Oct.23 2023
自動車と人との関係が、大きく変わろうとしている。自動運転技術の発展によって、ドライバーは運転作業から解放され、自動車の定義が「運転空間」から「動く居住空間」へと変貌しつつある。こうした潮流の中で、自動車全体の価値を大きく左右するキーデバイスとなり得るのが車載ディスプレイである。AGCは安全・快適・便利な車載ディスプレイを支えるカバーガラスの提供を通じて、次世代自動車の価値を向上させる。
中務 浩也
オートモーティブカンパニー モビリティ事業本部 車載ガラス事業部 営業部長
小船 伸司
オートモーティブカンパニー モビリティ事業本部 車載ガラス事業部 営業部 チーフエンジニア
寺井 康浩
オートモーティブカンパニー モビリティ事業本部 車載ガラス事業部 技術統括部 プロセス技術部グループ リーダー
山本 祐介
オートモーティブカンパニー モビリティ事業本部 車載ガラス事業部 営業部 営業企画グループ マネージャー
CASE(インターネットへの常時接続、自動化、シェアリング&サービス、電動化)トレンドに沿って自動車が進化し、運転から解放されたドライバーには、車内空間での自由な時間が与えられる。しかも車内空間は常時インターネットにつながり、エンジン音のない静かな場所になる。そこでは「動く居住空間」の住人へと立場を変えたドライバーが、エンターテインメントを楽しんだり、ネット検索をして到着後の計画を立てたり、多様なアプリを使って仕事をするなど、移動時間を有効活用するようになるだろう。
オートモーティブカンパニー モビリティ事業本部 車載ガラス事業部 営業部長 中務 浩也氏
オートモーティブカンパニー モビリティ事業本部 車載ガラス事業部 営業部長の中務浩也氏は「AGCは多様な用途に向けたガラスビジネスで培った知見と技術を生かし、『動く居住空間』となる次世代自動車を、より魅力的で価値あるものへ進化させていきます」と語る。
「動く居住空間」となる次世代自動車では、インテリアの機能・性能・品質が、これまで以上に自動車の価値を左右することになりそうだ。特に様々な情報やコンテンツを搭乗者に提供する車載ディスプレイは、車内空間でより楽しく快適に過ごすためのキーデバイスとなるだろう。
従来の車載ディスプレイは、主にドライバーが安全かつ円滑に目的地に着くために必要な情報を表示していた。カーナビゲーション・システムはその代表である。これが次世代自動車の車載ディスプレイでは、動画コンテンツや周辺地域の情報の表示、オンライン会議での活用などを前提とした仕様となる。
CASEトレンドに沿った次世代自動車開発が活発化する以前から、車載ディスプレイは大型化と高機能化という、大きく2つの軸で進化してきた。自動車に液晶パネルのディスプレイが広く搭載されるようになったのは、カーナビが普及し始めた1990年代からのこと。当初は運転席と助手席の間の狭い領域に、比較的小型のディスプレイが設置されているだけだった。しかも初期は後付けで付加する機能だった。これがカーナビの普及が進むにつれて、運転中のドライバーが一目で情報を把握できるよう、大型化が進んだ。以降は運転席前方の計器類が置かれる領域にまでディスプレイが進出。それまで機械式メーターで表示していた情報を美しいデザインで、かつ視認性高く表示できるようになった。
また、車載ディスプレイの大型化に伴って、情報表示機能だけでなく、人が機械を操作するためのヒューマン・マシン・インターフェース(HMI)機能も搭載された。2010年以降、スマートフォン分野で高度に洗練されたタッチ型HMIが車載機器にも導入され、グラフィック表示されたボタンやスライダーをタッチ操作することで、エアコンやAV機器などを扱えるようになるなど、高機能化が進んだ。
車載ディスプレイの進化に伴い、ディスプレイを保護するカバー材にも多様で厳しい技術要件が求められるようになる。
