AGC Research Report 68(2018)

New Glass-ceramics based on CaO-Al2O3-SiO2 System with Precipitation of Metastable CaAl2Si2O8 Crystal.

準安定CaAl2Si2O8結晶が析出した新しいCaO-Al2O3-SiO2系ガラスセラミックス

赤塚公章*・前田敬*・安盛敦雄**
Kosho Akatsuka, Kei Maeda, and Atsuo Yasumori

*AGC株式会社 技術本部 先端技術研究所
**東京理科大学 基礎工学部 材料工学科

 結晶化ガラスは、ガラスの熱処理により核生成、結晶化の過程を経て、ガラス内部に結晶を析出させることで作製することができる。結晶化ガラスは、ガラスが持つ特徴と結晶が持つ特徴を組み合わせることで、ガラスに対して飛躍的に物性を向上できる可能性があるため1950年代より半世紀以上にわたり研究がなされている。本稿では、ありふれた酸化物で構成されるCaO−Al2O3−SiO2系ガラスから得られる結晶化ガラスを作製し、析出する結晶の構造と結晶化ガラスの特性について検討を行った結果を報告する。CaO−Al2O3−SiO2系ガラスを熱処理した場合、この系の安定相であるAnorthite (CaAl2Si2O8)やWollastonite (CaSiO3)が析出する結晶化ガラスが従来良く知られていたが、モリブデン金属微粒子を核形成剤とすることで準安定相であるCaAl2Si2O8結晶を安定的に析出させ得ることを見いだした。この結晶構造をTEM観察、ラマン分光およびXRDにより解析した結果、ドミスタインベルグ石として知られているHexagonal CaAl2Si2O8構造が少し歪んだTriclinic構造であることを明らかにした。また、この結晶が析出したガラスは、亀裂の進展を著しく抑制することで破壊靭性が向上し、脆性材料の脆さ(硬さ/破壊靭性という指標で定義)は、母ガラスと比較して30 %にまで低減できるなど、魅力的な特性を持つことが分かった。本稿で述べる結晶化ガラスは、従来の結晶化ガラスよりもはるかに低い結晶化度でも、著しい亀裂進展抑制効果を有するため、ガラスの質感を保持したまま、大きな脆さ低減効果を発現することが可能であることを示した。

 Glass-ceramic materials have been widely investigated for several decades due to their potential for realizing superior properties to those of glassy materials. In this paper, we show that metastable CaAl2Si2O8 can precipitate as SiO2–Al2O3–CaO glass with molybdenum particles as a nucleating agent. The structure of the metastable crystalline phase was characterized by Raman spectroscopy, transmission electron microscopy (TEM), and Rietveld refinement of its X-ray diffraction pattern. These data indicated that the CaAl2Si2O8 crystal has a triclinic crystal system with space group P1, in which the hexagonal crystal system was slightly distorted by several degrees. The precipitation of CaAl2Si2O8 crystal promoted micro-crack formation when fracture stress was applied to the material. The micro-crack formation prevented the propagation of straight cracks in the material, creating a rough fractured surface. The hardness of the glass was decreased by approximately 30 % by precipitation of CaAl2Si2O8 crystal. Consequently, the brittleness, defined as the toughnessto-hardness ratio, decreased by 70 % compared to the original glass.

1. 緒言

 ガラスは透明であり耐久性に優れ、任意の形状に成形加工しやすいという特長から、建築物、電車、自動車等の窓ガラスなどの面積が大きいものから、日常生活の必需品である、びん、食器、さらには電子部材としてレンズやディスプレイの部材など生活に密接した身近な材料として幅広く使用されているが、脆く、壊れやすいという欠点を有している。

 しかしながら、理論的な強度をみると、SiO2を主成分とする一般的なガラス、いわゆるシリケートガラスは、5 GPaを超える非常に高い強度を持っていることが知られている(1)。このような高い理論的強度があるにも関わらず、上述のような脆く、壊れやすいという欠点は、実際のガラス表面に大小無数のキズが存在し、その傷の先端に応力の集中が生じると、その応力により亀裂進展、破断が起こるためである。ガラスは均質な物質であるため、亀裂の進展が生じるとその進展を阻止する要素がなく(すなわち破壊靭性が低く)、破断が一気に進行する。このように一般的なガラスは、理論強度は高いが、実際のガラスの実用強度は通常理論強度の1/100~1/1000と低い。

