サステナブル社会の実現に不可欠 進化を遂げ続ける 建築用ガラス サステナブル社会の実現に不可欠 進化を遂げ続ける 建築用ガラス

Feb.17 2022

サステナブル社会の実現に不可欠 進化を遂げ続ける 建築用ガラス

住宅やビルなど、建築物の窓に取り付けられているガラスは、一見、どれも同じに見える。見た目には、長年にわたってほとんど進化していないようにも思えるが、それは大きな勘違いである。現代の建築用ガラスは、着実に進化を遂げ、時代と社会の要請に応えて新たな機能を次々と付加し、さらに大きな変化を遂げる可能性を秘めている。AGCは日本で初めて、板ガラスの工業生産を1909年に開始して以来、100年以上にわたって世界の建築用ガラスの進化をリードし続けてきた。そして、サステナブル(持続可能)な社会の実現に向けて不可欠な存在となる技術開発が進んでいる。

Profile

武田 雅宏

武田 雅宏

執行役員 建築ガラス アジアカンパニー プレジデント (※部署名・肩書は取材当時のものです)

吉羽 重樹

吉羽 重樹

執行役員 建築ガラス アジアカンパニー プレジデント

時代に先駆け複層ガラスを市場へ 住宅の省エネルギー化を後押し

高度な工業製品を活用して、ひたすら豊かさだけを追求する時代は終わりつつある。代わって、サステナブルな豊かさを実現できる製品が求められる時代が到来した。こうした急速なトレンドの変化の波は、コモディティ製品の典型のようにみなされる建築用ガラスにも押し寄せている。

執行役員 建築ガラス アジアカンパニー プレジデント 武田 雅宏氏(※部署名・肩書は取材当時のものです)

執行役員 建築ガラス アジアカンパニー プレジデント 武田 雅宏氏
(※部署名・肩書は取材当時のものです)

「AGCの建築用ガラスは、社会全体がサステナビリティという言葉を意識するようになる以前から、省エネルギー(省エネ)化や防災といった今日的な課題に取り組んできました」と日本を含むアジア地域での建築用ガラスビジネスを指揮してきた執行役員 建築ガラス アジアカンパニー プレジデント 武田雅宏氏は言う。


透明な材料であるガラスは、日当たりの良い居住空間を好む日本人の嗜好に合った建材である。ただし、外光を取り入れ、雨風を防げれば十分というわけではない。そもそもガラスは他の外壁材料に比べて使用される厚みが薄いため、熱の通り道(逃げ道)になりやすく、むやみに数多く取り付けてしまうと、夏は暑く、冬は寒い部屋になってしまう。より快適な空間を実現するためには、ガラスの利点を生かしながら、欠点を補う工夫が欠かせない。AGCはこれまで、建材としてのガラスの価値を高めた多くの機能性ガラスを開発し、普及に向けて尽力してきた。

その代表例が複層ガラスである。複層ガラスとは、2枚の板ガラスの間に乾燥した空気を封入し、窓ガラスに断熱機能を持たせて暖房の省エネルギー化を実現したものだ。AGCでは、1954年に「ペヤグラス」と呼ぶ名称で製品化した。1枚ガラスに比べて高価だったため、市場投入当初にはすぐには普及しなかったが、1979年の「省エネルギー法」の施行を契機に北海道・東北を起点にして着実に普及していった。


さらにその後、複層ガラスの中空層のガラス表面に赤外線~遠赤外線を反射する特殊な金属膜をコーティングした「Low-E(低放射)複層ガラス」を市場投入した。金属膜によって、太陽光や暖房の熱を吸収・反射することで、夏の暑さを和らげ、冬の暖房効率を一層高めた製品である。1987年には、断熱性能を高めた寒冷地用「サンレーヌ」、1993年には遮熱性能も高めた「サンバランス」を市場投入した。

図1 サンバランスの断面図。光を通しながら遠赤外線を反射するLow-E膜をコーティングした「Low-Eガラス」を使用

図1 サンバランスの断面図。光を通しながら遠赤外線を反射するLow-E膜をコーティングした「Low-Eガラス」を使用

このLow-Eガラスが登場したことで、日本の住宅の省エネ化が進んだ。板硝子協会の調べでは、2019年の時点で、新築一戸建ての複層ガラス装着率は98.9%(戸数普及率)、そのうちの約85%にLow-Eガラスが使われるまでになった。AGCでは、こうした急激な普及に対応し、1988年には鹿島工場に複層ガラスの生産ラインを立ち上げ、以後日本全国に生産拠点を展開。地域ごとに異なるニーズに対応し、供給責任を果たしている。

規制や補助金に頼ることなく 省エネ技術の社会実装に成功

省エネ技術の社会実装という観点からLow-Eガラスの普及の経緯を見ると、他の技術とは異なる要因で普及が進んでいったと言える。「通常、住宅の省エネ技術は、政府の規制や補助金をテコに普及が進みます。これは、日本だけでなく、海外でも同様です。しかし、Low-Eガラスは、住宅メーカーと私たちAGCの営業や技術の努力で普及が進んだ希少な例だと言えます。消費者に満足していただきながら、省エネ化に貢献できた、誇るべきことだと思っています」と武田氏は胸を張る。