「車載ディスプレイの視認性を高いレベルで維持することは決して容易ではありません。走行する場所や時間、天候によって、外光が大きく変化するからです。さらに車載ディスプレイはタッチ型HMIとしても利用するため、指紋などの汚れによる視認性低下を最小限に抑える必要もあります。しかもインテリア設備の中でも特に大きな面積を占める部分ですから、高い質感や優れたデザイン性も求められます。もちろん安全性の確保も大前提です」と営業部 チーフエンジニアの小船伸司氏はいう。
オートモーティブカンパニー モビリティ事業本部 車載ガラス事業部 営業部 チーフエンジニア 小船 伸司氏
実はカーナビ普及後しばらくの間、車載ディスプレイのカバー材は樹脂製だった。加工しやすく、衝突などで壊れた際にもガラス製よりも安全と見なされていたからだ。しかしディスプレイの大型化と高機能化が進む中で、車内空間における大きな存在感に見合う優れた質感と、タッチ操作時の画質の維持や触り心地の向上が求められるようになった。AGCは空間づくりにおける機能美への要求の高まりに応え、2012年に世界初の車載ディスプレイ用カバーガラスを市場投入。ドイツ企業を端緒として、採用が広がった。
その後、車載ディスプレイの大型化に伴い、カバーガラスの曲面化が求められるようになる。車載ディスプレイが横に大型化することにより、どうしてもドライバーが視認しづらい部分や、タッチ操作の手が届きにくい部分が出てきたからだ。視認性や操作性が低下すると運転中のドライバーの意識が散漫になり、安全性を損なう恐れがある。そのため、ディスプレイとそれを覆うカバーガラスを曲面化し、ドライバーを包み込むような形状にする必要があるのだ。
そこでAGCは、2017年に曲面カバーガラスの提供を開始。材料の生産から加工、コーティングまで自社で一貫対応できる強みを生かし、新たな価値を持つカバーガラスをいち早く開発・提案してきた。自動車業界が求める曲面カバーガラスをタイムリーかつ安定的に供給できるよう、米沢・横浜・蘇州(中国)に生産拠点を置き、将来は欧州への展開も検討中だ。
車載ディスプレイ用カバーガラスに求められる多様で厳しい要求に応えるためには、基材であるガラスそのものと、表面に反射防止や指紋汚れ防止の機能を付与するコーティング膜の両方に、高い性能が求められる。これはAGCが培ってきた材料開発技術と商品設計技術、生産技術なくして実現できない。ここからは車載ディスプレイの進化の中で、同社がカバーガラスの開発に投入した代表的な技術を3つ紹介したい。
1つ目は、曲面カバーガラスの加工に必要不可欠な3D成形技術である。「AGCが百十余年の歴史の中で培ったガラスの製造技術、さらにはコーティング膜形成に欠かせないフッ素系材料や有機系材料、成膜技術を結集し、ニーズに応えるカバーガラスを、迅速かつ最適な形で開発・提供しています」と技術統括部 プロセス技術部グループ リーダーの寺井康浩氏は述べる。
ガラスの加工は単に曲げるだけなら簡単だ。ただし飴細工で職人技が求められるように、曲げられる状態にまで熱したガラス材を、思い通りの形状に高精度で加工することは極めて難しい。しかも車載カバーガラスは大量生産が求められる工業製品だ。高精度の加工を、高い再現性で行う技術を確立する必要がある。その実現には、ガラスという素材に対する深い造詣、そして高度な加工・装置技術が不可欠だ。
オートモーティブカンパニー モビリティ事業本部 車載ガラス事業部 技術統括部 プロセス技術部グループ リーダー 寺井 康浩氏
AGCは「ホットベンディング」と呼ぶ、ガラスを溶ける寸前まで加熱し、その状態で曲げて思い通りの曲面形状を作る技術を車載カバーガラスの製造プロセスに適用している。同社では、大型の曲面カバーガラスを1mm以下の精度で加工可能だ。またカバーガラス表面の光学的性質が不均一だと、ディスプレイと組み合わせた後に色ムラなどが発生し、高画質表示ができない。そこで低反射膜などを曲面ガラス材の表面に均一に成膜する技術も開発し、コーティング後の画質向上を実現している。
