AGC Research Report 69(2019)

HUD検査機の開発

Development of HUD inspection machine

安川 実*・定金 駿介**
Minoru Yasukawa, and Shunsuke sadakane

*AGC株式会社 オートモーティブC アジア事業部 プロセス技術部 加工技術センター(minoru.yasukawa@agc.com)
**AGC株式会社 オートモーティブC アジア事業部 新商品開発部 商品開発センター(shunsuke.sadakane@agc.com)

 近年、自動車にヘッドアップディスプレイ(以下HUDと呼ぶ)が搭載されるようになってきた。HUDは自動車のフロントガラスに速度などの情報を表示する装置であり、昨今の技術革新、情報化によってドライバーに提供される情報が増える中、フロントガラス上に情報を表示することでドライバーの視線移動を少なくし、より安全な運転に貢献するヒューマンマシンインターフェース(以下HMIと呼ぶ)の1つとして注目されている。

 HUDはフロントガラスを表示装置の一部として使用するために、フロントガラスにはこれまでなかった性能や機能が要求されるようになった。AGCではこれらの要求に応えるため実際にHUDの映像をフロントガラスに投影し像を評価する検査機を開発した。

 HUD検査機で検査を行う際に、実際に車載されるHUDユニットを用いて検査を行うにはいくつかの問題が発生することが判明したため、それらの問題を解決する方法として、HUDユニットの代わりに液晶ディスプレイを用いて検査する方法を検討し、能力や限界の評価を行った。以上の検討から、製造現場での検査に適したHUD検査機を製作できた。

In recent years, head-up displays( HUDs) have been attached to automobiles and display information, such as the speed, on the car’s windshield. Although the information provided to the driver increases with the recent technological innovation and computerization, the driver's eye movement is limited, by displaying the information on the windshield. Hence, it has attracted attention as one of the human-machine interfaces that contributes to safer driving.

 Since the HUD uses the windshield as part of a display device, the windshield should demonstrate improved performance and functions than before. To that end, we developed an inspection machine that actually projects HUD images onto the windshield and evaluates the presented image.

 In order to overcome the problems that appeared during inspection, while using the HUD unit actually mounted on the vehicle, we examined the potential of replacing the HUD unit with an LCD. Thus, the HUD inspection machine was developed based on the evaluation results of its abilities and limitations.

1. 緒言

 自動車の機能が多様化、高度化するにつれ、自動車とドライバーの間の意思疎通のためのHMIが重要となっている。自動車からドライバーに情報を伝達する手段としてはインストルメントパネルに搭載されたディスプレイが主に使われているが,その情報量の増加とともにドライバーの認知負荷が増えており、安全な運転を阻害しないためには効率的な情報伝達手段が欠かせない。

 HUDはフロントガラスにスピードメーターやナビ、標識情報を表示させるため、ドライバーは運転中の視線に近い位置で情報を取得することが可能となり、安全な運転に寄与する技術として普及が進んでいる。映像が表示されるフロントガラスは、視認性良く情報が表示されるために高い面精度で製造される必要があり、その検査には特殊な装置が使用される。

 本稿では、ドライバーの安全運転に寄与するHUD用フロントガラスに関し、AGCが開発した検査機について解説する。

2. ヘッドアップディスプレイについて

 HUDでは、ダッシュボードの中に格納されたHUDユニットからの映像がフロントガラスに投影されることで表示される。HUDユニットはTFT-LCDに代表される映像光源を平面ミラーで反射し、凹面鏡などで拡大するユニットであり、生成された像がフロントガラスで反射され、ドライバーの目に導くことで視認させる。ドライバーには映像が視点から数m先に浮いた虚像として見えるため、従来のディスプレイと比べて視線移動が少なく、かつ焦点の合わせ直しも軽減される。そのためHUDは運転の安全性に寄与する製品として知られている。

