AGC Research Report 68(2018)

固体Li+伝導体ガラス組成開発

Development of Li+ conducting glass materials

津田七瑛*・谷田正道**・宮嶋達也***
Nanae Tsuda, Masamichi Tanida and Tatsuya Miyajima

*AGCエレクトロニクス株式会社
**AGC株式会社 技術本部 商品開発研究所
***AGC株式会社 技術本部 先端技術研究所

 スマートフォンやタブレットPCが必要不可欠となっている現代社会において重要な蓄電池あるリチウムイオン二次電池(LIB)は、今後も需要拡大が見込まれている。しかしながら液体電解質を用いた現行LIBや昨今活発に開発されている硫化物系電解質を用いた電池では電池単独での安全面において課題があり、特に硫化物系電解質では水と接触した際にH2Sが発生する懸念がある。そこで本研究では、より高い安全性を有する純酸化物系固体電解質に注目し開発を行った。

 ガラスは構造がランダムであるため、Liの伝導パスを制御することは難しい。しかしながら本研究を進める中で、Li+とガラス構造の間に強い相関があることが示唆されてきた。

 また一般的に、Li2O-B2O3系ガラスではBへのOの配位状態がガラスの様々な特性に影響を与えることが知られている一方、Li2O-B2O3-SiO2ガラスについてはあまり研究されていなかった。従って、本稿では、Li2O-B2O3-SiO2系ガラスにおいて、主なガラス形成酸化物であるB2O3の配位状態に注目し、伝導度とガラス構造の関係性を評価した結果について報告する。

 In recent years, lithium-ion batteries (LIBs) have been widely used in electronic applications such as smart phones or electric vehicles. Thus, it is expected that the demand for LIBs will continue to expand. Unfortunately, current LIBs employing organic liquid and sulfur electrolytes are unsafe, releasing liquid and H2S, respectively. However, LIBs employing solid oxide electrolytes exhibit high safety.

 Glass has a random network structure; thus, it is too difficult to control Li+ diffusion through it. However, our research indicates a strong correlation between the glass network and Li+ ion conductivity.

 In alkali borate glass, the oxygen coordination distribution around boron ions significantly affects its properties. However, its structure is not well understood.

 In this study, we investigated the glass structure of a Li-B-O glass system with a high Li content. Through this research, we aim to determine the relationship between the Li+ ion conductivity and the oxygen coordination around boron ions in this system.

1. 緒言

 リチウムイオン二次電池(LIB)は、スマートフォンやタブレットPCへ広く使用されており、今後も市場拡大が見込まれている。さらに電気自動車や夜間電力貯蔵用の大型デバイス、生体内埋め込み式の電源など、想定される用途も多岐に渡る。

 一方で、現在主に使用されているLIBは電解質に有機系溶媒を用いており、漏液やそれに伴う発火といった安全上の課題がある。また、構造上セパレータ並びにパッケージ化が必須のため、特に小型の場合にはエネルギー密度を上げ難いという課題も抱えている。上記の課題を解決するため、世界中で固体電解質を用い たLIBの開発が盛んに行われている。

 現在研究が先行しているのは、酸化物結晶系電解質と硫化物系電解質である。それぞれ一長一短があり、未だ現行LIBを置き換える段階にはない。いずれもLi+のイオン伝導度は現状の液系電解質に匹敵するものの、酸化物結晶系電解質は電極-電解質界面抵抗が高いこと、硫化物電解質は水と反応し人体や環境に悪 影響のあるH2Sガスが発生することが課題となっている。

 本研究では、①安全性、②高いLi+伝導度を目的とし、解決に向けて取り組んだ。材料として注目したのは酸化物系ガラスである。硫化物を含まない固体であるという特徴から、H2S発生や液漏れをしないという点で①を解決している。残る課題は②であるが、本研究ではガラス構造に注目し、伝導度との関係性を明確 にすることで課題解決の一助とした。本稿では、インピーダンス測定により得られたLi+伝導度とNMRにより得られたBへのOの配位状態の関係性について報告する。

2. 実験方法

2.1. ガラス作製

Table 1に示す仕込み組成となるように、各原料粉末を秤量し混合した。原料には市販品、純度99 %以上を使用した

 次に混合した原料を白金るつぼに入れ、1000 ℃~1400 ℃で15分加熱して原料を熔融させた後、熔融した原料を双ロールにより急冷し、フレーク(薄片)状のガラスを作製した。

