AGC Research Report 71(2021)

多価イオン検出高分解能マススペクトルを用いたKendrick mass defect (KMD) プロットによる高分子量ポリオールの末端構造解析

End-group characterization of high molecular weight polyols combining high resolution mass spectra by detection of multiple charge ion and Kendrick mass defect (KMD) plot

石塚圭*・Thierry N. J. Fouquet**・佐藤浩昭**・柿内俊文*
Kei Ishitsuka, Thierry N. J. Fouquet, Hiroaki Sato, and Toshifumi Kakiuchi

*AGC株式会社 先端基盤研究所 (kei.ishitsuka@agc.com)
**産業技術総合研究所 機能化学研究部門 (thierry.fouquet@aist.go.jp)

 分子量5,000を超える高分子量ポリオール (PPO) の末端構造を決定するために、Electrospray ionization (ESI) 法による多価イオン生成と、Orbitrap質量分析計により取得した高質量分解能マススペクトルを用いて、Kendrick mass defect (KMD)プロットによる末端構造解析フローを確立した。検出する多価イオンをアンモニウムイオン付加分子のみに制御するために、ギ酸アンモニウムを添加した移動相条件を選択し、KMDプロット解析における煩雑さを抑えることに成功した。取得した多価イオンマススペクトルを、Regular KMDプロット、Charge dependent KMDプロット、Resolution enhanced KMDプロット、Kendrick mass remainder (KMR)プロットといった、複数のKMDプロットを組み合わせて解析フローを検討することで、各PPO混合物の末端構造決定を行った。

 We have established the process for characterization of high molecular weight polyols (PPO: Mn is over 5,000) utilizing Kendrick mass defect (KMD) combined multiple charging by electrospray ionization (ESI) and high-resolution mass spectra by Orbitrap mass spectrometer. The eluent condition with ammonium formate was selected in order to control the multiple charged ions to be detected only ammonium ion adducts. As a result, we succeeded in simplifying the KMD process. Each PPO was characterized by combining the multiple charged mass spectra with various KMD process such as Regular KMD plot, Charge dependent KMD plot, Resolution enhanced KMD plot, Kendrick mass remainder (KMR) plot.

1. 緒言

 ポリエーテルポリオール(以下、ポリオールと記述する)は界面活性剤やポリウレタンの原料など、工業製品に広く用いられている[1]。代表的なポリオールとしては、エチレンオキシド(EO)やプロピレンオキシド(PO)が開環重合することにより得られる、ポリエチレンオキシド(PEO)やポリプロピレンオキシド(PPO)、その共重合体などが挙げられ、AGC株式会社においてもいくつかの製品原料として用いられている。代表的な例として、高耐久性変成シリコーンであるエクセスターの原料として、PPOが用いられている。エクセスターは、主に住宅向け接着剤用途とシーラント用途として展開されており、PPOの分子量分布や開始骨格などの末端構造をコントロールすることにより、求められる樹脂の特性を発現させている。一般に、樹脂の分子量分布測定にはサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)が汎用されるが[2]、末端構造など分子構造情報を取得することができない。材料高分子の末端構造解析にはNMRや質量分析(MS)を用いることが多く[3]、特にPEOやPPOはそのイオン化効率の高さから、マトリックス支援脱離イオン化法(MALDI)やエレクトロスプレーイオン化法(ESI)質量分析と組み合わせた分析法が好適とされる[4]

 MALDI/MSは広い分子量範囲の試料をソフトにイオン化・検出することができ、おもに1価イオンの分子量情報を持ったマススペクトルとして検出される[5]。近年、高分解能タイプのMALDI spiral-飛行時間型質量分析装置(TOFMS)の開発により、試料の精密質量情報を取得することが可能となった[3]。特に、ポリオールに代表される繰り返し単位を有する骨格の試料において、取得されたマススペクトルから繰り返し単位と付加イオンの質量を減算することにより、末端構造の精密質量情報を取得することができる。一方で、MALDI/MSは試料の分離機構(クロマトグラフィー)を有しないため、多成分系や異なる繰り返し単位を有する混合試料の場合、マススペクトルから詳細な構造解析が困難なケースがある。そのような混合系試料において、MALDI spiral-TOFMSによる精密質量測定とKendrick mass defect(KMD)プロット法を組み合わせた、ポリオールの詳細構造解析が事例として報告されている[6,7]