 HUDの採用は年々増加しており、2020年代半ばには新車販売台数の10%を超える割合でHUDが搭載されることが見込まれている。

 HUD用フロントガラスはHUDを成立させるための光学部材として機能するため、HUDの像が歪まないように極めて高い面形状の精度が求められる。また、フロントガラスの車外側と車内側で反射する像がずれて二重に見える二重像と呼ばれる現象を抑えるために、フロントガラスの厚みを車両上下方向にわずかに徐変させて断面を楔形状にしている。この徐変させる度合いを楔角と呼び、面形状同様、極めて精密に制御して製造する必要がある。

 このような光学部材としてのフロントガラスの精度を確認するため、AGCでは実際にHUD像を投影し、その歪と二重像の大きさを評価する検査機を開発した。

3. HUD検査機の開発

3.1. HUD検査の内容

 前述のとおりHUD像の検査には、歪みの検査と二重像の量の検査がある。HUD像はHUDユニットの像をフロントガラスの車内面で反射させ、ドライバーの目に導くことで視認される構造になっている。この構造の問題として、HUDユニットの像がフロントガラスの車内面で屈折し、車外面で反射し、再び車内面で屈折し目に届く像も同時に生じる。これを二重像と呼んでいる。二重像と区別するため本来の像を主像と呼んでいる。二重像は視認性に悪影響があるため、フロントガラスの車内面と車外面の角度を調整し、二重像と主像と重ねることで目立たなくする手法がとられている。Fig. 1に検査で使用する実際のHUD像の写真を示す。白く明るい線が主像で、灰色の線が二重像である。Fig. 2にHUD像の主像と二重像の原理を説明する図を示す。青色の線が主像の光線で赤の線が二重像の光線になる。

Fig. 1 Inspection display image.
Fig. 2 Principle of ghost image generation by HUD unit.

 ここで、歪みの検査はフロントガラスの車内面の面形状の歪みによる主像の歪み量を評価する検査で、二重像の検査はフロントガラスの車内、車外面の角度、面形状、厚さによる二重像と主像の距離を評価する検査である。Table 1に検査項目(歪み(Distortion)と二重像(Ghost))と不良原因の対応を示す。

Table 1 Defect Factor.

3.2. HUDユニットとLCD光源

 ところで、HUDユニットを検査装置に用いるには様々な問題がある。まずHUDユニットは車種ごとに異なっているため、これを装置用に入手する必要がある。しかし、新車の場合、フロントガラスの開発と同時にHUDユニットの開発も行われるため、フロントガラスの開発段階ではHUDユニットがほぼ入手が出来ない。次にHUDユニットも工業製品のため個々のバラつきがあり検査結果がHUDユニットの個体差の影響を受けてしまう。また、HUDユニットは検査機用に作られていないため、検査に要求される精度を満たしていないことがある。さらにHUDユニットにはドライバーの座高などに合わせて凹面鏡を調整する機構が付いているが、検査の際にこれをコントロールする必要がある。このコントロールはHUDユニットメーカーごとに異なっていたり、機密性の高い内容を含んだりする場合がある。精度や制御の問題はHUDユニットメーカーへ依頼することで対応してもらうことができるが、開発段階で入手できない問題は解決できない。一方、検査用にHUDユニットをAGCで独自に製作することも可能ではあったが、非球面の精密な凹面鏡を作る必要があり、それには多くのコストがかかるため装置の運用を考えると困難であった。

 そこでHUDユニットの代わりに液晶ディスプレイ(以下LCD)にパターンを表示して検査を行う手法を検討した。LCDにすることでHUDユニットの入手性や個々のバラつき、制御の問題が解決できる。LCDを用いた検査では、光学シミュレーションを行いLCDに表示する像を、HUDユニットを使用した時と同じHUD像になるようにすることで、像の歪みを再現した。二重像距離は一致しないが、シミュレーションによりずれ量を算出することである程度補正することができる。Fig. 3にLCDの配置を示す。

Fig. 3 Layout of LCD.

3.3. HUDユニットとLCDの互換性評価

 実際にフロントガラスを検査した場合を想定し、光学シミュレーション上でフロントガラスを生産した際の形状のバラつきを再現し、HUDユニットによる像とLCDによる像との差を求めた。HUDユニットとLCDとの差が大きくなるのは、フロントガラスの傾斜角度が変化した場合と、縦の曲率が変化した時であった。その時、像の歪みの差は無視できる程度だったのに対し、二重像の距離の差は不良とされるレベルの1割程度と大きな値となった(Table 2)。

Table 2 Difference between HUD unit and LCD.