2.2. DTA測定

 ガラスフレークを乳鉢で粉砕することで約1㎜角とし、φ5 mmのアルミセルに充填した。測定は示差熱分析計(リガク社製:TG8110)にて行い、昇温速度10℃ /min、参照試料にはAl2O3を使用した。得られたDTA曲線の第1変曲点をガラス転移点(Tg)とした。

2.3. 伝導度測定

 ガラスフレークの両面に、スパッタ法により金電極(φ6 mm)を形成した。続いてFRA(周波数応答アナライザ)(Solartron社製:ソーラトロンSI1287)を使用し10 MHz~0.1 Hzの周波数にて測定し、得られたNyquist plotによりイオン伝導度を算出した。

2.4. 真比重測定

 厚み300~400μmのガラスフレークを乾燥空気を充填したボールミルにて粉砕した。真比重測定はピクノメータを用いて実施した。

2.5. NMR測定

 ガラスフレークをグローブボックス中で手粉砕し、φ3.2 mmのZrO2製サンプル管に詰め、11B MASNMR測定を実施した。測定にはJEOL RESONANCE社製ECA600を使用した。パルス幅は0.57μsec (FA:30°)、積算回数は128回、パルス繰り返しの待ち時間は3 sec、MAS速度22 kHz、ポイント数は2048とした。化学シフトは飽和ホウ酸水(19.6 ppm)を2次基準とし、解析時のBFは20 Hzとした。2.1~2.4の実験結果の詳細をTable 1に示す。

3. 実験結果および考察

3.1. ガラス作製結果並びにDTA,伝導度測定結果

 ガラス作製結果をFig. 1に示す。Fig. 1はLi2O-B2O3-SiO2の相図であり、今回試験した組成についての熔解結果を記号で示した。ここで、○はガラス化した組成、△は目視で白点状の失透部分が確認された組成、□は全体的に失透し透明なガラスが得られなかった組成を示している。結果より、Li2O比増加につれて失透部位が増加し、透明なガラスが得難くなることが分かった。

Table 1. Samples for this study
Fig. 1. Glass fouming ragion of Li2O-B2O3-SiO2 glass system. Data plots of Glass (), Partially crystallized glass () and crystal () are shown in the figure

 本ガラス系における析出結晶はLi2Oを含有した結晶であり、結晶が析出した場合には伝導度が低下することが過去の研究よりわかっているため、以降の分析は失透部分の無いガラスにおいてのみ実施した。

 DTA測定結果をFig. 2に示す。内挿図には今回試験した組成について、Tg値毎に色分けしプロットした結果を示している。Li2O比が少なくなるにつれてTgが高くなることがわかる。Li2O比とTgの相関を図示するとFig. 2のようになり、Li2OとTgの相関が高いことが明らかであった。

Fig. 2. The variation of Tg data of Li2O-B2O3-SiO2 glass by the addition of Li2O. Inset shows the Tg results measured by DTA. Data plots of ~300 ℃(○), 301~400 ℃(),401~500 ℃() and 501~ ℃() are shown in the figure.

 続いて伝導度測定の際に得られたNyquist plotについてFig. 3に示す。本測定ではFig. 3内挿図の回路を想定し、1000 Hzよりも高周波側のNyquist plotを電解質の抵抗と判断しイオン伝導度算出に用いた。

Fig. 3. Impedance spectra of Glass No.1 meaured in dry air at 25 ℃ for the thick cullet. Inset shows equivalent cirquit correspond to the measured sample.

 算出された数値結果をTable 1に、伝導度測定結果毎に色分けし相図中にプロットした結果をFig. 4に示す。Li2O比が増加するほど伝導度が向上する傾向がみられた。

Fig. 4. The variation of Li+ conductivity data of Li2O-B2O3- SiO2 glass by the addition of Li2O. Inset shows the Li+ conductivity results. Data plots of ~1×10-7 [S/ cm] (○), 2~3×10-7 [S/cm] (), 4~7×10-7 [S/cm] () and 1×10-7~ () are shown in the figure. Increased condu

 ここで、Li2O≧60 mol%において伝導度が急激に向上することが分かる。Li2O=60 ml%を境にガラスネットワーク構造が大きく変化し、キャリアであるLi+の移動度が急激に向上した可能性が考えられた。そこで、Li2O以外の添加成分でありかつ主なガラスネットワーク形成酸化物でもあるB2O3やSiO2が与えている影響をNMR測定結果から考察することとした。

