環境問題への対策が世界的な課題となるなかで、近年、自動車用エアコンなど冷凍空調の分野では、地球温暖化に影響を与える高い温室効果を有する冷媒の排出を規制する気運が盛り上がっている。特にEUでは厳格な欧州Fガス(※)規制によって、2011年から冷媒用途でのHFC-134aの使用が段階的に禁じられ、2017年1月から発売されるすべての新車に対しての使用が禁止されることとなった。
こうした背景からAGCでは次世代型冷媒開発への動きが加速し、2013年暮れ頃には30歳前後の若手エンジニア5名が集結し、それを中堅・ベテランのエンジニアがサポートする計11名の体制で、次世代型冷媒製造プラントの建設プロジェクトがスタートしようとしていた。「プラント建設という大型プロジェクトにアサインされてエンジニアとして力を発揮するのは、入社時からの念願でした」と竹之内雄太が当時の興奮を振り返れば、三枝幸和も「その念願はエンジニアなら誰でも願っていることで、私もまっさらなところからプロジェクトを手がけたいと思っていました」と語る。ただ、その願いは採算性を不安視する経営トップの承認が下りるまで叶うことはなかった。それでも各メンバーは、承認後に直ちに始動できるよう、過剰スペックと思われた機器やプロセスを見直しながらコスト削減や工期短縮を図るなど準備を進めていた。次世代型冷媒として注目されているのは、ハネウェル社など海外勢が開発し製品特許を持つHFO-1234yf(ハイドロフルオロオレフィン)。AGCは独自に開発したその製造技術の特許を持ち、ハネウェル社へOEM供給する計画だった。
「1234yf」の数字の並びとアルファベットには意味がある。「1」は二重結合有り、「2」は炭素原子3個、「3」は水素原子2個、「4」はフッ素原子4個、「yf」は原子の結合の仕方を意味している。その特徴は、毒性が低く、熱的安定性が良い。数字が小さいほど環境に良いことを示す地球温暖化係数(GWP)は<1で、従来使用されているHFC-134aのGWP=1430に比べ圧倒的に低い。オゾン層破壊係数(ODP)は0だ。冷媒としての特性はHFC-134aに似ており、自動車用エアコンや自動販売機の冷媒としてもっとも有望とされているものだ。
2014年3月、承認を得たものの、プロジェクトは納期という難題に直面してしまった。採算性が取れると踏んだ製造方法の実現が、想定以上に難しかったのである。製造方法を再検討せざるを得ないが、ハネウェル社への納品は2015年4月。しかも社長自らメディアに納品時期を公表していた。「納期がタイトなことは分かっていましたから、取締役会の承認前から工事会社に渡す図面などの見積依頼書を準備していました。10センチ厚のキングファイル2冊分にもなりましたが、それを一から考えなおさないといけませんでした」(三枝)。
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- Fガス:日本では代替フロン等ガスと呼んでおり、ハイドロフルオロカーボン(HFC)、パーフルオロカーボン(PFC)、六フッ化硫黄(SF6)を指す。