自動運転車の“眼”を高精度な状態に保つ  LiDARを保護しながら、パフォーマンスをサポートする素材ソリューション 自動運転車の“眼”を高精度な状態に保つ  LiDARを保護しながら、パフォーマンスをサポートする素材ソリューション

Nov.22 2023

自動運転車の“眼”を高精度な状態に保つ LiDARを保護しながら、パフォーマンスをサポートする素材ソリューション

先進運転支援システム(ADAS)が進展し、自動運転車の実用化が近づくなか、人工知能(AI)搭載の自動運転システムは、複雑な走行環境に対応する高い運転技能を得つつある。しかし、どんなに高度なシステムも、正確なデータ収集なしには正しい判断を下せない。そこで自動運転車の“眼”として注目されるのがLiDAR(Light Detection and Ranging:レーザーレーダー)である。このLiDARを常時安定的に機能させることが求められるなか、AGCは長年培った素材技術を応用し、そのパフォーマンスを支える様々なソリューションを提供している。

Profile

村岡 景太

村岡 景太

オートモーティブカンパニー モビリティ事業開拓室 プロジェクト推進グループ マネージャー

下 憲一郎

下 憲一郎

オートモーティブカンパニー 技術統括室 開発センター ファンクションアジアG グループリーダー

峰雪 序也

峰雪 序也

先端基盤研究所 林特別研究室

掛川 貴之

掛川 貴之

オートモーティブカンパニー モビリティ事業開拓室
マーケティンググループ All AGC事業推進チーム アシスタントマネージャー

自動運転車の“眼”LiDARを 故障と精度低下から守るWideye

自動運転車が街を走る時代が、すぐそこまで来ている。移動時間の有効利用、高齢者の移動手段確保、物流業界での人手不足解消、さらには人為的ミスによる交通事故の防止への期待──。自動運転車は、持続可能で豊かな未来に欠かせない。そして、自動運転車がその役割を果たすためには、いつ、どのような環境下であっても、常に安全に走行できなければならない。


走行状況を正確に把握する人工知能(AI)や、自動車を正確に操る制御装置の飛躍的進化が必要不可欠となる。ただし、これらがいかに高度に進化しても、その判断材料となる周辺環境のデータがなければ、安全な自動運転は実現できない。いかなる状況でも正確に情報収集を継続できるセンサーシステムの実現が、安全性を担保する上での大前提となる。


自動運転システムやその前身である先進運転支援システム(ADAS)において、周辺環境を把握する“眼”としての活用が期待されているのがLiDARである。LiDARとは、近赤外線などのレーザー光を照射し、返ってくる反射光の情報を解析することで、対象物までの距離や形を計測する光学センサーだ(注)。


(注)自動運転システムではLiDAR以外にも、カメラ、ミリ波レーダー、超音波レーダーなど多様なセンサーが情報収集の手段として併用される見込みだ。これらの中でLiDARは、とりわけ高精度に人や障害物を検知する役割を担う。自動車周辺の環境をデジタル3Dマップ化する際に重要なセンサーである。


LiDARを自動車に搭載するためには、日照や風雨、振動などにさらされる過酷な環境下で、長期にわたって機能を維持できる耐久性を持った車載ガラスが必要になる。


AGCは自動車用安全ガラスで長年にわたって蓄積した経験と専門性を生かし、高い近赤外線透過率を保ちながら、外因性の故障やセンシング精度の低下から守るLiDARアプリケーション用車載ガラス「Wideye(ワイドアイ)」を提供している。LiDARの前面に近赤外光の透過率が高いガラスを設置し、傷や衝撃による故障や雨滴・汚れによる検知精度の低下を防ぐ。これにより自動運転システムやADASの高レベルな安全性を、長期間にわたって維持できる。2024年の市場投入を皮切りに、AGCはWideyeをグローバルに拡販していく計画である。

村岡 景太氏

オートモーティブカンパニー モビリティ事業開拓室 プロジェクト推進グループ マネージャー 村岡 景太氏

「AGCは社会が自動車に求める安全性を見据え、将来必要になる先進技術の開発に先行して取り組んでいます。また適用車種の仕様・設計に合わせて、最適な効果が得られるソリューションをカスタム開発し提供していきます」とオートモーティブカンパニー モビリティ事業開拓室でプロジェクト推進を担当する村岡景太氏はいう。