3.2. NMR測定結果

 アルカリボレート系ガラスにおいて、ホウ素は主に3配位と4配位の2種類の配位状態を取ることが知られており(Fig. 5)(1)、中でも4配位ホウ素はLi+により電荷補償されるため、非架橋酸素をほとんど生成しないでガラス構造を形成することが知られている。本研究ではLi2O-B2O3-SiO2系ガラスにおいてもホウ素の配位構造、非架橋酸素の違いによりLi+の拡散阻害影響が異なると考え、それぞれの配位状態のホウ素量を下記の算出式より計算した。結果をTable 1に示す。

Fig. 5. The structural groupings found in Na2O-B2O3 glass(1)

ここで、B*は4配位ホウ素のmol%、nはB2O3のmol%、Bは4配位ホウ素のモル分率、NBO(all)は全非架橋酸素数、n’はLi2Oのmol%を示している。

 Table 1の結果のうちLi≧60 mol%の範囲で全非架橋酸素量と伝導度を整理したところ、ほぼ正の相関がみられた。結果をFig. 6に示す。さらに、測定の際に得られた11B MAS NMRスペクトルをFig. 7に示す。この結果から、伝導度の高いGlass 1はホウ素の3配位が多いことが分かる。これらの結果から本系では、Li+の存在量が多くかつ非架橋酸素が多い程伝導度は高くなると考えられる。従って、非架橋酸素増加に最も影響を与えている元素を調査することとした。

Fig. 6. Li+ conductivity as a function of NBO(All). The conductivity is a linear function of NBO (All).
Fig. 7. 11B MAS NMR spectra of Li2O-B2O3-SiO2 glass system.

 まず、各ガラス構成成分と3配位ホウ素の存在比との相関を確認したところ、Li2Oの含有量との相関が最も高いことが分かった。グラフをFig. 8に示す。

Fig. 8. Molar ratio of ⅢB as a function of Li2O content. Molar ratio of ⅢB shows the minimum at Li2O=40 mol%

 ここで、Fig. 8の傾向はLi2O-B2O3 2成分系の時のホウ酸異常(2)と同様の傾向であり、よってLi2OB2O3-SiO23成分系においてLi2O=40 mol%で3配位ホウ素の存在比が最小値を示す、ホウ酸異常が確認されることが分かった。

 さらにFig. 8のうち、Li2O=20, 40, 60 mol% の際のSiO2含有量と3配位ホウ素の存在比の相関をFig. 9に示す。Li2O=20, 40 mol%ではSiO2 mol%が低下するほど3配位ホウ素量が減少し、一方でLi2O=60 mol%ではSiO2 のmol%増加が3配位ホウ素増加に寄与していることが示唆された。実際にSiとBの非架橋酸素へのLi+結合状態など、今後さらなる調査を行う予定である。

Fig. 9. Molar ratio of ⅢB as a function of SiO2 content. Data plots of Li2O = 60 mol% (●), Li2O = 40 mol% () and Li2O = 20 mol% () are shown in the figure.

4. 結言

 本稿では、Li2Oを多量に含んだLi2O-B2O3-SiO2系ガラスの熱特性並びに構造と伝導度の関係について紹介した。熱特性について、特にTgは、Li2O含有比でほぼ一義的に決定されることが分かった。

 続いて伝導度においてもLi2O含有比との間に高い相関があることを確認できるが、さらに高い伝導度が確認される組成領域があった。NMRにより分析を進めたところ、特に3配位ホウ素量および非架橋酸素量が影響していることが示唆された。R2O-B2O3(R=Li,Na,K)の2成分系にて報告例の多いホウ酸異常については本稿で紹介したLi2O-B2O3-SiO2系でも確認され、Li2OとB2O3+SiO2の配合比が強く関係していることが分かった。

 以上をふまえると、Li2O-B2O3-SiO2系ガラスにおいて伝導度を向上させるためにはLi2Oを多く含み、かつ3配位ホウ素増加が必要となる。これはガラス構造の不安定化を示している。従って今後は、Li2Oや3配位ホウ素を多量に含有しても安定なガラスを作製可能とする新たな元素を見出し、ガラスとしての安定化を保持しつつ伝導度の高いガラス組成の開発行う予定である。

参考文献

  1. W. L. Konijnendijk and J.M. Stevels, prenum press 259(1977).
  2. J. Zhong and P. J. Bray, J. Non-Cryst. Sol. 111 67 (1989).
  3. C. E.Kim et al., J. Non-Cryst. Sol. 357 2863 (2011)
  4. J. Zhong et al., J. Non-Cryst. Sol. 107 81 (1988)
  5. Y. H. Kim et al., J. Cer. Proc. Res. 13 37 (2012)