光学薄膜は主にカメラレンズの反射防止膜や照明用のコールドミラーなどで普及しました。
また、半導体レーザーやガスレーザーなどの様々なレーザー開発に及んで、必要なレーザーミラーやビームスプリッターといった光学薄膜の開発も進みました。
成膜装置の開発が進み、イオンプロセスやスパッタ技術が応用されると、高精度な光学特性、高耐久性を有する光学薄膜が作製されるようになりました。
1990年代後半では、薄膜が100層以上にも及ぶ光学フィルターが製作され、光通信用のキーパーツとして利用されました。
そして現在では、スマートフォンや自動車に搭載されるLiDARやウェアラブルデバイスに搭載される光脈拍計測など、先端分野の光学系に利用されています。
光学薄膜はオプトエレクトロニクスの発展に不可欠な技術要素です。

光学薄膜とは

薄い膜に光が入射した時には、膜界面の外側の反射光と内側の反射光による光の干渉が生じます。シャボン玉や油膜が虹色に発色するのは、膜の厚みが常に変化することで光の干渉条件が変化しているからです。
膜の厚みや材料、膜の層数などを任意に設計することでコントロールされる光の干渉条件を利用しユニークな光学特性(例えば光の強度を調整する、選択した波長だけを通過させる、光の成分を分離させる、光路を変えるなど)を有する薄膜を光学薄膜といいます。

入射面で反射したAと、薄膜内部を通り出射面で反射したBの光の干渉を利用するのが光学薄膜です。
例えば、AとBの振動が類似した場合、振動は増幅するような干渉(A+B)が発生します。

左の画像はガラスの中央部に、反射防止膜と呼ばれる光学薄膜が成膜されております。
界面では反射光AとBが互いに打ち消しあう干渉が発生し、反射光が限りなく無くなり、光はより透過します。反射防止膜が無い部分は蛍光灯が反射して見えますが、反射防止膜が成膜された中央部分はガラスの存在が無いように見えます。

光学薄膜は可視光線に限らず、紫外線や赤外線の波長帯においても利用可能で、光学フィルターやレーザーミラー等の光学素子として車載・医療・家電・露光など幅広い分野の光学系に使用されています。

光学薄膜の製造プロセス

薄膜の製造プロセスは、気相プロセスと液相プロセスに大別でき、様々な方法が開発されています。光学薄膜の製造プロセスにおいては気相プロセスが一般的です。
気相プロセスのPVD(physical vapor deposition)に分類される蒸着とスパッタについてご紹介します。

真空蒸着

真空中で材料を加熱し蒸発・昇華させることで蒸気に変え、その蒸気が基板表面に付着したときの薄膜形成を利用した成膜技術です。材料を加熱する方法として、電子ビームを材料に直接照射する方法や、間接的に材料を加熱する抵抗加熱などの方法があります。真空蒸着は古典的なプロセスではありますが、フッ化物など乖離しやすい物質にも対応でき、成膜速度が速いことが特徴です。

イオンアシスト蒸着

真空蒸着中にイオン化された気体分子を蒸気の進行方向に照射することで、蒸気が加速してより強いエネルギーで基板に付着させるプロセスです。

イオンプレーティング蒸着

プラズマ中に蒸気を通過させ基板に付着させるプロセスです。プラズマ中で蒸気の一部はイオン化され、プラズマによるスパッタリング効果により、強い付着強度で成膜されます。イオンアシスト蒸着やイオンプレーティング蒸着の様にイオンの力を利用した蒸着プロセスは、加熱のみの蒸着と比較して高密度・高付着力で成膜が可能で、波長シフトレスの信頼性の高い光学薄膜が製造できます。

スパッタ

成膜したい材料(ターゲット)を、プラズマ状態のアルゴンイオン等のイオンや原子で衝撃し、ターゲット物質を叩き出して成膜するプロセスです。ターゲット材料を加熱し蒸発させ成膜する真空蒸着に比べて、ターゲット分子のエネルギーが大きいため膜の付着強度が強く、緻密な薄膜となります。

イオンビームスパッタ

アルゴンガスに高周波を印加させ発生したプラズマから、スパッタ源であるイオン銃に電圧をかけることによって、アルゴンイオンを引き出します。引き出されたアルゴンイオンはターゲット物質に衝突し、膜材料をスパッタします。スパッタされた膜材料を堆積させることによって、光学多層膜を形成することができます。