 一方、多結晶セラミックスでは、粒界によって亀裂進展を防ぐことが出来るため、均質な物質であるガラスより破壊靭性は高くなる。ガラスの破壊靭性を向上させ、脆く、壊れやすいという欠点を克服できれば、ガラスの用途は現在よりさらに広がると考えられる。

 これらを実現するためのガラスのひとつとして、結晶化ガラスが提案されている。結晶化ガラスは、ガラスを熱処理することで、核生成、結晶化の過程を経て、ガラス内部に結晶を析出させることで作製できる。ガラスは熱力学的に準安定な非晶質状態の物質であるため、ガラス転移点以上の温度にすると、安定相である結晶相に移行する。この過程を制御することで、結晶化ガラスを得ることができる。結晶化ガラスはガラス相中に結晶相が分散した構造を持つため、両相の性質、分率、およびその組織に応じて、ガラス材料だけでは発現できない様々な優れた特性を持たせ得ることが知られている。結晶化ガラスがガラスと比較して、実用的で優れている点として、高温度における安定性、耐軟化変形性や高強度を発現しやすいことがあげられる(2)。特に高強度を発現する一例として、Beallらは鎖状ケイ酸塩であるカナサイト(Canasite :Ca5Na4K2Si12O30F4)を析出させた結晶化ガラスにおいて、5 MPa・m1/2という非常に高い破壊靭性値を持つことを報告している(3)。しかしながらこの結晶化ガラスは透明ではなく、またフッ素を含有するため、母ガラス熔解時の揮発等の課題が存在する。

 著者らは、CaO−Al2O3−SiO2で構成されるガラスに着目した。CaO−Al2O3−SiO2系の結晶化ガラスは、人工大理石建材として利用されているほか、人工歯科材料としての検討なども行われ、産業的に非常に重要な系として認識されているため研究の意義は大きい(2,4,5)。CaO−Al2O3−SiO2系のガラスでは、熱処理により安定相であるAnorthite(CaAl2Si2O8)やWollastonite(CaSiO3)が結晶として析出することが良く知られているが、報告例は少ないながら準安定相として層状結晶(Pseudo-hexagonal CaAl2Si2O8)が析出することも報告されている(6)。

 また、CaO−Al2O3−SiO2系ガラスを体積結晶化させる場合、核形成剤となるTiO2、ZrO2などの酸化物は10 wt%以上の添加が必要とされており、有効性が高くないことが分かっている(2)。一方、白金、イリジウムなどの貴金属やPt3Fe微粒子は、少量の添加(0.01 ~1 wt%)で体積結晶化に有効に作用することが報告されている(7,8)。しかしながら実際の工業化を考えた場合、貴金属はリサイクルに要するコストを考慮する必要があるなど、制約が大きいと考えられる。そこで本研究では、熱力学的に貴金属の次に還元されやすいと考えられるモリブデンを用いることを検討した(9,10)。

 本稿ではモリブデンで核生成した際にCaO−Al2O3−SiO2系ガラスに析出する結晶の構造を詳細に検討した結果を報告し、合わせて得られる結晶化ガラスの機械的特性について、これまでに得られている知見を紹介する。

2. 実験方法

2.1. 結晶化ガラスの作製

 出発原料として関東化学(株)>99.5 % CaCO3、関東化学(株)>99.0 % Al2O3、森村商事(株)硅石粉SiO2を用い、ガラス組成で25CaO−20Al2O3−55SiO2 wt%となるように秤量し、これに核形成剤としてMoO3を0.05 wt%、熔解時にMoO3の還元を促進するため、カーボン源としてグラファイトを0.4 wt%添加し、原料バッチを作製した。この原料バッチを、大気下の電気炉内で1550 ℃、1時間熔解した。この際、ガラスの均質性を向上させるため、予め熔解して水砕したカレットを半分添加した。カーボン板上に流しだしたガラスを電気炉にて850 ℃で30分間保持後、60 ℃ h-1で徐冷することにより、結晶化のための母ガラスを得た。得られた母ガラスを所望の形状に切断後、電気炉にて昇温降温速度100 ℃ h-1、保持温度1050 ℃、保持時間2時間で熱処理することにより、結晶化ガラスを得た(10)。

