AGCが変えたもの

PROJECT 01

5G対応のガラスアンテナが、
つながるクルマを疾走させる

  • 東海林 英明
    東海林 英明
    Hideaki Shoji
    オートモーティブカンパニー モビリティ事業開拓室 マネージャー
    2016年中途入社/電気電子系システム設計工学専攻修了
    1998年に大学院卒業後、大手電機メーカーで携帯電話やスマートフォンのアンテナ・無線回路の先行開発・商品開発に携わる。2016年12月、AGC入社。これまでのキャリアを生かし、主にコネクテッドカー(つながるクルマ)の実現に向けて、4G LTE・5Gなどの車載用アンテナシステムの開発に携わる。
※所属部署は取材当時のものです。
  • Chapter01

    「驚き」が高揚感をもたらし、
    開発が加速

    2020年以降、移動通信のデータ量は2010年比で1,000倍以上に膨らむと予想されている。増大するデータ量に対応する大容量化を低コスト、低消費電力で実現するのが5G(第5世代移動通信システム)だ。2020年のサービス開始が予定され、超高速、超大容量、大量接続、超低遅延の移動通信が実現することになる。5G時代の到来で大変革が予想されているのはクルマである。インターネットに常時、超高速でつながり、クルマは移動手段というより、移動する情報デバイスになると期待されている。
    AGCでも、5G時代のつながるクルマに向けたクルマ用ガラスアンテナ開発プロジェクトが動き出し、メイン担当として東海林英明が指名された。それはNTTドコモ社との協業プロジェクトであった。「プロジェクトの立ち上がりがあまりにも早く、電機メーカーで約20年、開発に関わってきましたが、これほどのスピード感で意思決定がなされたことには驚きました」。
    その驚きは実は序幕に過ぎなかった。その後も違った驚きが東海林に高揚感をもたらし、開発はあっという間にトップギアで加速していく。東海林がアサインされた2週間後には、実験車両として1,000万円超の国産スポーツカーが購入されるなど、本プロジェクトへの多額の研究開発投資が矢継ぎ早に実行された。
    この段階では当時、5Gの自動車向けアンテナは、他社から車両のルーフに設置する構成例のデモが始まっていた。 AGCが目指したのは、車両デザインを損なわないようクルマのガラスにアンテナ機能を付加することだった。AGCは従来からクルマのテレビやラジオ、あるいはキーを持っているだけでドアを開閉するリモートキーのアンテナ機能をガラスに持たせている。ケースによっては、1枚のガラスに10個ものアンテナを埋め込むこともある。その応用ではあるが、決して簡単ではなかった。
    5Gは通信業界をあげて開発中の技術であり、日々進化を遂げている。本プロジェクトで行う車載用5Gの実験はどの帯域がふさわしいか。NTTドコモ社とのディスカッションが必要だった。最終的に決まった28GHz帯は非常に広帯域が取れるため、超高速通信が可能になる周波数帯であるが、高速で移動する車に対しどこまで有効に通信ができるかは未知であった。
    インタビュー風景01インタビュー風景01
  • Chapter02

    世界初の試験走行成功も、
    通過点に過ぎない

    だが、プロジェクトが開始された当初は、AGCには28GHz帯アンテナの受信感度を測定する施設がなかった。そのため、最初の測定は外部のレンタル施設を利用した。だが開始から2ヵ月が経った頃、横浜の研究所と愛知工場の測定施設に28GHz帯の設備が導入された。「28GHz帯の測定装置は非常に高額です。それが素早い意思決定で導入され、AGCならではのスピード感に圧倒されました」と東海林は振り返るが、AGCで測定できるようになったことで、開発にも力が入った。
    オートモーティブカンパニーの全面的なバックアップのもと、わずか2ヵ月でアンテナの配置場所が決まった。当然のことだが、フロントガラスだけにアンテナ機能を組み込むと、前面からの電波しか受信できない。クルマは360°ガラス窓である。リア(後)やサイドのガラス窓にもアンテナを分散配置したのだが、これには独自の工夫が必要だった。28GHz帯では、ガラスの厚みによって電波が通ったり通らなかったりする現象があり、試験車のある部位のガラスの厚みでは十分に電波が通らないことが、実証試験で確認されていた。そのため、ガラスに特殊な仕掛けをして、電波の通り道をつくったのである。
    「すべて実験するのは時間がかかりますから、電磁界シミュレーションを繰り返しました。これはガラスの材料などスペックのデータとアンテナのデータを入れると、電波の振る舞いが出てくるソフトウェアです」。
    それまでガラスは、28GHz帯の電波透過と相性があまり良くないというのが常識でもあった。ところが、「ある工夫をすることによって電波をスムーズに透過させることができるとの結果が出たのです。最終的には実験をして確認したのですが、このデータは驚きでした」。
    その後、茨城県の国土技術政策総合研究所で、28GHz帯対応のガラスアンテナを搭載した車両を走らせ、高速通信を実施。時速100キロの高速移動時で最大8Gbps(※)、時速30キロで最大11Gbps の通信を世界で初めて実現した。後日メディアでも報じられたが、東海林にとっては通過点でしかなかった。
    秒当たりに扱えるデータ量。この場合は1秒当たり8ギガビット。
    インタビュー風景02インタビュー風景02
  • Chapter03

    5Gの世界は、
    プライドにかけても自らが切り拓く

    その理由は、技術的な課題がなお残されているからだ。例えば、他の部品とのパッケージ化技術である。「アンテナの近くに設置される衝突防止のカメラや降雨を知らせるレインセンサーとの物理的干渉や、電磁波的な干渉を解決する必要があります。5Gの電波を送受信した時、カメラの動作に不具合が出るのでは困るわけですから、周辺部品との整合性を取るパッケージ化は大前提です」。
    さらに、AGCの今までのケイパビリティーも超えなければならず、そのためのハードルもいくつか残されている。
    「電機メーカーではスマートフォンなどを開発していましたが、クルマのビジネスは信頼性の要求がケタ違いです。まさに人の命に関わりますから、つながらないことが許されない環境が求められます。安定して高品質な通信ができるよう、さらに追求しなければなりません。また、ガラスにも改善の余地があります。例えばガラスの安全規格に、衝突時、単位面積あたり何個以上に砕けないといけないといった要求がありますから、電波の透過性が良いだけでは安全規格との両立が困難になり、実現できても高コストでは採用されないでしょう。非常に重い課題が残っており、道半ばというのが実感です」。
    だが、目標は2020年のサービス開始である。東海林も東京オリンピック・パラリンピックの頃には、都内でつながるクルマが走行している姿を頭の中に描いている。
    「ありがたいことに、茨城県での走行試験の成功がメディアで報じられて以降、さまざまな企業から協業のお問い合わせをいただいています。大きな励みになりますし、実証試験など開発をやりやすい環境もAGCにはあります。残された技術的課題をクリアし、つながるクルマの実現に寄与したいと思っています」。
    東海林は自身の口には出さなかったが、学生時代を含め20年以上にわたって移動通信の研究・開発に深く関わってきたプロフェッショナルとしてのプライドがある。そんな東海林をもってしても、移動通信の常識が覆される発見があり、5Gは驚きの連続である。
    「5Gの世界は自ら切り拓く」。そんな強い思いを原動力に開発を成功に導き、2020年夏には5G時代のつながるクルマが街を走っていることだろう。
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