 KMDプロット法は、精密質量に基づいて構成成分の元素分布を解析する手法であり、飽和炭化水素からの精密質量のずれ(mass defect)により有機化合物の元素組成解析のために考案された[8,9]。本手法では、CH2単位の精密質量(R = 14.01565)をKendrick質量(KM)と定義して、観測質量(m/z)をKMに変換する。

 試料化合物に基準単位(CH2)と異なる組成が含まれていた場合、その化合物のKMは、整数値からのずれが生じる。このずれの値がKMDと定義される。

 KMD値を縦軸に、観測質量(m/z)を横軸にした二次元プロット図を作成することにより、試料中に含まれる様々な化合物の化学組成の分布を散布図として表現できる。さらに、KMの整数値を基準単位Rの整数質量(round(R))で割った剰余は、Kendrick mass remainder(KMR)と定義される[6]

 KMR値を横軸に、KMD値を縦軸に取ると、基準単位が等しい試料において、末端構造毎にKMRプロット上の一つのプロットに集約できる。近年、KMの基準単位としてCH2ではなく対象となる試料の繰り返し単位を基準としても同等の結果が取得されることが、佐藤により提唱された[6]。それにより、ポリオールに代表される繰り返し単位を有する高分子の末端解析に広く展開されることになった。本報では、PPOの繰り返し単位である精密質量(R=58.0419)を基準単位として定義し、KMD並びにKMRプロット法を活用する。

 MALDI spiral-TOFMSによりポリオールの末端構造決定を行う場合、質量分解能の制限やマスディスクリミネーションによる影響から、分子量3,000以下に限られるという課題がある。エクセスターやポリウレタンなどの原料には、分子量5,000以上のPPOが汎用されており、MALDI spiral-TOFMSとKMDプロット法を組み合わせた分析手法によって高分子量成分の構造決定まで行うのは困難となる。一方、ESI法はMALDI法と同じく、ソフトなイオン化法であり、分子イオン関連のマススペクトルが取得される。また、ESI法では多価イオンの形成を促進することが知られている[10]。多価イオンは、ポリマー分子量が電荷で除算されるため、価数(z)が高い方が質量電荷比(m/z)が低くなる。従って、理論上は高分子量ポリオール試料であっても、zの高い多価イオンは低分子領域に検出されることになる。分解能の低いESI法マススペクトルの場合、複数の多価イオンや同位体の情報が分離されないため、化学構造解析にスペクトルを読み解いて使用することが困難である。そこで、高い質量分解能(最大10万程度)と質量精度を持つ、フーリエ変換型MSのOrbitrapを組み合わせた系での分析が有効となる[11]。しかし、分子量5,000を超える高分子量混合試料の場合、ESI/Orbitrap-MSでも複数の多価イオンが検出される。特に3価以上の多価イオンマススペクトルは、価数の重なりにより複雑になる。

 本報においては、Orbitrap-MSを用いた液体クロマトグラフィー(LC)/MS法により検出した多価イオンマススペクトルに対し、Regular-KMDプロット、Charge dependent-KMDプロット、Resolution enhanced KMDプロット、Kendrick mass remainder(KMR)プロットを組み合わせた解析フローを確立し[12]、高分子量PPO混合試料の末端構造解析を行う。

2. 実験方法

2.1. 試料

 以下のAGC製高分子量PPOを用いた。

  • 水開始PPO(Mn=5,500)
    末端構造の組成式:HO, H
  • ブタノール開始PPO(Mn=5,000)
    末端構造の組成式:C4H9O, H
  • グリセロール開始PPO(Mn=5,000)
    末端構造の組成式:C3H7O3, H

 なお、多価イオンマススペクトルによる末端構造解析手法の検討には、上記3試料の混合マススペクトルを用いて検討した。以降、このスペクトルを「混合試料のマススペクトル」と称する。また、混合試料のデータにおける各開始骨格成分を、ここではシリーズと称する。

2.2. 装置

 液体クロマトグラフとしてThermo Fisher Scientific 社製UltiMate 3000を、質量分析計としてThermo Fisher Scientific社製Q Exactiveを使用した。KMDプロット解析には、Fouquet が構築したマクロ有効エクセルソフト”Kendo ver. 2.0”を用いて行った。