2.2. 析出結晶の組織観察と構造解析

 得られた結晶化ガラスの組織観察は、内部組織を鏡面研磨し、走査電子顕微鏡(SEM)にて行った。ガラス中に析出した結晶の構造は、X線回折(XRD)、透過型電子顕微鏡(TEM)、ラマン分光にて評価および解析を行った。各測定の詳細な条件を以下に記す。

 走査電子顕微鏡(SEM)観察は株式会社日立ハイテクノロジーズ社製TM3030 Plusを用い、加速電圧15.0 kVでを行った。透過型電子顕微鏡(TEM)観察は日本電子株式会社製JEM-ARM200Fを用い、加速電圧200 kVで行った。X線回折(XRD)測定はリガク社製Smart Labを用い、印加電圧45 kV、管電流 200 mA、モノクロメータにより単色化したCuKα線(λ = 0.15405 nm)を使用して行った。ラマン分光測定はThermo Fisher Scientific 社製Almegaを用いて、励起波長532 nm、対物レンズの倍率は100倍(NA = 0.8)、スポット径50μm、試料表面でのパワーは約8 mWにて行った。

2.3. 結晶化ガラスの特性評価

 母ガラスおよび結晶化ガラスの硬度ならびにクラックの発生挙動を、ビッカース硬度試験により調査した。

 母ガラスおよび結晶化ガラスの破壊靱性は、Single Edge V-Notch Beam (SEVNB)法により測定した(11)。3 mm × 4 mm × 45 mmに加工した試験片の中央部に0.13−0.14 mmのノッチを入れ、さらにレザー刃と粒径 1μmのダイヤモンドペーストを用いて先端が鋭いVノッチを形成した。得られた試験片について、スパン30 mm、クロスヘッドスピードを0.5 mmmin-1で室温にて3点曲げ試験を行い、破壊荷重を計測した。破壊靱性KICは、式(1)によって求めた(11)。測定は1種類の試料に対して最低4本行った。

(1)

 ここで、Fは破壊荷重、Sはスパン、Bは試料幅、Wは試料厚み、dはノッチ深さ、α = d/Wである。αは全ての試料で0.4−0.45になるようにVノッチの深さを調整した。Yは形状係数であり、式(2)を用いて計算した(11)。

(2)

3. 実験結果および考察

3.1. 析出結晶の組織観察

Fig. 1に得られた結晶化ガラスの外観写真を、Fig.2にその組織をSEMにより観察した結果を示す。Fig.2aは結晶化ガラス内部を鏡面研磨することにより得られる表面を観察した画像、Fig. 2bは割断した破面を観察した画像である。Fig. 2aでは針状の結晶が観察され、Fig. 2bの割断面では板状結晶が観察されることより、厚み~1μm、幅~10μmの平板状の結晶が析出していると考えられ、研磨面では平板の一部が表面に露出しているため針状に見えていると推察される。析出した結晶の割合を求めるため、Fig. 2aを画像解析したところ、結晶の割合は約30 %であることが分かった。このため、結晶化ガラスは若干の光散乱はあるものの、Fig. 1に示すように透明性がある。

Fig. 1. Appearance of glass-ceramics

 また、結晶成分およびマトリックスガラスの化学組成をEPMAにより分析した結果をTable 1に示す。結晶成分のEPMAによる分析結果は、結晶サイズが分析領域に対して小さいため、マトリックスガラスの影響を受けているが、マトリックスガラスと比較して結晶にはAl2O3が多く含まれ、SiO2、CaOが少ないことが分かった。

Fig. 2. SEM images of the glass-ceramics (a) Polished surface (b) Fractured surface.
Table 1. Chemical compositions of crystal, matrix, and mother glass.(wt%)

