素材と技術で、ブラインドサッカーの常識が変わる! 素材と技術で、ブラインドサッカーの常識が変わる!

May.31 2021

素材と技術で、ブラインドサッカーの常識が変わる!

Profile

松崎英吾

松崎英吾

特定非営利活動法人日本ブラインドサッカー協会 専務理事 兼 事務局長

渡邊秀樹

渡邊秀樹

特定非営利活動法人日本ブラインドサッカー協会

冨依勇佑

冨依勇佑

AGC株式会社 化学品カンパニー戦略本部応用商品開発部

本多千絵

本多千絵

AGC株式会社 技術本部第14プロジェクト

日本ブラインドサッカー協会とAGCの協創

ブラインドサッカーをご存知だろうか。全盲の選手たちがアイマスクを装着し音の出るボールを用いて行う、フットサルを基に考案されたスポーツである。 そのピッチには、プレーヤーがフィールド外に出てしまわないよう、サイドラインに沿って約1mの高さのフェンスが設置されている。 そこに使われているのは、AGCと日本ブラインドサッカー協会が共同開発したポリカーボネート製の透明なフェンスだ。

AGCとスポーツ。接点のなさそうな両者はいかにして結びついたのか。そしてその先は?経緯をたどっていくと、AGCの目指す新しい研究開発の姿が見えてきた。

強度、透明性、耐候性を兼ね備えたポリカーボネート製フェンスを共同開発

そもそもAGCとブラインドサッカーの出会いはどのようにして実現したのだろうか。 特定非営利活動法人日本ブラインドサッカー協会の松崎英吾専務理事兼事務局長とスタッフの渡邊秀樹さんのお二人を AGCの新研究開発施設であるAGC横浜テクニカルセンター(YTC)にお招きし、AGCの開発担当者とお話しいただいた。


*本取材は、写真撮影時以外、常時マスクを着用して実施しました。

冨依 もともとの始まりは、研究所の若手社員がAGCの製品や技術の魅力を外部に向けてもっと活発に発信しようと、有志を募って2017年に立ち上げた活動です。 すぐ利益に結びつかなくても、自由な発想でとにかくやってみようというのがモットーでした。 メンバーの中にスポーツ好きが多かったこともあって、AGCの製品や技術をスポーツ分野に応用できないかという話になり、 当時、ニュースポーツとして話題を集めていた「世界ゆるスポーツ協会」をはじめ様々なスポーツ団体にコンタクトを取っていました。 そういったヒヤリングの過程で、日本ブラインドサッカー協会に興味を持ちまして、こちらからお声をかけさせていただきました。

松崎  実は私たちも同じ頃AGCさんにアプローチをしていました。ブラインドサッカーはボールから発せられる音を頼りに行うスポーツです。 従って、プレー中は完全な静寂が求められます。
一方で、観客の皆さんの拍手や歓声でゲームが盛り上がるという側面もあります。うまく音を遮断しながら、選手も観客も楽しめる方法はないか。 その手立てを模索する中で、AGCが遮音に関する知見を持っていることを知り、ある大学の先生のつてで連絡を取っていたんです。 そういう両者の思いがうまく噛み合って、とんとん拍子に話が進みました。

冨依 まずじっくりヒヤリングを行い、ブラインドサッカーには遮音という課題があるということを明確にした上で、試合の現場を見学させていただきました。 それをきっかけに、ブラインドサッカーに対する私のイメージがガラリと変わりました。
我々の多くは、視覚障がい者の方をサポートすべき存在だと認識しています。しかし、ピッチ内の選手はとてもタフで、いきいきとプレーしていました。 試しに私もアイマスクをつけてみたのですが、サッカーどころか一歩も前に進めませんでした。 それに比べて、音だけを頼りにピッチ内を縦横無尽に走り回る選手の皆さんは本当に凄いと感じました。このようなフィールドで活躍されている方のためにも、AGCの一員として是非お役に立ちたいと改めて思いました。


渡邊 我々の最大のニーズは遮音ですが、それ以外にもいくつか課題がありました。その一つがサイドフェンスです。 2018年2月の国際大会に、演出的な側面も鑑み透明なサイドフェンスを導入したのですが、当時のものは透明性と強度に難があり、なんとかならないかと思っていたんです。 ですのでAGCさんにお会いした際には、遮音に加え、サイドフェンスの課題についても相談させていただいていました。