2.3. 分析条件の検討

 高分子量PPOの末端構造解析手法開発にあたり、グリセロール開始PPO((C3H7O3, H)-PPO, Mn=5,000)を測定試料として付加イオンを制御する移動相条件の検討を行った。はじめに、溶離液、溶解液共に、10 mMギ酸水溶液/メタノール/2-プロパノール=30/35/35 vol%を用いて試料を測定した。取得したESI法マススペクトルをFig. 1Aに示す。複数の多価イオンと、強度の高い1価イオンが検出された。このマススペクトルを、2価のCharge dependent - Resolution enhanced KMDプロット(3.3.に詳細を記述)にデータ変換したところ、[M+2H]2+や[M+2NH4]2+など、複数種の付加イオン体が検出されることを確認した(Fig. 1B)。混合試料や価数の大きい多価イオンのKMDプロット解析を行うにあたり、複数種の付加イオン体が検出されることで、試料の末端構造決定が困難となる。そこで、アンモニウム付加体のイオンを選択的に生成させるため、ギ酸水溶液を10 mMギ酸アンモニウム水溶液に変更した。ギ酸アンモニウム水溶液に変更後のESI法マススペクトルをFig. 1Cに、2価のCharge dependent - Resolution enhanced KMDプロットにデータ変換した結果をFig. 1D示す。ギ酸アンモニウム水溶液に変更することで、アンモニウム付加体のグリセロール開始PPOイオンのみ検出されることを確認した。従って、溶離液、溶解液条件は付加イオンをアンモニウムイオンのみに制御することが可能な、10 mMギ酸アンモニウム水溶液/メタノール(MeOH)/2-プロパノール(IPA)=30/35/35 vol%とした。

 分離カラムにはShodex社製Asahipak GF-310 HQ(5 µm、7.5 mm × 300 mm)を用いてサイズ排除モードで試料溶液を通液した。試料濃度は先述した溶解液で0.1 w/v%に調整し、注入量3 µl、流速0.5 ml/minで測定した。オーブン温度は40 ℃に設定した。検出器として質量分析計を使用した。アンモニウムイオン付加分子を検出するため、イオン化法はESI(+)を用いた。設定質量分解能は70,000、取り込み質量範囲はm/z 300~3,000に設定した。

(A)Mass spectra, formic acid
(B)KMD plot, formic acid
(C)Mass spectra, ammonium formate
(D)KMD plot, ammonium formateFig. 1 ESI mass spectra and KMD plots of (C3H7O3, H)-PPO infused with A, B, formic acid and C, D, ammonium formate.

3. 実験結果及び末端構造解析フローの検討

3.1. 多価イオンプロット群の同位体分裂

 混合試料のマススペクトルをFig. 2Aに、式(1)、(2)の計算処理に沿って取得されたKMDプロット(Regular KMDプロット)をFig. 2Bに示す。Fig. 2Aにおいて、m/z=2,000~2,850に2価イオンが、m/z=2,000以下に3価以上の複数種の多価イオンマススペクトルが検出された。また、3価以上の多価イオンは、他の価数イオンのマススペクトルと重なるため、マススペクトルをそのまま読み解いてシリーズを分離することは困難である。Fig. 2Bにおいて、2価イオンに対応するm/zの範囲には、2つのプロット群が、3価では3つのプロット群が確認された。4価以上のm/z範囲においても、価数に応じてプロット群が分布している。このような、価数に応じたプロット群の分布に関して、現象理解のための例を以下に示す。