 Fig. 2aにて結晶中に観察された白色の点について、TEM観察により詳細の検討を行った結果をFig. 3に示す。Fig. 3aに示すように、SEMで観察された白色の点は、数100 nmの大きさであり、電子線回折パターン(Fig. 3b)は、金属モリブデン(体心立法格子構造)の電子線回折パターンのシミュレーション結果(Fig. 3c)と一致することから、金属モリブデン粒子であることが分かった。これは、熔解時にカーボンを添加したことにより、ガラス原料中のMoO3の還元が促進されることで析出したと考えられる。また、析出したCaO−Al2O3−SiO2系結晶の中に金属モリブデン粒子が存在するため、これを核形成剤として主結晶が核生成−結晶成長したものと推定される(12)。

Fig. 3. (a) TEM image of CaO-Al2O3-SiO2 glassceramics. (b) Observed electron diffraction pattern of metallic molybdenum. (c) Calculated electron diffraction pattern of metallic molybdenum. (d) Schematic illustration of atomic arrangement of metallic molybdenum.

3.2. 結晶の構造解析

 得られたCaO−Al2O3−SiO2系結晶化ガラス中の結晶構造をXRDにより調査したところ、CaO−Al2O3−SiO2系ガラスから良く析出することが知られている安定相のAnorthite (CaAl2Si2O8)やWollastonite(CaSiO3)とは異なる結晶が析出していることが分かった(10)。得られたXRDのパターンからは、Fig. 4aに示すHexagonal CaAl2Si2O8 (ドミスタインベルグ石 : Dmisteinbergite(14) 、PDF No.00-031-0248)もしくは、Fig. 4bに示すMonoclinic CaAl2Si2O8(Calcium aluminum silicate、PDF No.00-062-0853)に近い構造を有していることが示唆された。前者のHexagonal CaAl2Si2O8 については、その結晶構造解析の詳細が文献から参照できる(15)。一方、非晶質から合成されたとするMonoclinic CaAl2Si2O8は、PDFカードデータからその詳細な結晶構造の解析した文献を見出すことが出来なかった。本研究で析出した結晶の構造は後者のMonoclinic構造により近いことが示唆されたが、回折パターンが完全には一致しないため、その詳細を明らかにする目的でTEM分析、ラマン分光による評価、およびXRDパターンのリートベルト法による構造精密化を行った。

Fig. 4. Crystal structure of CaAl2Si2O8. (a) Hexagonal-type (b) Monoclinic-type. Images produced by VESTA software(13).

Fig. 5に得られたCaO−Al2O3−SiO2系結晶化ガラスの結晶部位をTEM観察した結果を示す。Fig. 5aに示すTEM像は、平板状結晶を厚み方向から観察した像、すなわち[001]方向(a、b軸を平面として観察)からの観察像である。また、同時に観察を行った電子線回折パターン(Fig. 5b)から得られた結果とシミ ュレーションパターン(Fig. 5c)が一致し、Fig. 5dに示すような六角形状の構造が存在することが確認された。同様に、結晶の[1-10]方向(b軸方向)から観察したTEM像の結果をFig. 5eに示す。Fig. 5eにおいて層状構造が確認され、電子線回折パターン(Fig. 5f)とHexagonal CaAl2Si2O8の電子線回折パターンのシミュレーション結果(Fig. 5g)が一致したことより、Fig. 5hに示す構造が存在することも明らかとなった。

Fig. 5. Microstructure of CaO-Al2O3-SiO2 glass-ceramics characterized by TEM. (a) TEM image. (b) Observed electron diffraction pattern. (c) Calculated electron diffraction pattern (for a-c, incident electronic beam parallel to the [001]). (d) Schematic illustration of atomic arrangement of CaAl2Si2O8 crystal on the (001) plane. (e) TEM image. (f) Observed electron diffraction pattern. (g) Calculated electron diffraction pattern (for e-g, incident electronic beam parallel to the [1-10]). (h) Schematic illustration of atomic arrangement of CaAl2Si2O8 crystal on the (010) plane.