選手が激しくフェンスにぶつかりながらプレーする様子
©JBFA/H.Wanibe

松崎  ブラインドサッカーは思った以上に選手が激しくフェンスにぶつかります。それによってケガをすることは絶対に避けなければなりません。 しかも屋外に設置することが多いので、紫外線などによる劣化を防ぐ必要もあります。また可動式のため、持ち運びができないといけない。 そんな条件でも、強度、透明性、耐候性を保てるフェンスが必要だったのです。


冨依 お話を伺い、まずはフェンスの共同開発に着手しました。 素材として最初はガラスを考えたのですが、割れる可能性や重さなどを勘案し、AGCが販売している透明度の高いポリカーボネートを使ったフェンスを提案しました。 ポリカーボネートは耐衝撃性能に優れているもののガラスに比べてキズがつきやすい素材なので、その中でもキズがつきにくく、さらに屋外の使用にも耐えられるように紫外線に強く、より透明度を維持しやすい素材から開発しました。

松崎 打ち合わせでガラスやポリカーボネートのサンプルを複数見せていただきましたね。それぞれの機能や特徴について学ぶこともでき、とても有意義な時間でした。

渡邊 ポリカーボネート製のフェンスは一見するとただの透明な板です。 本当に割れないか、キズがつかないか半信半疑でした。そこで、これでもかっていうくらい、思いっきり蹴ったり、バットで叩いたりしました笑。 それでもキズ一つつかないことがわかって、これならいけると思いました。
このフェンスのもう一つのメリットは、4メートルの長さにもかかわらず支柱がいらない点です。 そのため透明ゾーンが広がり、観客からプレーが見やすくなりました。 また、試合中に情報を流すリボンビジョンや得点掲示板をフェンスの裏側に設置できるようになり、スペースを有効活用できるようになりました。

松崎 フェンスは常設ではないので、設営・撤収がスムーズにできるかどうかも重要です。人力での持ち運び可能な重さという点でもポリカーボネートは最適でした。 さらには気温や湿度によって膨張してフレームに入らなくなることのないよう、厚みの調整など細かいところまで気を配っていただきました。

フィールドに設置されたポリカーボネート製のフェンス ©JBFA/H.Wanibe

コロナ禍ならではの、防音マスクというユニークなアイデア

こうして2018年6月に完成したポリカーボネート製透明フェンスは、現在でも公式試合に導入されている。 そして今、両者のコラボは次のフェーズを迎えている。従来からの課題であり、日本ブラインドサッカー協会にとって最大の懸案事項である「遮音」の実現に向けた取り組みだ。 これについては、コロナ禍で誰もが手放せなくなった“ある物”が課題解決の糸口になっている。


渡邊 透明フェンスができてから約2年後の2020年9月、再び冨依さんに電話させていただき、お会いすることにしました。 何か具体的な依頼をするというわけではなく、AGCの方と会ってフランクに話せば、懸案の遮音について面白いアイデアが出てくるのではないかと思ったんです。


冨依 改めてお声掛け頂けたのはうれしかったですね。AGCでは自動車向けに遮音ガラスの開発を行っているので、まずはその技術をベースに遮音にアプローチできないかと考えました。 しかし、いろいろな周波数の音を1枚のガラスで制御するのは難しいことがわかりました。 技術的な課題も多く、専門も異なる私一人で取り組むのは難しいと考え、社内で協力してくれるメンバーを、社内の有志団体であるAGseedメンバーに募ったところ、様々な部署から予想以上に多くの手が挙がりました。 多様な専門性をもった仲間達です。

マスクフレームのプロトタイプ。ウレタン製のカバーと組み合わせる仕様。

こうした業種や部門の垣根を越えた横の連携があれば、課題解決に向けてどんどんアイデアが出てくると心強く思いました。

さっそく、松崎さん、渡邊さんにも加わってもらってディスカッションを行ったところ、期待した通りいくつも面白いアイデアが出てきました。 その一つが遮音と吸音の両方の機能を兼ね備えた防音マスクです。

本多 私が参加したのはその頃からです。前職では音を扱う仕事をしていましたので、自分の知識が活かせればと思って参加しました。 以前なら、防音用にマスクを使うという発想はなかったと思いますが、コロナによってマスクが身近なアイテムになっている今だからこそ出てきたユニークなアイデアだと思います。