マグネトロンスパッタリング

マグネトロンスパッタリングはターゲット背面に磁石を配置し、磁場を発生させその中に電子を囲い込むことで濃いプラズマ領域を作り、ターゲットを効率的にスパッタできます。蒸着源が点である蒸着と違い大面積への均一な成膜を可能とします。スパッタに依り形成される膜は、低欠陥、低損失、平滑性が高い、低温成膜が可能、などの特徴があげられ、レーザー用素子、蛍光ラマン分析用光学素子などの、極めて高い品質を求められる製品に適しています。

イオンビームスパッタ

マグネトロンスパッタリング

光学薄膜の設計理論

Snellの屈折法則・Youngの光干渉原理・Maxwellの電磁気論は、光学薄膜の設計をするためには不可欠な理論です。さらにこれらの理論を背景に、多層膜の性能を解析するためにマトリックス法があります。マトリックス法とは多層膜の反射率・透過率・吸収率及び位相の変化を、ベクトルの要素で求めることができます。異なる屈折率や膜厚で構成された多層膜では、各層の境界で生じる反射が互いに影響し、複雑な多重反射が生じます。多層膜全体の強度透過率Tは、各層の境界で電界と磁界の境界条件を満たすように、2×2の伝達行列の積をとることにより次式で表せます。現在の光学多層膜コーティングの性能を解析する計算機プログラムは、殆どこの手法に基づいています。

また、この理論とは別に、予め設計仕様の光学特性が決まっていて、この仕様を満たす多層膜構造を求める自動設計法があります。自動設計法には、シンプレックス法・遺伝アルゴリズム・ニードル法等多くの最適化理論が使われていて、それぞれ最適化手法や収束の仕方に長所や特徴があります。現在世界で多くの技術者が最適化理論に関して研究しています。設計仕様から設計値を求めることは、解の一意性や対応する設計解がない場合や仕様を満たす解が複数解存在する場合があります。また最適化理論が進歩しているとはいえ、未だ初期値依存性が大きいのが現実です。光学特性の仕様を満たすだけでなく、再現性よく安定生産が出来る設計にすることが重要です。

光学薄膜製品の紹介

反射防止膜(ARコート)

単層または多層の誘電体膜を光学材料の表面に形成することにより、表面での光の反射を防ぎ、 透過率を向上させることができます。製品応用分野は幅広く、カメラレンズや通信用光ファイバーの端面、レーザー共振用結晶などに成膜します。

ダイクロイックミラー・ダイクロイックフィルター

屈折率のそれぞれ異なる誘電体の多層膜により、光の干渉を利用して任意の特定波長領域の光を透過光と反射光に分離させる事ができます。蛍光分析や照明、天文観測用分光器などに使用されます。

ビームスプリッター

光を反射と透過により2方向に偏光成分や強度について分離することができます。プリズム型と平板型があります。光ピックアップや光通信などに使用されます。

リニアバリアブルフィルター

1基板に線形でくさび形の連続的に変化するスペクトル特性をもつ光学フィルターです。入射光の位置を変えることにより、透過波長を変えることができます。高い波長分解能を活かして小型の分光器に使用されます。

上記で紹介した製品以外にも、バンドパスフィルター・ノッチフィルター・NDフィルター・金属コーティングなど、紫外線~遠赤外線・テラヘルツ迄に至る帯域で設計・製造が可能です。また分光特性に限らず、高いレーザー耐性や、パターニングされたウェハーへのダイレクトコートなどの付加価値も含め、お客様のニーズに合わせたカスタムスペックで製品をご提供します。

適応領域

中赤外線・遠赤外線

赤外線用の光学薄膜は、防犯・セキュリティや産業機器分野を中心に様々な赤外線センサーとして使用されています。赤外線の波長区分については明確な定義はありませんがここでは近赤外線:0.7~3.0µm、中赤外線:3~8µm、遠赤外線:8~15µmとします。

人感センサー用フィルター

全ての物体からは必ず赤外線が放射されており、物体の温度によってその放射量は決まります。例えば37℃程度の人間の体温では、約9~10µmに最大放射量を持つ赤外線が放射されています。9~10µmの赤外線を効率良く透過させるフィルターを焦電素子を組み合わせることで人感センサーとして利用されています。