LiDAR用カバー材には、ポリカーボネートなどの樹脂が使われる例もあるが、Wideyeのようなガラスカバーを利用すると様々なメリットが得られる。例えば、ガラス製ならば紫外線による経年劣化を受けづらく、高い透過性を長期間維持できる。また、反射防止や撥水性向上を意図したコーティングは、ガラス製の方が一般的に相性が良い。さらに電熱線ヒーターを取り付けることができ、曇りの除去や凍結を防止することも可能だ。

素材提供だけでは実現できない 自動車外装パーツとしての価値を創出
下 憲一郎氏

オートモーティブカンパニー 技術統括室 開発センター ファンクションアジアG グループリーダー 下 憲一郎氏

「AGCは自動車の外装ガラスに求められる要件を熟知し、それに応える技術も保有しています。実績を基に設計からプロセス開発、製造、品質保証までをワンストップで提案できます」とオートモーティブカンパニー技術統括室の下 憲一郎氏は語る。


Wideyeは単にLiDAR用カバーガラスの素材を提供するだけではない。搭載する自動車の仕様や設計に合わせてLiDARの信頼性と耐久性を向上させ、デザイン面で違和感のない外装パーツとして提供する。これらカバーガラスモジュールにおけるトータルソリューションこそがWideyeだ。この特徴を生み出すためにAGCが投入した要素技術は、大きく3つある。

1つ目は、優れたガラス材料特性を実現する技術だ。LiDAR用カバーガラスでは、近赤外線領域の照射光や反射光の減衰を最小限に抑える極めて高い透過性と、自動車用の安全性を満たす高い強度が同時に求められる。AGCは、光学機器や自動車のフロントガラスなどへのガラス提供を通じて蓄積してきた知見と技術を基に、最適なガラス素材を組成から設計することで、透過性と強度の両方を実現した。


Wideyeに使用するガラスは、通常の自動車用ガラスに比べて近赤外線透過率を20%以上改善した。これによって遠距離センシングに対応できる。


2つ目は、顧客が要求するカバーガラスモジュールの形状にガラスを合わせる、ガラス加工の技術である。どの仕様のLiDARをどの場所に設置するかは、対象車種ごとの設計によって大きく変わる。このためカバーガラスモジュールの形状と機能はカスタマイズが必要だ。


一般的に近赤外光の透過率が高いガラスは加熱による精密加工が困難だが、AGCは独自の曲面成形技術で高精度の成形に成功した。ここには長年、多様なガラスを扱ってきた経験が生かされている。また、AGCは反射防止性能や撥水性を高めるためのコーティング技術、樹脂との一体成形技術、電熱線ヒーターを実装する技術など、様々な部材を組み合わせてモジュール化する技術も保有し、多様なニーズに対応可能だ。


3つ目は、車両デザインを損なわずに高性能LiDARを配置する、車載外装設計の技術だ。LiDARは車両の全周から情報収集できるように配置するのが理想だ。しかし、従来の自動車にはなかった大型パーツであるため、そのまま取り付けると違和感が拭えず、自動車の魅力が失われかねない。


AGCは専門的な設計技術を駆使し、車載外装の品質向上にも貢献。センサーサプライヤーや自動車メーカーと協業しながら、新車開発の初期段階からモジュール設計を開始し、美しいデザインを作り込むこともできる。


LiDARには様々なタイプがあるが、Wideyeでは主要なすべてのタイプに対応可能だ(図1)。幅広いラインアップで自動運転車の安全性能の向上とデザインの両立に貢献する。

図1 Wideye™の製品ラインアップ © AGC Automotive Europe

図1 Wideye™の製品ラインアップ © AGC Automotive Europe

メンテナンスフリーの実現へ 超撥水技術の投入を準備

AGCはWideyeの性能をさらに高める技術も開発中である。LiDAR用カバーガラス表面の透明性を維持しつつ、撥水性能を飛躍的に高める「超撥水技術」である。


LiDAR用のカバーガラスには、水分を含んだ汚れを付着しにくくするため、表面に撥水コーティングが施される場合がある。この技術は自動車のフロントガラスなど、自動車用ガラスでは古くから利用されてきた。ただしLiDAR用カバーガラスにおいては、さらなる高い撥水性能が求められる。

