AGCと自動車メーカー6社のデザイナーが協創した「8.2秒展」から生まれたものとは? AGCと自動車メーカー6社のデザイナーが協創した「8.2秒展」から生まれたものとは?

May.12 2021

AGCと自動車メーカー6社のデザイナーが協創した「8.2秒展」から生まれたものとは?

東京都中央区京橋にある、AGCグループのブランド発信基地「AGC Studio」。これまでさまざまな企業、建築家、デザイナーとのコラボレーションによって、ユニークで先鋭的な企画展示やイベントをいくつも手掛けてきた。ところがいま開催されている『8.2秒展』というタイトルが付けられたこの展示会は、国内自動車メーカーに所属するデザイナーとのコラボによる、これまでに類を見ない試みだ。AGCとJAID(Japan Automotive Interior Designers)と呼ばれるこの企画展に携わった国内自動車メーカー6社の内装デザイナーにお集まりいただき、AGCとの協創と、その成果である『8.2秒展』について語り合っていただいた。

*本取材は、写真撮影時以外、常時マスクを着用して実施しました。

【出席者】(画像右から)
中嶋 孝之(トヨタ自動車株式会社 クルマ開発センタービジョンデザイン部 インテリアデザイン室長)
野口 墾人(日産自動車株式会社 グローバルデザイン本部Product design Department:Program Design Director UX_UI Design Department:Deputy General manager)
田中 幸一(株式会社本田技術研究所デザインセンター オートモービルデザイン開発室 プロダクトデザインスタジオ アシスタントマネージャー)
遠藤 拓磨(スズキ株式会社 商品企画本部 四輪デザイン部 四輪先行デザイン課係長)
笹島 拓(いすゞ自動車株式会社 デザインセンタープロダクト&ストラテジーグループグループリーダー)
佐々木 克典(ダイハツ工業株式会社 デザイン部 第2デザイン室 CMFスタジオ 主査)
山本 今日子(AGC株式会社 技術本部企画部)

「人の心が動く・好きになるまでの時間 8.2秒」
「真面目禁止」のJAIDと「真面目な素材メーカー」AGCがコラボした!

JAIDは国内の主要自動車メーカー9社の内装デザイナーが2015年に立ち上げた集団だ。日頃バチバチと火花を飛ばしながら競争しているライバル同士のデザイナーが、ある雑誌の特集企画を通じて出会い、意気投合して、All Japanの旗の下に結集した。そのJAIDとAGCを結びつけたきっかけは、「ミラノデザインウィーク」である。このイタリア・ミラノで開催される世界最大規模のデザインの祭典に、AGCグループは2015年から出展している。2018年にはガラススピーカーを展示し、これがダイハツ社の目に止まった。さっそく同社に出向いてプレゼンを行った際、JAIDを紹介していただいたのが、そもそものスタートだった。

山本 JAIDは「新しいクルマの内装」をテーマにした『1kg展』を開催するなど、新しいデザイン価値を創造し続けている集団です。そことコラボできればきっと面白いことができるはずと考えて、AGCからアプローチしました。私は途中から参加したのですが、いきなりJAIDの皆さんがつくられた阿波踊りをしているコンセプトムービーを見せられて、この人たちはいったい何をしているんだろうと思いました(笑)。


野口 JAIDの活動の本質は、お祭りなんです。競合メーカーの人間が集まって何か意義のあることをするためには、まず信頼関係を築くことが欠かせません。そのためには、共通の目標を持つことが一番の近道だと思っています。多種多様な人材があつまり一緒に楽しむ。それをJAIDでは総じてお祭りと表現しています。

中嶋 もちろんいろいろなところに行ってイベントもするのですが、懇親会も大事なんです。そこでお互いに腹を割って話ができるようになるまで、1年かかりました。話をするときの決め事は「真面目禁止」。真面目になると、自社の価値観や制約に縛られてしまって、面白い発想なんて期待できませんから。


佐々木 そんな部活の延長線のようなJAIDに比べて、AGCはまさにガラスのように硬くて真面目な会社というイメージがありました。ただ一方で、ミラノへの出展や今回のコラボのように、何かエッジの効いた新しいことをやろうとしている雰囲気が伝わってきて、やりようによっては面白いことができそうだと思いました。


遠藤 自動車の内装デザイナーにとってガラスは未知の素材で、コラボといってもなかなかイメージが湧きませんでした。しかし、AGC Studioでいろいろな素材を見てからは、面白いことができるかもしれないというワクワク感のほうが強くなりました。

田中 私も普段はガラスと接点がないので、こちらから提案したものが本当にできるのかどうかさえわかりませんでした。そのため、メンバーはガラスとは何かというところから勉強する必要がありました。