2つ目は、高い安全性を確保する技術だ。車載ディスプレイの大型化が進めば、衝突事故などの際、搭乗者を傷つけるリスクも高まる。AGCは世界シェア2位を誇るスマートフォン用のカバーガラス「Dragontrail®」に代表される高強度のガラスを作る技術を有する。これによりディスプレイの使用中に付く傷や、衝撃・落下に対する耐久性を高めることができる。
車載ディスプレイ用カバーガラスには、このDragontrail®をベースにした基材を使用している。車載用はスマートフォン用よりも大きいため厚みを増すとともに加工プロセスの改善などでさらに材料を強化し、自動車で求められる高い安全性を確保している。また、さらなる安全性向上を目指し、継続的に材料やプロセスの改善を行っている。
3つ目は、車内空間での視認性を検証するシミュレーション技術である。「AGCでは、晴天、曇天、雨天、朝焼けなど、様々な環境下におけるディスプレイの視認性の変化を検証するシミュレーションを実施し、視認性を最大限まで高められるガラス材やコーティングを開発しています」と小船氏はいう。
一般に、運転席に座るドライバーの視認性を検証するシミュレーション環境は、カーメーカーでも保有している。しかしガラスに特化したシミュレーションを行うために必要なガラスの透明体を正確に再現するロジックなどを有するのはAGC独自の強みだ。顧客の要望に迅速かつ適切に応えるために、AGCでは独自シミュレーション環境を整備し、活用している。これによりシミュレーション結果を直ちにフィードバックし、効果的かつ効率的な作り込みを支援している。
CASEトレンドに沿って進化する次世代自動車において、ディスプレイはこれまで以上に自動車全体の価値を左右するだろう。
オートモーティブカンパニー モビリティ事業本部 車載ガラス事業部 営業部 営業企画グループ マネージャー 山本 祐介氏
「ダッシュボードの端から端まで大型の高精細ディスプレイが設置され、そこにエンターテインメント・コンテンツなど、様々な情報が常時表示されるようになるでしょう。当然カバーガラスも、情報を確実に伝えるだけでなく感動を伝えられるほどの高い表現力が求められます」と営業部 営業企画グループ マネージャーの山本祐介氏は強調する。一方で、車内空間の雰囲気を重視されるお客様向けに、例えば、ディスプレイに木目調の壁紙のような画像を映し、TPOに合わせて車内の雰囲気を変えるといった手法なども、近年、自動車技術の展示会などで提案されるようになってきた。
また、美しい外観と高い質感を持つ素材であるガラス材は、快適な車内空間の実現において、ディスプレイ以外の内装設備にも広く利用される可能性もある。AGCは今後の内装用ガラスの需要増を見据えながら、新機能を盛り込んだ自動車用ガラスの開発も進めている。既にガラスから音を出す技術や、触覚フィードバック(ハプティクス)を活用したHMIを実現する技術なども開発。さらに、より多様な形状の内装にガラス材を適用し、先進的なデザインを実現するための成形技術も用意している。
AGCがガラスを起点に提案する次世代自動車の姿。 大型の高精細ディスプレイから様々な情報コンテンツを利用でき、未知の体験を創出する
「次世代自動車のインテリアの顔となる車載ディスプレイ向けカバーガラスでは、自動車業界の知見に電子業界などの他業界の知見を融合させた、新たな価値創造が求められることでしょう。AGCは世界に先駆け車載ディスプレイ用カバーガラスを市場投入して以来、蓄積してきた経験と実績に加え、化学品や電子、セラミック事業などで培ってきた技術を生かし自動車業界のさらなる発展に向け、新たな提案を続けイノベーションをリードしていきます」と中務氏は語った。
日経クロステックSpecial 掲載記事
※部署名・肩書は取材当時のものです