図2 超撥水技術でコーティングされたガラス。接触角が大きくなるほど、撥水効果は高くなる。一般的に接触角が150°以上のものを超撥水という

図2 超撥水技術でコーティングされたガラス。接触角が大きくなるほど、撥水効果は高くなる。一般的に接触角が150°以上のものを超撥水という

一般的な撥水技術は、平滑なガラスの表面にコーティング膜を形成するものだ。一方AGCが新たに開発した超撥水技術では、まず表面処理によってガラス表面に微細な凹凸構造を形成。その後に撥水性を発現させるコーティング膜を形成している。


凹凸構造を作ることによって、水滴が付着した際、水滴とガラス面の間に空気の層ができ、接触角が大きくなることによって撥水性が高まる。蓮の葉の表面に水滴が落ちた時に、コロコロと転がり落ちる様子を見たことがある人も多いだろう。それと同様の原理だ。従来の技術では表面における水滴の接触角は110°程度だった。これが、表面に凹凸構造とコーティング膜を組み合わせることで150°以上にまで高めることができるようになった。

先端基盤研究所 林特別研究室 峰雪 序也氏

先端基盤研究所 林特別研究室 峰雪 序也氏

超撥水技術の開発に携わる先端基盤研究所の峰雪序也(みねゆきのぶや)氏は、「ガラスの種類によって出来上がる凹凸構造が変わり、撥水性も光学特性も変化します。このため、超撥水技術を発現しうるためにはガラスの種類ごとに表面処理を最適化する必要があります。自動車用ガラスに関しては、AGCの知見を生かして最適な表面処理を施せば、超撥水技術を適用可能であることを既に確認しています」と述べる。


量産投入を見据え商品化準備に取り組むオートモーティブカンパニー モビリティ事業開拓室でマーケティングを担当する掛川貴之氏は「現在、2027年の量産開始を目標に、耐久性の向上と量産に向けたプロセスの開発を進めています。長期間にわたって高い撥水性を維持することによってメンテナンスの軽減を実現したいと考えています」と言う。また、超撥水技術の適用先はLiDAR用カバーガラスだけではない。研究開発を続けていけば、将来的にはワイパーレスのフロントガラスを実現するための一助にもなり得る。

オートモーティブカンパニー モビリティ事業開拓室 マーケティンググループ All AGC事業推進チーム アシスタントマネージャー 掛川 貴之氏

オートモーティブカンパニー モビリティ事業開拓室 マーケティンググループ All AGC事業推進チーム アシスタントマネージャー 掛川 貴之氏

進化するガラスは自動車における情報のインターフェースとなる

「CES2023」において、AGCはWideyeと開発中の超撥水技術を紹介した。LiDARの高精度化と耐久性向上に貢献できる技術に対する世界の関心は高い。展示を見た来場者と実用化を見据えて多くの意見交換を行い、さらなる改善に向けて今後の方向性を検討する上でのヒントを収集したという。


次世代モビリティ社会では、自動運転システムのさらなる機能向上や、自動車同士および自動車と社会をつなげるV2Xを実現する協調型の通信機能の実装が求められる。そして、ガラスで作られる自動車の開口部は、人の視界を確保する「窓」から、情報や電波、そして光を選択的に透過して自動車と外界をつなぐ「インターフェース」へと変貌する。「安全」「快適」「つながる」を同時に成立させるマルチファンクションが要求されるようになるだろう。


AGCのLiDAR関連技術の応用先は、ドローンや農機・建機などの異なるモビリティ、ロボットなどにも広がっていく可能性もある。「私たちはAGCのブランドステートメント“Your Dreams, Our Challenge” に従って、新しいモビリティ社会の実現をリードする技術を提案し、社会と人々の夢をかなえていきたいと考えています。自動運転車での課題やモビリティに新たな価値を生むアイデアが浮かんだ際には、ぜひ相談していただければと思います」と村岡氏は語った。

日経クロステックSpecial 掲載記事

※部署名・肩書は取材当時のものです

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