Low-Eガラスを大手住宅メーカーとして初めて採用したのは、積水ハウスである。1996年、同社は、鉄骨戸建て住宅「セントレージ Σ」に採用した。セントレージ Σは、それまで廊下にあることが常識だった階段をリビングに設置したり、吹き抜けを設けるなど、家族のコミュニケーションを促す新たな提案にチャレンジした商品である。吹き抜け部分には1階から2階にわたる縦長のガラスを入れた大胆な連窓スタイルで、高級感とデザイン性も高めている。ただし、リビング階段や吹き抜けには2階に熱が逃げてしまうという課題があり、そこに単板ガラスを入れたのでは夏は暑く、冬は寒い家になってしまう。そこでAGCが提案したのが、Low-Eガラスの導入だった。

図2 積水ハウスの鉄骨戸建て住宅「セントレージΣ」イメージ

図2 積水ハウスの鉄骨戸建て住宅「セントレージΣ」イメージ

当時のLow-Eガラスは、1枚ガラスよりも価格が1ケタ高かった。このため、提案を受けた積水ハウスには、採用効果を確信できる材料が不可欠だった。ここで、単なる素材メーカーとは一線を画す、AGCの総合的技術力が発揮された。通常、住宅メーカーでは、新しい商品を投入する前にモデルハウスを建てて1年間、四季の変化の中での住環境を検証する。しかし、この例では発売予定まで半年しか時間がなかった。そこで、AGCの研究所が協力し、実検証できない季節(この例では夏)の住環境の状態をシミュレーションして、求める断熱・遮熱効果が得られることを検証し、採用に至った。

執行役員 建築ガラス アジアカンパニー プレジデント 吉羽 重樹氏

執行役員 建築ガラス アジアカンパニー プレジデント 吉羽 重樹氏

住宅に高級建材と誰もが考えるLow-Eガラスが採用された事実は、積水ハウスの他の商品はもとより、競合他社にも大きなインパクトを与えた。Low-Eガラスは当時としては珍しい緑がかった色で、ひと目で違いを訴求できることも後押しし、住宅業界での採用が急激に進んだ。


一方、オフィスや商業施設が入居するビルに複層ガラスが採用されたのは、1974年に竣工した東京海上ビルディングが最初だった。ただしLow-Eガラスがビルに使われ出したのは意外に新しく、2001年に竣工したパシフィックセンチュリープレイス丸の内、2002年に竣工した東京サンケイビルが先駆けである。いずれも、AGCの製品が採用されている。

住宅よりもビルの方が、Low-Eガラスの採用が遅れたのは、それ以前に熱線反射ガラスが広く採用されていたからだ。熱線反射ガラスは、ガラス表面に日射エネルギーを反射する金属膜をコーティングして、熱線を反射させて冷房効率を高めたものだ。鏡のように光り輝く意匠性からビルの外壁材として好まれていた。ただし、周辺からまぶしく見えることや、可視光線が入らず部屋が暗くなるといった課題もあった。このため「可視光線は通すが熱は通さないLow-Eガラスを採用する機運が高まりつつあります」と、執行役員 建築ガラス アジアカンパニー プレジデント 吉羽重樹氏は言う。

合わせガラスを 防災ガラスとして普及・推進

地球温暖化の影響からか、台風など異常気象の頻度が増している。また、少子高齢化が進み、独居高齢者をはじめ、共働き家庭で留守する子供も増加している。本来、ガラスは衝撃によって割れてしまう可能性がある素材だ。サステナブルな建築物を実現するためには、こうした自然環境や社会環境の変化に対応し、安心・安全な機能を持つガラスが欠かせない。


割れにくいガラスのひとつに、強化ガラスがある。板ガラスを一度熱し、急冷して焼き入れすることで強度を高めたものであり、衝突時のケガを防ぐ安全ガラスとして広く使われている。しかし、強い風や地震の揺れに対する耐久性を高め、安全性を向上させる目的で強化ガラスを使うことはほとんどなかった。


強化ガラスは優れた建材だが、割れないわけではない。「2004年に発生した新潟県中越地震の際に、避難先の学校の窓が割れてしまい、自家用車内で雨露をしのいでいる住民がいるという報道がありました。これは何とかしないといけないと思いました」と、武田氏は防災性能に対する潜在ニーズがあることを直感したという。実は、こうした要求に応えるガラスは既にあった。2枚のガラスの間に樹脂フィルムをはさみ、割れても飛び散りにくくした自動車のフロントガラスである。AGCでは、これを防災ガラスとして利用しようと考えた。このガラスは、防犯性能を一層高める効果もある。ガラスを割っても、破片がバラバラに散らないので侵入できないからだ。

*画像は実験であり、本製品の機能を保証するものではありません

*画像は実験であり、本製品の機能を保証するものではありません

図3 1枚ガラスと防災安全合わせガラス(ラミセーフシェルター™)の割れ比較(上)
防災安全合わせガラス(ラミセーフシェルター™)断面イメージ図(下)