松崎 ディスカッションにあたって私は、何かに困っている人たちの課題解決を通じて、より多くの方々の課題にアプローチしていくという視点を持つべきだと思っていました。その中で防音マスクの話が出たとき、これはビジネスとしても可能性があるのではないかと感じました。

コロナ禍でオンライン会議や電話での打ち合わせが多くなり、隣の音が気になるといったケースが増えています。かといって専用ブースを設置するのはコストがかかるので、パーソナライズされた遮音技術があれば、隣の人を気にせずにWeb会議をすることも可能です。これを製品化したら立派なビジネスになるのではないかと大いに盛り上がりました。

3Dプリンターを使って、マスクフレームを試作。

制作から評価まで、全てAO Lab.で行う。

本多 アイデアは面白くても、実際にモノをつくって評価しないと何も進みません。 YTCにはAO Lab.(アオラボ)と呼ばれる社内外と協創できるスペースがあり、そこで冨依さんや他の有志メンバーらと一緒にプロトタイプをつくり、 形状や内部に入れる遮音・吸音材の候補をいくつも考えました。現在はそれをAGC側で音響評価をしている段階で、もう少ししたら完成品をお目にかけることができると思います。

渡邊 どんなものが出来上がるのか、今からワクワクしています。

AGCとのコラボでブラインドサッカーの魅力を世界に発信

このように、AGCの若手研究者が自発的に始めた活動は、スポーツだけにとどまらず、新たな可能性へと広がりを見せている。 その推進力となったのは、外部とのコラボだ。今回の取り組みについて、コラボ先の方々はAGCをどのように評価しているのだろうか。

松崎 防音マスクというアイデアは、AGCが参加メンバーの間口を広げ、さまざまな専門分野の人たちが加わったからこそ出てきたアイデアだと思います。 私たち協会も、パラリンピック後に向けて、外部の企業や団体とつながり連携することによって、ハブ機能を強化したいと考えています。 今回のコラボを通して感じたのは、AGCには他社に抜きん出て柔軟かつオープンな社風があるということです。 また、課題解決のためにはまず現場に足を運んで自分の目で見るという、フットワークの良い現場主義にも感銘を受けました。


本多 途中参加の私は、コロナの影響でまだブラインドサッカーの試合を現場で見たことがありません。 それをなんとか実現して、まずは防音マスクの完成に全力を注ぎたいですね。


松崎 近年は、保育園を建てることに近隣住民から反対運動が起きたり、隣人との音のトラブルが増えています。 もし音をコントロールできる製品やシステムができれば、そうした問題の解決に寄与することができ、ビジネスとして成り立つのではないでしょうか。 ブラインドサッカーでいうと、スイッチを入れたら観客席からの音が遮断されるようなものがあれば、これまでの観戦のあり方が根本から変わる可能性があります。AGCにはぜひそういうところにもチャレンジしていただきたいですね。


渡邊 マスクについても、防音性の高いものができたら日本初の製品かと思われます。 またAGCはグローバルにビジネスフィールドもあるため、こうした今回の我々とのコラボも世界中に発信できることを期待したいですし、 更にそこからブラインドサッカーの楽しさや我々のビジョンなど併せ伝えられれば良いなとも思っています。

フィールドに設置されたポリカーボネート製フェンス©JBFA/H.Wanibe

松崎 ブラインドサッカーは、視覚障がい者の方に対する“見えない”という負のイメージを劇的に覆してくれるスポーツです。 AGCのフェンスや防音マスクを通して、ブラインドサッカーがさらに普及していくことを大いに期待しています。


2021年5月30日から6月5日にかけて、ブラインドサッカーの国際大会が日本で開催された。白熱の試合の結果、優勝を勝ち取ったのはアルゼンチン。準優勝は日本だった。選手と観客の安全・安心・快適を支えるAGCの素材と技術が、ここにも生かされている。

Santen IBSA ブラインドサッカーワールドグランプリ 2021 in 品川


会期:2021年5月30日(日)〜6月5日(土)​


場所:品川区立天王洲公園


主催:国際視覚障害者スポーツ連盟
特定非営利活動法人日本ブラインドサッカー協会


概要:国際視覚障害者スポーツ連盟公認の国際大会


試合日程:https://www.wgp-blindfootball.com/


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