中嶋 その一環として、AGC横浜テクニカルセンター(YTC)の型板ガラスの工場を見学させてもらいました。初めて溶けたガラスが製品になっていく瞬間を見て、その色、熱、設備に感動しました。そのとき、この素材ならいろいろなことができるかもしれないという手応えを感じました。

ガラスという素材を知り、可能性を探るプロセス展示

野口 ガラスは日常にあふれている素材にもかかわらず、誰もガラスのことを知らない。というかガラスについて深く考えたことがない。そこでまず、どんな瞬間にガラスを意識するのか、マインドマップをつくって言語化するところから始めました。その過程で、例えば情報の入り口として、人と最も親和性の高い素材としてガラスが持っているポテンシャルを再認識できたように思います。

笹島 デザインの仕事では樹脂を扱うことが多いので、はじめは樹脂でできることをガラスに置き換えただけの発想になってしまいました。ガラスだからできることへの発想に切り替えるのは簡単ではありませんでしたが、ガラスを一つの素材としてとらえ探っていくと知らなかったことも多く、樹脂とは違う可能性がある素材であることがわかってきました。

ガラスが介在することによって8.2秒の間に起きる物語を発案

今回の展示テーマは「8.2秒」。初めて対面したものに心が動き、好きになるまでに要する時間、それが8.2秒だという。JAIDの内装デザイナーとAGCの研究開発に携わる社員が複数のプロジェクトに分かれ、約2年をかけて、ガラスが介在することによって8.2秒の間に起きる物語を発案し、カタチにした。JAIDとAGCは、それぞれどのような姿勢でこの協創に臨んだのだろうか。

中嶋 今回の協創にあたって、まずJAIDの主要メンバーと若手デザイナー数十名から、8.2秒を核にしたアイデアと、それを形にしたアイデアを募りました。普通はそれらをモニターに映して見比べるのですが、我々は一つひとつをプリントし、何十枚、何百枚と床に並べて、みんなでそれを眺めながらワイワイガヤガヤと感想を述べ合う方法をとっています。そうすると、その中から光るものが立ち上がってきて、さらにそれについて意見を出し合いながら絞り込んでいきました。そうして選んだのが、今回の7つの展示です。

野口 なんとなくうちらしいと思って選んだものが、他のメンバーから「そんな手堅い案よりこっちのほうが面白いよ」とダメ出しされたりしてね(笑)。

遠藤 スズキも、格好つけたおしゃれなものを提案すると、「そんなのスズキさんらしくない」ってよく言われました(笑)。それによって、自分たちしか表現できないものがあることに気づかされたように思います。もしJAIDの活動が「真面目禁止」でなかったら、もっと無難なものになっていたかもしれません。

山本 AGCでは、竣工したばかりのYTCのAO Lab.*に、他に先駆けてJAIDとの協創プロジェクト専用の部屋をつくりました。部屋には壁全面にホワイトボードを設置し、そこに描かれたスケッチやメモを別のプロジェクトメンバーが見ることによって、新たなインスピレーションを得てもらうような工夫もしました。

野口 専用部屋をつくります!っていうのはすごい口説き文句でしたね(笑)。

山本 専用の部屋を確保しただけでなく、先ほどおっしゃっていた床置きのデッサンを社員に見てもらって、コラボに参加したいという人に手を挙げてもらいました。それまではAGCでは、他社とのコラボにあたって担当者を指名するのが一般的だったのですが、今回は完全公募によって6名が名乗りをあげ、彼らを「侍」と名付けてJAIDとのコラボにチャレンジしてもらうことにしました。


*AO(AGC OPEN SQUARE):2020年にYTC内に設置された社内外の協創を加速させる協創空間

コロナ禍の中、理解を深めあい、模索しながら行った協創活動

こうして順調にスタートしたかに見えたプロジェクトだが、コロナ禍という予期せぬ障害がメンバーの前に立ちはだかった。 これにより、AGCとJAIDのメンバーが、YTCのAOで素材を介してコラボを行うという当初の目論見は、脆くも崩れてしまった。 この状況をメンバーはどのようにして乗り切って展示に漕ぎ着けたのだろうか。


野口 コロナ禍でオンラインでの打ち合わせが中心になったということ以前に、AGCの侍との間に共通言語がないことのほうが問題でした。 我々内装デザイナーにとって、自社の設計担当のエンジニアとコミュニケーションを取るのは当たり前に行っていますから、今回もそんな感じでいけるだろうと思っていたら、全く違っていました。