Fig. 6に母ガラスとそれを熱処理することで得られた結晶化ガラスのラマン分光スペクトルを示す。母ガラスのスペクトル(Fig. 6a)においては、アモルファス構造特有のブロードなピークが観察されたが、結晶化ガラス(Fig. 6b)ではシャープなピークが観察された。412 cm-1と429 cm-1の強度が強い2本のピークはSi/Al 4面体から成る6員環構造(Fig. 7a)、485cm-1は Si/Al 4面体から成る4員環構造(Fig. 7b)の存在を示しており、また、820 cm-1に確認されるピークは、Pseudo-hexagonal構造を反映するピークであるとされている(16)。

Fig. 6. Raman spectrum of glass and glass ceramic. (a) Mother glass of CaO-Al2O3-SiO2. (b) CaO-Al2O3-SiO2 glass-ceramics.
Fig. 7. Structure of the hexagonal CaAl2Si2O8 crystal. (a) Six-membered ring structure. (b) Four-membered ring structure.

 TEM観察およびラマン分光の結果を踏まえ、化学量論組成CaAl2Si2O8を有する結晶系としてHexagonal、Monoclinic、Triclinicのモデル構造を作製し、得られたXRDパターンをリートベルト法にて構造精密化を行うことで、本研究においてCaO−Al2O3−SiO2系ガラスから析出した結晶の構造解析を行った結果をFig. 8に示す。その結果、R因子およびS値が最も低く精密化された結晶構造はTriclinic (空間群 : P1)であり、格子定数はa = 5.1163(5) Å、b =5.1155(5) Å、c = 15.0031(15) Å、α = 91.319(3)°、β = 88.172(3)°, γ = 120.279(3)°であった。すなわち、析出した結晶はHexagonal CaAl2Si2O8結晶が少し歪んだ構造、すなわちPseudo-hexagonal構造になっていることが示唆され、上述ラマン分光の結果と一致した。また、リートベルト解析によって得られた結晶化度は30 wt%程度であり、SEMによる画像解析結果と良い一致を示した。

Fig. 8. Rietveld refinement pattern of CaO-Al2O3-SiO2glass-ceramics against X-ray diffraction data (λ = 1.5418 Å). Red circle, blue line and black lines represent the measured, calculated, and difference patterns, respectively. Green cross marks correspond to Bragg positions of P1 space group. (Rwp = 3.4 % and S = 1.6 %)

3.3. 結晶化ガラスの特性

Fig. 9に母ガラスと結晶化ガラス、それぞれの研磨表面に1 kgfでビッカース圧子を押し当てることで得られた圧痕の様子を、光学顕微鏡(Fig. 9a、9b)およびSEM(Fig. 9c、9d)により観察した結果を示す。母ガラスでは、光学顕微鏡観察から圧痕周囲に強い反射光が見られることよりラテラルクラックの生成が確認され(Fig. 9a)、さらにSEM観察より圧痕の四隅にメディアンクラックが生成していることが確認された(Fig. 9c)。一方、結晶化ガラスでは光学顕微鏡観察から、Fig. 9bに示すように微小な光の反射が多数確認され、小さなクラックが多数存在すると考えられた。同様にSEM観察より、メディアンクラックの進展が母ガラスと大きく異なり、結晶に沿うように観察された(Fig. 9d、e)。また、本研究で得られたPseudo-hexagonal CaAl2Si2O8結晶はFig. 4aに示すように層状構造を有するため、層状結晶で観察される結晶内部の劈開によるクラック進展の可能性も考えられる(14)。

Fig. 9. Indentation and crack formation by Vickers indenter under 1 kgf load. (a, c) Before heat treatment. (b, d) After heat treatment. (e) Enlarged figure of the cracks observed in (d).

 また、ビッカース圧痕の大きさが母ガラスと結晶化ガラスでは異なることが観察された。圧痕の大きさと押し込み荷重より、ビッカース硬さ(Hv)を評価した結果、母ガラスではHv = 5.7 GPa、結晶化ガラスではHv = 3.9 GPaと、結晶化ガラスにすることによって、硬さが0.7倍に減少することが分かった。

 母ガラスと結晶化ガラスの破壊靱性をSEVNB法により測定した際に得られた変位−荷重曲線をFig. 10に示す。母ガラスでは変位に対して荷重が直線的に増大し、限界点を超えた荷重で一気に破断が生じ、典型的な脆性破壊を示した。一方、結晶化ガラスでは、変位−荷重曲線の傾きが母ガラスと比較して小さく、荷 重が増大するにつれて、さらに傾きが小さくなり、荷重が28 Nを超えたところで破断が起きたと考えられるが、母ガラスに示されるように破断とともに一気に荷重低下が進行せず、徐々に荷重が減少する挙動を示した。3点曲げ試験の破断時の最大荷重より式(1)および式(2)を用いて破壊靱性値KICを計算した結果、母ガラスではKIC = 1.00 ± 0.09 MPa·m1/2、結晶化ガラスではKIC = 2.20 ± 0.09 MPa·m1/2となり、結晶の析出によって破壊靱性値は約2.2倍増加した。