図3 1枚ガラスと防災安全合わせガラス(ラミセーフシェルター™)の割れ比較(上)防災安全合わせガラス(ラミセーフシェルター™)断面イメージ図(下)

AGCは、避難所となる学校に防災ガラスを寄贈し、体育館にはめ込まれた既存の1枚ガラスから置き換える「ガラスパワーキャンペーン」を2005年から開始した。その成果から、2011年には防災ガラスとして、阪神・淡路大震災を経験した神戸市が学校の窓ガラスに標準採用した。ガラスパワーキャンペーンは、2017年には、AGCだけの取り組みではなく、機能ガラス普及推進協議会に移管され、業界全体で取り組む活動となった。

ガラスに電気的な機能を盛り込み 発電や通信に寄与する建築物へ

建築用ガラスの高機能化によるサステナブルな社会の実現の一環として、AGCは新しいアプローチからの提案も始めている。建材であるガラスに電気・電子的な機能を盛り込み、これまでの手法では解決困難だった課題解決を目指している。


AGCではガラスに太陽電池の機能を組み込んだ、建材一体型太陽電池モジュール「サンジュール」を販売している。市場投入が2001年と意外と古い商品だが、「地球温暖化ガス削減に向けた動きが加速し、にわかに脚光を浴びる商品となりました。国内外から10億円以上の規模の引き合いが出てきています」(武田氏)という。既に小倉駅(北九州市)のペデストリアンデッキの屋根など複数の導入例があり、道路の防音壁に発電機能を持たせる取り組みにもチャレンジしている。

図4 小倉駅のペデストリアンデッキにおける導入例

図4 小倉駅のペデストリアンデッキにおける導入例

世界中で再生可能エネルギーの活用が急激に進んできているが、すべての国や地域で化石燃料からの移行が円滑に進むわけではない。例えば、国土が狭く、山地が多い日本では、大規模な太陽光発電を行う土地の確保が困難だ。しかも台風が頻繁にやってくるため、風力発電も特別な配慮が必要になる。一方、高層ビルや住宅などの建築物をはじめ、道路や橋梁など社会インフラである構造物はたくさんある。既存の建築物や構造物の多くに発電機能を持たせることができれば、再生可能エネルギーの活用は後押しされることだろう。


また、建材一体型の電気・電子モジュールというコンセプトは、さらなる広がりも期待できる。既にAGCは、次世代通信として普及が進んできた第5世代移動通信システム(5G)の電波が障害物を回り込みにくいという課題に対して、窓ガラスを活用して部屋の隅々まで届く電波レンズを実現している。

大量に採用されているからこそ ガラスの生産もサステナブルに

建築用ガラスは、世界中のあらゆる場所で大量に利用され、その生産量も非常に多い。このため、ガラスの生産自体をサステナブルにしていく取り組みも欠かせない。現時点でのガラスの生産工程では、重油や天然ガスを燃やして原料を溶かしている。その際に発生する温暖化ガスを削減していく必要がある。この点は建築用だけにとどまらず、自動車用や電子機器用など、あらゆる用途のガラスにおいて同様の課題である。このためAGCは、温暖化ガス排出量ネットゼロを2050年に実現すべく、全社を挙げて取り組んでいる。


現在検討している対応策は、重油に替えて水素やアンモニアを燃料にする技術や、電気溶融を併用する技術、さらには排熱を利用して燃料を燃焼前に温めておき、エネルギー効率を改善するなど様々な方法の導入である。


さらに脱炭素と同時に循環型社会の実現も見据えて「割れて使えなくなったガラスを回収し、カレットと呼ぶリサイクル原料として利用する方法の活用も検討しています」と吉羽氏は言う。一般に採掘した原料からよりも、カレットから生産した方が、より少ないエネルギーでガラスを生産できる。ただしその実現には、建材として使われたガラスからカレットを回収する際に、複層構造などの分解と、再利用可能な部分の分別回収を効率化する技術の確立が欠かせない。樹脂素材を扱う部門も社内に有するAGCは、その強みを生かして独自技術を開発し、簡単な処理で複層ガラスを組み立て分解できる独自の複層ガラス(サーモクライン)を上市している。


工業製品や建築物では、出来上がった後の使用する段階で排出する「Operation CO₂」と並んで、「Embodied CO₂(内包二酸化炭素)」と呼ぶ新しい指標からの評価が重視されるようになった。ビルを1棟建てる際の建材の生産や資材の運搬・建設などで排出するCO₂を定量化したものであり、これからEmbedded CO₂は、建築物の価値を示す指標になりつつあり、その対応が不可欠になりそうだ。


サステナブルな社会を実現するためには、建築用ガラスのように大量消費するコモディティ製品でこそ、革新が求められる。「建築用ガラスの供給をリードするAGCにとって、サステナブル社会実現への貢献は義務であり、新たなビジネスチャンスでもあります。今後、新たな役割を果たす商品やサービスの提供を通じて貢献するため、真剣にかつスピード感を持って進めていきます」と吉羽氏は将来を見据えている。

日経ビジネス電子版 Special 掲載記事

この記事で取り上げられている
AGCの技術

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