研究開発の3戦略事業

開発ストーリー紹介:タンパク質製造技術

世界的プレーヤーとしての開発製造受託会社を目指して

わずか数名からの再スタート

中央研究所の生化学研究棟

高度経済成長を経て日本が安定成長の中にあった1980年代前半、国内の化学メーカーでは医薬品分野への参入が相つぎました。その背景には、自社の持つポテンシャルを活かして異業種への進出を図ろうとする気運の高まりがありました。1983年、AGCにバイオケミカルグループが新設されたのも、そうした流れの中にあります。

しかし、1990年代の半ばに入ると、状況は一変します。バブルの崩壊に加えて、中国やインドの安価なメーカーが台頭したことにより、多くの化学メーカーはこの分野からの撤退・縮小を余儀なくされました。AGCも例外ではなく、ファインケミカルと並んでライフサイエンス事業の柱であったバイオテクノロジー領域は大幅な人員の削減が行われ、わずか数名の組織に組み替えられました。しかし、少人数とはいえ研究を続行し、完全撤退を踏みとどまったこのときの経営判断が、のちのち大きな意味を持つこととなります。

小世帯となったバイオテクノロジーの研究グループは、限られたリソースの中、生き残りをかけてテーマの絞り込みを行いました。その結果、微生物によるタンパク質の製造技術に大きな可能性を見出し、開発に取り組むことになりました。

当時、すでに大腸菌を使った医薬品の製造技術はありましたが、同じやり方ではAGCの独自性を発揮することはできません。大腸菌以外に適当な宿主となる微生物はないか——。開発メンバーは必死に探索を続けました。

Schizosaccharomyces pombe

その過程で浮上したのが、分裂酵母です。この酵母は学術名をSchizosaccharomyces pombeといい、東アフリカの地ビール(スワヒリ語でpombe)から単離されたことでこの呼び名があります。出芽によって増殖する一般的な酵母とは異なり、高等生物のように分裂し、染色体構造にも高等生物細胞と類似性が見られる変わり種の酵母です。

2002年にはゲノムの塩基配列が完全に解読され、その遺伝子研究により、イギリス人のPaul Nurse博士が2001年にノーベル医学・生理学賞を受賞しています。そのNurse博士のもとで研究を行っていたアカデミア関係者に学会を通じてコンタクトをとり、アドバイスをいただきながら本格的な研究がスタートしました。

同チームが実現しようとしていたのは、ベクター(特定の遺伝子の運び手となるDNA分子)を宿主(酵母)に組み入れて培養することにより、求めるタンパク質を効率的に製造する技術です。

しかし、研究はいきなり暗礁に乗り上げてしまいます。アカデミアから提供してもらったベクターを使って遺伝子組み換えを行ったものの、タンパク質が全くできなかったのです。タンパク質を生成するための最適解を求めてベクターを改良する実験が何十回、何百回と繰り返されました。そしてついに、ある条件のときにタンパク質の生成が飛躍的に上昇することを突き止め、それがブレークスルーとなって、基礎研究は一気に加速しました。

こうして遺伝子組み換えによるタンパク質の製造に目処はついたものの、今度は、できたタンパク質が突如消えてしまう現象が頻発。酵母がタンパク質を食べてしまうことが原因でした。さっそく酵母の性質を変えることで問題を解決し、その研究成果は世界的権威がある雑誌『Nature Biotechnology』に掲載されました。AGCのバイオテクノロジー技術が一躍脚光を浴びた瞬間でした。

CDMOで国内ナンバーワンの地位を確立

1997年、この技術はASPEX(AGC Schizosaccharomyces pombe Expression System)と命名され、さっそく売り込みが開始されました。最初のターゲットとなったのは、世界の最先端を行く米国市場です。『Nature Biotechnology』に掲載された論文と研究データをもとに展示会などでASPEXをアピールした結果、米国企業へ工業用酵素生産のための技術供与に成功しました。この酵素は家畜用飼料に添加することにより、排泄物のリン濃度を下げて環境への影響を低減する働きがあり、現在も全世界に向けて販売されています。

これと並行して、GMP(医薬品適正製造基準)対応の設備を整えた上で、本来の目的である製造受託に向けた国内医薬品メーカーへのアプローチが行われました。この分野でAGCは無名であり実績もありませんでしたが、逆にそれが有利に働きました。製造受託のためには開発段階から製薬会社とともにプロセス開発を行う必要があり、パートナー企業には高い技術に加えて高度な機密保持が求められます。その点、AGCは各製薬メーカーと全方位かつ等距離でお付き合いすることができ、しかも「旭硝子」ブランドに対する社会の信用度は高い。製造受託会社として理想的な要件を備えていたのです。

こうしてAGCは順調に受託製造の受注件数を伸ばし、2008年には従来の規模の10倍となる新プラントを千葉工場に建設するまでになりました。この結果、現在ではCDMO(開発製造受託)として国内でナンバーワンの容量を持つ存在として、確固とした地位を築いています。

タンパク質培養槽(千葉工場)

そして今、AGCのバイオテクノロジー事業は、もう一段高いステージへ昇ろうとしています。 2016年、独Biomeva GmbH社の買収に続き、翌年には動物細胞を主体としたCDMOのグローバル企業、CMC Biologics社を買収。2018年1月からはAGC Biologics社としてグローバル一体運営を開始。世界中のお客様へのスムーズな提案や、どの拠点においても実績に基づいたより質の高いサービスを提供することを可能にしています。グローバル市場をターゲットに微生物および動物細胞による製造、細胞医薬品や抗体薬物複合体のような新しいタイプのバイオ医薬品製造、さらには再生医療のビジネスも視野に入りつつあります。

わずか数名から再出発したAGCのバイオテクノロジー事業は、研究続行を決断した当時の中央研究所長をはじめとする関係者の予想を超え、グローバル市場を舞台に大きく花開こうとしています。