Fig. 10. Load-displacement curves corresponding to bending tests. Solid line ; Glass-ceramics. Dashed line ; Mother glass.

 これらの結果から、結晶化ガラスでは母ガラスと比較して、硬度は減少し、破壊靱性は向上することが分かった。脆性材料の脆さは、硬さと破壊靱性の比(硬さ/破壊靱性)で定義されることをLawnとMarshallは提唱しており(17)、その定義を用いると、本稿で比較した母ガラスと結晶化ガラスの脆さはTable 2に示す結果となった。すなわち、準安定相であるCaAl2Si2O8の析出は、ガラスの脆さを約70 %低減させることが分かった。

Table 2. Mechanical properties of mother glass and glassceramics.

 ビッカース圧痕周辺のクラック観察結果 (Fig. 9)より、準安定相であるCaAl2Si2O8が析出した本研究の結晶化ガラスは、亀裂が通常のガラスのように真直ぐ進展せず、微小なクラックを生成しながら破壊が進行した。これは結晶とガラス相の界面に蓄積された歪、もしくは結晶内の構造に由来する劈開面に沿って割れが起こりやすいことに起因すると思われる。その結果、破断時はFig. 2bに示したように非常に凹凸が多い破面が形成されたと考えられる。これは、破面を形成するためにより多くのエネルギーを必要とすることを意味し、その結果、材料が高靭性化したものと考えられる。一般にセラミックスではマイクロクラックの存在により材料が高靭性化する、いわゆる「マイクロクラックタフニング」と呼ばれる現象が知られている(18)。本研究の結晶化ガラスは、もとの材料中にマイクロクラックが存在しているわけではないが、類似の機構で高靭性化が起こり、材料の脆さが大幅に低減したと推定される。

4. 総括

 本稿では、モリブデンを核形成剤としてCaO−Al2O3−SiO2系結晶化ガラスを作製し、析出した結晶の構造を詳細に解析した結果と、結晶化ガラスのユニークな機械特性について述べた。この系のガラスにおいては、Anorthite (CaAl2Si2O8)やWollastonite(CaSiO3)が析出する結晶化ガラスが良く知られていたが、モリブデンを核形成剤としてPseudo-hexagonal構造を有するCaAl2Si2O8結晶が析出することが分かった。この結晶化ガラスXRDで評価し、得られたXRDパターンをリートベルト法にて構造精密化を行うことで、ドミスタインベルグ石として知られているHexagonal CaAl2Si2O8構造が少し歪んだTriclinic構造であることが明らかになった。この結晶は層状構造を持った平板結晶として析出し、結晶とガラス界面、あるいは結晶内の劈開面で割れが生じやすいことから、材料中の亀裂の進展を阻害し、破壊靱性値が母ガラスに対して2.2倍に向上することが分かった。また、ビッカース圧子を打ち込んだ場合、圧子周囲で微小な破壊が生じ、みかけの硬さが0.7倍に減少し、破壊靱性の比(硬さ/破壊靱性)で定義される脆さは1/3以下にまで低減できることを明らかにした。さらに、結晶化率が30 wt%程度と低いためガラスの質感を保持したまま、大きな脆さ低減効果を発現できることが分かった。

5. 謝辞

 元旭硝子株式会社技術顧問 伊藤節郎氏(日本セラミックス協会およびAmerican Ceramics Societyフェロー)、東京工業大学物質理工学院安田公一准教授には、結晶化ガラスの構造や機械的性質などに関して多くの有益な助言を頂きました。結晶化ガラスのCs-STEM観察や電子線回折パターンの評価は、株式会社コベルコ科研の宗吉恭彦氏、諸永拓氏によってなされました。ここに謝意を示します。

参考文献

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