AGCの人はデザイナーと話をすることに慣れていないようでしたし、そもそもAGCのブランドステートメント“Your Dreams, Our Challenge”を理解するのも簡単ではありませんでした。自動車メーカーの内装デザイナーとエンジニアは、お互いにやりたいことをぶつけ合い、ときにはぶつかり合いながら、優先順位をつけたり折衷案をつくり上げていきます。

ところがAGCとのコラボでは、AGCがやりたいことより、我々がやりたいことを実現するというスタンスで、それに慣れるまで時間がかかりました。

遠藤 うちのエンジニアなら、できないと思ったら「できない」とはっきり言います。しかしAGCの侍は、難しい提案にも「やります」「やってみます」と言ってチャレンジしてくれる。その結果失敗しても、すぐに別の方向に進むことができたので、それは普段の仕事と違ってとても新鮮な感覚でした。

侍とデザイナー、双方の模索とチャレンジによって、さまざまな作品が実現した。

田中 私も同感です。相手をエンジニアだと思ってこちらの意図を伝えるのですが、出てきたものを見ると、十分に伝わっていないと感じることがよくありました。そのうち、AGCの侍はエンジニアではなく、素材開発を行っている研究者なんだと気づいた。それなら自社にも同じような仕事をしている者がいますから、彼らに接するのと同じ感覚でコミュニケーションを取るようにしたら、意思疎通が格段にうまくいくようになりました。

佐々木 内装デザイナーは、まず感情や感覚から入り、それを最終的な商品につなげていくというプロセスを踏みます。それに対してAGCは、アウトプットから逆算し、その過程をロジックで考える。そのため最初のうちは全く話が噛み合わず、共通言語で話せるようになるまでとても苦労しました。

笹島 私も同じ経験をしましたが、ひょっとしたら自社のエンジニアに対しても、自分の言いたいことが十分に伝わっていないかもしれないと気づかされました。その意味でも、今回のコラボはとてもいい経験になりました。

山本 私たちAGCは、常に機能で考える習慣が身についています。そのため、デザインを見ると、まずはそれを構成する要素に分解し、どんな機能の素材が必要なのか、最短の解を見つけようとします。しかし、内装デザイナーの方と話をしていると、キラキラとかピピッという擬音で説明されることが多く、それをマテリアルの機能に翻訳・変換するのがむずかしかったですね。

笹島 思い返すと、AGCの侍と直接会ったのは数えるほどで、意見交換や打ち合わせの多くをオンラインで行わざるをえませんでした。仕方のないこととは言え、もっと深くコミュニケーションできれば、ガラス以外のAGCの素材を知ることができたのではないかと思います。

中嶋 JAIDの目的の一つは外部の知見や経験を得ることですが、今回のコラボでは、コロナの制約によってそれが十分にはできませんでした。従って今回の展示はあくまで準備体操のようなもので、次はガラスを超越したガラスのような、我々デザイナーがびっくりするようなぶっ飛んだものにしたいですね。ガラスにはそれだけのポテンシャルがあると思います。

田中 そのためにはコミュニケーションの密度が課題になりますね。お互いにもっとわかり合えたら、AGCとコラボしたらすごいことができると思えたかもしれません。

佐々木 次回があれば、デッサンの床置きの段階からAGCの侍たちにも入ってもらって、忌憚なく意見交換をしたいですね。

AGCとJAIDのコラボが生み出した成果を存分に楽しんでほしい

笹島 各社それぞれの色が出ていて、とても面白いものができたと思います。ぜひ実際に見て、触って楽しんでいただきたいと思います。

遠藤 今回のコラボには、自社内でもたくさんの人が関わってきました。真面目禁止とは言いながら、本気で取り組んだ成果です。それを都心の一等地で展示していますので、ぜひ足を運んでいただきたいですね。

田中 私は会場担当としてAGC Studioに通い詰めました。それだけに展示の一つひとつに愛着があります。1階の展示だけでなく、2階では失敗例も含めて完成するまでのプロセスを展示していますので、そちらも見てほしいと思います。

中嶋 今回のコラボでは、自社内でも定時以降に多くのデザイナーが集まり、ゲラゲラ笑いながら自由にアイデアを出し合いました。それは本当に楽しい時間で、そこから生まれたアイデアが、AGCとのコラボで化学反応を起こし、今まで見たことのない形として覚醒した瞬間を楽しんでいただきたいと思います。

佐々木 AGCとのコラボはとても楽しく、文化祭のような感覚でした。それを通じて、私自身の中にあるクリエイティビティが刺激を受け、とても貴重な経験となりました。各展示の背後にある、JAIDとAGCメンバーの遊び心、知的好奇心、未知への探究心を感じていただければと思います。

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