 HUDユニットとLCDの長所と短所をTable 3に示す。HUDユニット、LCDどちらも一長一短であり、LCDの二重像の程度がHUDユニットと一致しない点から、製品の品質保証に用いるには不十分であると判断した。そのためHUDユニットの入手が困難な開発段階ではLCDを用いて検査を行い、HUDユニットが入手できフロントガラスを量産する際の品質保証にはHUDユニットを用いて検査を行う2段階の方法で、検査装置を運用する方針とした。

Table 3 Merit & Demerit of HUD Unit and LCD.

3.4. HUD検査機の構成

 HUD検査はフロントガラスの形状の影響を受けやすいため、実車に搭載される際と同等の姿勢と支持方法でフロントガラスを設置して行う。そうしないとフロントガラスが自重で撓んでしまい正しい測定が出来ない。

 またHUD像を測定するドライバーの視点位置(以下アイポイントと呼ぶ)は、自動車メーカーや車種によって異なる。日本向けの自動車では運転席が右側になるが、海外向けでは左側になる、HUD像を表示する場所もアイポイントの正面とは限らず左右にずれる場合がある。さらにHUD像の表示される距離も車種によって異なり、例えば今後展開が見込まれるARHUDは前走車や路面上に情報を重ねて表示するHUDであるため、複数の距離にHUD像を表示する。そのため、HUD像を撮影し検査を行うためのカメラは、上下左右前後の動きと上下左右の首ふりの動きに加え、フォーカスの距離が自動で動く機構が必要になる。前述のLCDの表示位置も機種やアイポイントにより変化するため、上下左右前後に動く機構が必要となる。Fig. 4に機構の移動方向を示す。

Fig.4 Mechanism of HUD inspection machine.

3.5. 汎用HUD検査装置の製作

 上記結果を踏まえ、HUDユニット、LCDの両方で検査を行うことのできるHUD検査機を、生産ラインへ展開できる装置として製作した。Fig. 5に装置の写真を示す。HUDの検査用の表示像はHUDユニットメーカーによって異なるため、AGCで汎用に使用する像(Fig. 6)と併せていくつかのHUDユニットメーカーの像を使用した。

Fig. 5 HUD inspection machine in AGC Aich plant.
Fig. 6 Inspection image designed by AGC.

4. SAE規格(J1757-2)との関係

 2018年11月米国SAE(Society of Automotive Engineers)にてHUD計測方法の規格SAE J1757-2“自動車用HUD光学システム規格”が発行された。インストルメントパネル内のメータなどの視認性計測のための規格SAE J1757-1 “車両用表示の標準計測”と同グループに属しており、主に測定時のドライバーの視点位置や環境、測定対象として表示像の明るさや色、コントラスト、解像度、像の歪み、回転,二重像の距離などを規定している。同様にISOの規格化も進められている。このSAE規格はHUD全体に係るもので、この中で表示像の明るさ、色、コントラストなどはHUDユニットに関係しHUDユニットメーカー側で考慮すべき項目である。像の歪み、回転、二重像がフロントガラスに関係し我々が考慮する項目になる。

 この規格で像の歪み、回転、二重像の検出に使用する表示像や検出内容、方法はAGCで製作したHUD検査機での検査項目と同一であった。そのためSAE規格での検査結果を求められた場合でも、本検査機で対応可能である。

5. 総括

 近年増えつつあるHUD用のフロントガラスの品質を評価するために、フロントガラスの表示品質を検査する技術を開発し評価検討を行った。検査機を運用するに当たり、HUDユニットを用いた検査では、フロントガラスの開発段階で問題があることが判明したため、LCDで代替する方法を考案し、その実力を評価した。その結果を踏まえ、運用方法を決め、HUD検査機を製作した。

参考文献

  1. AndTech:自動車を中心としたヘッドアップディスプレイの最新技術・市場動向と高機能化・将来展望(2014)
  2. SAE International SURFACE VEHICLE STANDARD J1757-2 (2018).