DLC膜

屋外で使用されるセンサーには耐環境性が要求されますが、フィルターも同様に高硬度や耐摩耗性、耐湿性、耐腐食性など要求されます。この要求に対し開発されたのがダイヤモンドライクカーボン膜(DLC/Diamond Like Carbon)です。従来、工具の寿命を改善する為の表面処理技術の1つでしたが、赤外線の透過性能が改善されたことで光学フィルターとして利用できるようになりました。DLC膜の屈折率が2~2.4であり、赤外線用の基板で使用されるゲルマニウムやシリコンに対する反射防止膜の材料としても活用できます。赤外線カメラを海岸や高速道路などの過酷な環境で利用する場合、外界に接する面にDLC膜を施し反対面にブロードな反射防止膜を施した赤外線ウインドウを使用します。

ガス検出用フィルター

赤外線帯域では様々なガスの固有吸収スペクトルがあります。この固有吸収スペクトルにおける吸光度の極大波長吸収量を測定することによって成分の特定や濃度など分析ができます。この方式を赤外線吸収分析法と呼び、極大波長のみを効率的に透過させるバンドパスフィルターが利用されます。例えば二酸化炭素は4.26µm付近が極大波長です。二酸化炭素を検出するセンサーには4.26µmは透過し、それ以外の不要な帯域(可視光域~11µm付近まで)は遮断したフィルターが使用されます。

赤外線イメージセンサー用フィルター

高度な監視システムの心臓部は赤外線カメラであり、長年MCT素子を用いる冷却型イメージセンサーが利用されています。冷却型イメージセンサーは非常に高感度ですが、熱雑音を抑えるために筐体を真空にして低温に保つ必要があります。2000年代に入るとマイクロボロメーターを利用した室温でも作動する非冷却型イメージセンサーが開発され、小型化・低価格化が進み、家電や防犯・セキュリティ、医療、車載など幅広い分野で利用されるようになりました。前述で紹介した人感センサー用フィルターと比べ、赤外線イメージセンサーで要求されるフィルターは、遮断帯域を広げ、8µm付近から広く且つ高透過率帯域が特徴です。冷却型イメージセンサーでは、低温で性能が保たれることも必要です。フィルターの側面を含む外周部には真空封止をするためのはんだ接着用金属コートが施されます。また、対象物によっては透過帯を絞ったバンドパスフィルターも併用されます。例えば有毒ガスの吸光スペクトルに合わせたバンドパスフィルターを利用すると有毒ガスのイメージングができます。有毒ガス漏れの検出のみならず、漏れが発生している場所の特定が可能となります。近年では、センサーで収集したデータを分析・蓄積しビックデータとして活用したり、画像を高解像度にするアルゴリズムなど、ソフトウェアの開発が活発的です。商業施設や駅では、来訪した人の数や動線データを収集し、そのデータをマーケティングや混雑状況の評価に活用しています。

紫外線(UV-C)

紫外線の中でも、280nmより短い波長帯はUV-Cと呼ばれます。日常ではUV-Cの光はオゾン層で吸収され地上には届かない光ですが、殺菌や半導体分野でよく使用されています。

殺菌用バンドパスフィルター&反射防止膜

細胞中にあるDNA・RNA(核酸)の吸収スペクトルは260nm付近に吸収極大があります。細菌やウイルスに260nm付近の紫外線が照射され核酸が光を吸収すると、核酸は損傷し細胞分裂が阻害され死に至ります。
殺菌分野の光学薄膜製品は、効率よく透過させる反射防止膜や、不要な波長を遮断することができるバンドパスフィルターなどがあります。

核酸の紫外線損傷イメージ

核酸を構成する核酸塩基が紫外線を吸収して、二重らせん構造が壊れます。
構造が壊れた核酸からは正常に遺伝情報を読むことが不可能になります。

DUV光源用ミラー&反射防止膜

UV-Cの中でも200nm付近の光をDUV(Deep Ultraviolet)と呼び、半導体製造工程のマスクブランクス・フォトマスクの欠陥検査装置の光源として使用されます。マスクブランクスやフォトマスクに欠陥があると、露光後のウェハーでの歩留りが大きく低下してしまう為、欠陥検査装置は必要不可欠な存在です。欠陥検査装置にはDUV光源用の反射防止膜や折り返しミラーが使用されています。