モビリティ

AGCは自動車ガラスを供給するサプライヤーとして、これまでも紫外線カットや超撥水ガラス、内蔵アンテナなど高付加価値化でガラスの機能を高めてきました。
自動車産業では今、「CASE(Connected、Autonomous、Shared & Services、Electric)」というパラダイムシフトが起こりつつあり、新次元の機能がガラスに求められます。自動車の内と外を隔てる透明材料としてのパッシブな存在から、ドライバーに必要な情報を表示・提供するアクティブな存在へ。車内外をつなぎ安全走行に積極的な役割を果たす素材・ソリューションを提案します。

開発ストーリー紹介:ガラスアンテナ

モビリティの進化を支えるキーマテリアル、ガラスアンテナ

アマチュア無線愛好家を呼び集めて開発は始まった

ヘンリー・フォードが自動車の大量生産によってモータリゼーションの扉を開いてから、1世紀以上が経ちます。この間、自動車は、性能、安全性、快適性のいずれの面でも長足の進歩を遂げ、産業界のみならず社会発展の牽引役を果たしてきました。

AGCが、国内で勃興しつつあった自動車メーカーに自動車用加工ガラスの供給を開始したのは1950年代のことです。当時の自動車用ガラスに求められたのは、ガラス本来が持つ透明性に加えて、安全であること。基本それを満たしていれば大きな問題はありませんでした。しかし、時代を経るにつれ、自動車のデザインに対応した複雑な形状のガラスや、さまざまな機能を備えたガラスが求められるようになったのです。

その一つがガラスアンテナ、つまりアンテナ機能を持つガラスです。この技術が生まれたのは1970年代の米国で、AMやFMなどのラジオ放送を受信するのが目的でした。それ以前は金属の棒状アンテナが用いられていたのですが、デザイン面での制約や破損しやすいことから、ガラスにアンテナ機能を付与する方法が考案されたのです。

特にガラスアンテナにこだわったのは国内の自動車メーカーで、1970年代後半、ガラスを供給するAGCにも開発の要請がありました。当時、ガラスアンテナはアンテナメーカーが開発するものとされ、欧米では今でもその考え方が色濃く残っています。そんな常識を覆して、ガラスメーカー自ら開発に乗り出すのは異例のことでした。

そのため、AGC社内においても、「ガラス屋がなぜアンテナをやるのか」という声が強くありました。そんな中、自動車の通信機能に着目した幹部がいました。彼は戦前の大学でレーダーの開発をしていた技術者で、これからの時代、自動車にも必ず通信機能が求められるはず、という信念を持っていました。その後押しを受けて、ガラスアンテナの開発がスタートしたのです。

実験サークル
実験サークル

しかし、当時のAGCにはアンテナの専門家は皆無で、外から専門家を連れてくるのでは開発競争に時間で負けてしまいます。そこで急遽、各工場からアマチュア無線愛好家たちが呼び寄せられ、「アンテナチーム」が結成されました。アマチュアとはいえ、電波の送受信の仕組みに詳しく機器にも明るい。ガラスアンテナの開発にはピッタリの人たちでした。AGCにおけるガラスアンテナの開発は、こうして始まりました。

日焼けで真っ黒になりながらテストを繰り返す

初期のガラスアンテナはフロントガラスの内部に銅線を封入する方法がとられていたのですが、エンジンやモーターなどの電装品に近いため、ノイズを拾いやすいものでした。そこで、リアガラスに導電性の銀ペーストを用いてアンテナ線を印刷・焼成する方法が考案されました。これが今でもガラスアンテナの主流となっています。とはいえ、その開発は困難を極めました。

ガラスアンテナにまず求められるのは、どの方向からでも受信できる「無指向性」です。そのためにはアンテナ線の配置や長さ、本数などをきめ細かく設定しないといけません。実際の車を運転しながら、特定の周波数の電波を飛ばし、受信状況を調べるテストが繰り返し行われました。それと同時に、音響メーカーの協力を得て、専用の増幅器も開発されました。開発者の一人は当時を次のように振り返ります。

車種ごと、周波数ごとに受信状況のデータ収集と解析を行い、それをもとにアンテナ線の形状や長さを変えるという、手間のかかる開発をくる日もくる日も行いました。特に夏場のテストは過酷で、顔も腕も日焼けで真っ黒になりました。

電波暗室建設を機に開発スピードが飛躍的に向上

こうした“原始的”な方法に終止符が打たれたのは1989年のことです。愛知工場に電波暗室が完成し、開発スピードは飛躍的に向上しました。電波暗室とは、周囲を鉄板で覆い、その内側に電波吸収体を貼り、安定した電波環境の中で正確に受信特性を評価できるようにした建造物です。

電波暗室

これを機に、ガラスアンテナは一気に進化していきます。AM/FMラジオ放送の受信はもとより、周波数のまったく異なるTV放送の受信、カーナビゲーション、キーレスシステムなど、さまざまな機能を備えたガラスアンテナが開発され、普及していきました。

その中でも、2003年に始まった地上デジタルTV用のガラスアンテナには、AGCが培ってきたさまざまな技術が注ぎ込まれています。その一つが、ダイバーシティ受信システムです。これは複数(4本)のアンテナをフロントガラスやリアガラスに設置する技術で、アナログTVの受信用に開発されました。これにより、車内でテレビを見るという、それ以前は夢だったことが可能になりました。2007年には、フロントガラスの中間膜と一緒にデジタルTV用のアンテナエレメントを挟み込んだ、AGC独自のアンテナ一体型製品の開発にも成功しました。

こうしたAGCの技術は、国内のみならず海外の自動車メーカーからも高く評価されており、採用される車も増えてきています。

自動車が一般大衆に広まってから1世紀が経った今、クルマはかつてない大変革の時代を迎えています。自動運転のための情報基盤として、クルマ同士や、クルマと交通インフラが縦横無尽に”つながる”コネクティビティの時代が目前に迫っています。それを支える重要技術が車に360°張り巡らされたガラスです。クルマの安全と車内の快適性を保ちながら、カメラ、センサーなどとも共存するアンテナが搭載され、まさにマルチファンクショナルなガラスが必要となってきています。

40年前、何もないところから始まったガラスアンテナの開発と同様に、これまでにないモビリティ用のガラスを開発するためのチャレンジが、再び始まろうとしています。