではリチウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(TFSILi)を用いた。各原料の構造をFig.2に示す。

 本報では、GBLあるいはDMCとTFSILiのモル比がそれぞれ4,6,8,10となるTFSILi/(DMC+AE3000)系電解液、TFSILi/(GBL+AE3000)系電解液を試料として作製した。また、複数種の配位性溶媒用いた電解液として、GBL/Li比が4であり、DMC/GBL比の異なるTFSILi/(GBL+DMC+AE3000)系電解液を作製した。

Fig.2 Structures of each raw material.

3. ラマン分光法による配位状態解析

 ラマン分光法や赤外(IR)分光法に代表される振動分光法は、電解液の配位状態解析に不可欠な分析法である。溶媒分子の一部の振動エネルギーは、Li+に配位することで変化する。それにより、配位成分および未配位成分に由来するピークは分離して検出される。特に、ラマンシグナルはIRシグナルよりシャープであり、解析しやすい。また、充放電時における状態変化を比較的容易にin-situ分析できる。以上の点でラマン分光法は配位量解析に適しており、報告例も多い1-5)。

 配位性の溶媒としてGBLあるいはDMCの一方を含有する電解液について、ラマン分光法により配位状態を解析した。GBL/Li比が異なるTFSILi/(GBL+AE 3000)系電解液のラマンスペクトルをFig. 3に、DMC/Li比が異なるTFSILi/(DMC+AE3000)系電解液のラマンスペクトルをFig. 4に示す。GBL/Li比、DMC/Li比は図中に示した。

 Figure 3のスペクトルにおいて、680 cm-1のGBL由来ピークは2本に分裂して検出された。同様に、Fig. 4のスペクトルにおいて、920 cm-1のDMC由来ピークは分裂して検出された。これまでの報告例2-4)から、これらのピーク分裂はLi+へのGBLおよびDMCの配位によるもので、高波数側のピークは配位成分、低波数側のピークは未配位成分に由来すると考えられる。GBLあるいはDMCの含有量が多いほど、配位成分由来のピークに対して未配位成分由来のピークが強くなることが明らかとなった。

Fig.3 Raman Spectra of TFSILi(/ GBL+AE3000).
Fig.4 Raman Spectra of TFSILi(/ DMC+AE3000).

 次に、スペクトルから配位数の定量を試みた。分裂したピークの強度から配位量を算出する際、配位によるラマン散乱断面積の変化に注意が必要である。ここでは文献1)の方法を参考にした。

 ラマンシグナル強度や配位、未配位分子の数について、式(1)~(3)が成り立つ。

Ntotal:Liに対するGBLあるいはDMCの分子数
Ncoordinating:1つのLi+に配位するGBLあるいはDMCの平均数
Nfree:1つのLi+に対する未配位のGBLあるいはDMCの平均数
Icoordinating:配位GBLピーク(688 cm-1)
あるいは配位DMC由来ピーク(933 cm-1)の強度
Ifree:未配位GBL由来ピーク(675 cm-1)あるいは未配位DMC由来ピーク(916 cm-1)の強度
σcoordinating:配位GBLピーク(688 cm-1)あるいは配位DMC由来ピーク(933 cm-1)の強度係数
σfree:未配位GBL由来ピーク(675 cm-1)
あるいは未配位DMC由来ピーク(916 cm-1)の強度係数

また、配位による影響を受けないピークについては

としてよい。また、
と書ける。Ntotalは調液時の仕込み組成を参照すればよく、IcoordinatingおよびIfreeはピークフィッティングにより求まる。したがって、σcoordinating /σfreeを求めればNcoordinatingを導出可能となる。式(1)~(4)からNcoordinating, NfreeおよびNtotalを消去すると、
となる。式(6)より、Ifree/Iunalteredに対してIcoordinating/I unalteredをプロットしたときの傾きを求めれば、σcoordinating /σfreeが求まる。


 Ifree/Iunalteredに対するIcoordinating/Iunalteredのプロット図をFig. 5に示す。プロットを直線回帰することで、GBLについてはσcoordinating /σfree≒0.79、DMCについてはσcoordinating /σfree≒0.70と求められた。これらの値と式(5)より算出した各電解液における配位状態をTable. 1, 2に示す。詳細な算出法は割愛するが、TFSI-の配位量について、745 cm-1の分裂ピークを用いて定量した結果も付記する(6, 7)。

Fig.5 Icoordinating/Iunaltered vs Ifree/Iunaltered Plot.
Table 1. Analyzed Coordination State in TFSILi/ (GBL+AE3000).
Table 2. Analyzed Coordination State in TFSILi/ (DMC+AE3000).

 これらの結果から、Li+は4配位のカチオンであるが、GBL/Li=4およびDMC/Li=4の電解液中ではすべてのGBL, DMCが配位しているわけではなく、未配位成分も存在することがわかった。TFSILi/(GBL+AE3000)系電解液では、GBL量が増えるにつれてTFSI-との置換が進む傾向が見られた。GBL/Li=10の電解液では、1つのLi+に配位するGBLの平均数がLi+の配位数である4に到達した。TFSILi/(DMC+AE3000)系電解液においても、DMC量を増やすと配位DMCは増加するが、TFSILi/(GBL+AE3000)系電解液の場合ほど顕著に増加しなかった。以上より、GBLのほうがDMCよりもLi+に配位しやすいと言える。

4. 複数種の配位性の溶媒を使用した電解液の配位状態解析

実用される電解液は、安全性のみだけでなく電気伝導度など他の特性も要求される。要求特性を満たすために、複数種の配位性の溶媒が使用されることが多い。組成が複雑になるにつれて、ラマンシグナルの重複が生じやすくなり、ラマン分光法による配位量解析は困難となる。例として、GBLとDMCの両方を含む電解液のラマンスペクトルをFig. 6に示す。配位量の定量に使用するピークに、他方の溶媒に由来するピークが重複した。このような場合、ピーク強度の正確な評価は困難となる。

Fig.6 Raman Spectra of TFSILi(/ GBL+DMC+AE3000), GBL and DMC.

このような場合、ラマン分光法と併せてNMR分光法を活用するのが有効と考えられる。NMRスペクトルの観測時間スケール(μs~s)は配位成分と未配位成分の交換速度(ns~サブμs)より遅いため、配位成分と未配位成分のピークは分離せず、存在比を反映した1本のピークに平均化される。よって、NMRスペクトルから配位量の絶対値を決定することはできない。一方で、NMRシグナルは非常にシャープなため、組成が複雑化してもピーク重複の懸念がほとんどないという利点がある。

DMC/GBL比の異なるTFSILi/(GBL+DMC+AE3000)系電解液の13C NMRスペクトルをFig. 7に示す。いずれの電解液もGBL/Li比は4である。DMC量により、GBLおよびDMCのカルボニル基に由来するピークがシフトした。配位以外の要因によるピークシフトを調べるため、Li塩不添加で、GBL, DMCおよびAE3000混合比の異なる溶液の13C NMRスペクトルを測定した。スペクトルは割愛するが、組成の違いによるピークシフトはFig. 7におけるピークシフトより1桁以上小かった。これより、Fig. 7におけるピークシフトは、主として配位成分と未配成分の存在比を反映すると判断した8, 9)。したがって、ラマン分光法により配位量解析を行ったTFSILi/(GBL+AE3000)系電解液およびTFSILi/(DMC+AE3000) 系電解液を用いて13C NMRスペクトルにおけるピークシフトと配位状態の相関を求め、それを適用することでTFSILi/(GBL+DMC+AE3000)系電解液の配位状態を解析できると考えた。TFSILi/(GBL+AE3000)系電解液およびTFSILi/(DMC+AE3000)系電解液の13C NMRスペクトルをFig. 8に示す。各電解液のGBLあるいはDMCのカルボニル基由来ピークの化学シフトから、純粋なGBLあるいはDMCのカルボニル基由来ピークの化学シフトを減じたΔppmを、ラマン分光法により算出した配位成分の割合に対してプロットした図をFig. 9に示す。Δppmと配位成分の割合には良好な直線相関が見られた。これらの相関を用いて、Fig. 7のスペクトルのピークシフトから解析したTFSILi/(GBL+ DMC+AE3000)系電解液の配位状態をFig. 10にまとめる。DMC/GBL≒1の電解液では、GBLほうがDMCより配位量が多いことがわかった。これより、GBLのほうがDMCより優先的にLi+に配位すると推察される。また、DMC/GBL比が大きくなるにつれて配位DMCが増加し、配位GBLが減少した。DMCが配位GBLと置換したと考えられる。

Fig.7 13C NMR Spectra of TFSILi(/ GBL+DMC+AE3000).
Fig.8 13C NMR Spectra of TFSILi(/ GBL+AE3000) and TFSILi/(DMC+AE3000).
Fig.9 ⊿ppm vs Coordinating GBL or DMC Plot.
Fig.10 Analyzed Coordination State of TFSILi/ (GBL+DMC+AE3000).

以上のように、ラマン分光法とNMR分光法を上手に活用することで、複数の配位性溶媒を使用した複雑な電解液であっても、それぞれの溶媒分子の配位量を定量的に解析できることがわかった。

5. 結言

フッ素系溶媒を用いたLIB用電解液の配位状態解析を行った。ラマン分光法を代表とする振動分光法は配位量解析に不可欠であるが、複雑な組成の電解液への適用は限定される。そこで、NMR分光法を併用することで、配位性の溶媒としてGBLとDMCの両方を含有する電解液の配位状態解析を可能とした。TFSILi/(GBL+ DMC+AE3000)系電解液では、GBLのほうがDMCより優先的にLi+に配位すると推察された。また、DMC/GBL比が大きくなるにつれて、DMCと配位GBLの置換が進行することがわかった。

参考文献

  1. Y. Yamada, Y. Takazawa, K. Miyazaki and T. Abe, J. Phys. Chem. C, 114, 11680 (2010).
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  9. K, Matsubara, R. Kaneuchi and N. Maekita, J. Chem. Soc., Faraday Trans., 94, 3601 (1998).