 アンモニウムイオン付加ブタノール開始PPO((C4H9O, H)-PPO)分子(繰り返し単位の精密質量R= PO(58.0419)、繰り返し単位数n=80、モノアイソトピック質量:4735.46)の1価~4価、12C、13C113C8m/z値と、これら多価イオンに対応するKMD(R=PO)値をTable 1に示す。それぞれの価数における同位体イオンのm/z値とKMD(PO)値の色は対応している。1価イオンでは、電荷状態z=1であるため、観測値m/z=試料の質量Mとなる。2価以上の多価イオンのm/z値は価数に応じて質量mが除算されるため、価数が大きくなるにつれてm/zの値も小さくなる。また、同位体イオンのm/z間隔も1/zとなり小さくなる。各価数のKMD(PO)に注目すると、価数に応じて同位体イオンのKMD値が-0.5~0.5の範囲で分裂していることが確認された。これは、同位体間隔が1/zであることに起因する。従って、価数に応じた数だけプロット群が分布される現象は、同位体ピークの分裂と説明された。なお、分裂した各プロット群には、それぞれ3種のPPOシリーズが含まれているため、Regular KMDプロットに変換しただけではシリーズ分離はされない。

 ここでは、より複雑な多価イオンマススペクトルでも各シリーズの末端構造解析が可能であることを示すため、他の価数イオンマススペクトルの重なりが顕著にみられる4価イオンを用いて、KMDプロット解析手法の開発を行う。Fig. 2Bの4価イオンに注目すると、4つの同位体プロット群に分裂しており、他の価数イオンとの重なりが生じていない同位体プロット群が2つ確認された。マススペクトル上では他の価数イオンと分離が困難であったが、Regular KMDプロット上で同位体プロット群が分裂することを利用し、他の価数と重ならないプロット群を選択して解析を進めることで4価イオンのみの末端構造解析を進めることが可能となる。

(A)Mass spectra
(B)Regular KMD plotFig. 2 A, ESI mass spectra and B, Regular KMD plot of the samples.
Table 1 m/z and Regular KMD lists of (C4H9O, H)-PPO (Repeat units n = 80, ammonium formate adduct)

3.2. シリーズ分離

 Fig. 2Bから、他の同位体プロットと重ならない4価イオン同位体ブロット群2つ(13C4n+1と13C4n+3(n=0,1,2…))のみを抽出し、KMDプロット解析を進めた。4価イオンの2同位体プロット群を抽出したRegular KMDプロットをFig. 3Aに示す。このままシリーズ分離の計算処理を行うと、同位体による分裂とシリーズ分離の判別が困難になるため、分裂した同位体プロット群を価数に応じて1つに集約する以下の計算処理を行った。

 上記計算処理により取得されたKMDプロットを、Charge dependent-KMDプロットと定義する[7]。抽出した任意の価数イオンの各m/zに関して、KMに価数と同じ係数(Z)を乗算する。そのKMを用いてKMDを導くことで、Charge dependent-KMDを求めることができる。ここでは、4価イオンのCharge dependent-KMDを求めるため、Z=4を係数としたKMD(PO,4)を求めた。抽出した2同位体プロット群のCharge dependent-KMDプロット(PO,4)をFig. 3Bに示す。同位体プロット群は集約され、1つのプロット群として表示された。ここでも現象理解のため、1例としてブタノール開始の4価のアンモニウムイオン付加体PPOイオン(n=80、モノアイソトピック質量:1197.39)のKMD(PO,1)と、KMD(PO,4)をTable 2に示す。Regular KMDでは4値に分かれていたKMDは、Charge dependent-KMDで集約されることが確認された。

 Fig. 3Bでは4価イオンの混合試料がシリーズに関わらず集約されているため、ここから末端構造情報を抽出することは困難である。そこで、同位体プロットを集約したままシリーズを分離する手法である、Charge dependent - Resolution enhanced KMDプロット法を導入した。Resolution enhanced KMDは、基準単位として設定している値Rを、任意の整数値(Divisor=X)で除算して取得されるKMにより導き出され、各シリーズのプロット分離能を向上させるために用いられる。

 Resolution enhanced KMDによる各シリーズのプロット分離能向上の現象理解のため、Table 3に例を示す。本試料と同様の開始骨格を持つ3種のPPO(n=10、付加イオン無、1価イオン)に関して、モノアイソトピック質量をRegular KMD、Resolution enhanced KMDにデータ処理した。KMD(PO,1,1)では、各シリーズがほぼKMD=0にプロットされるのに対し、KMD(PO,1,115)では、各シリーズの分離能が向上していることが確認される。これは、各シリーズのKMD値がDivisorの増減に伴って固有の数ずつ変化しながら、-0.5~0.5の範囲をループするためである[12]。シリーズを分離するのに適したDivisor=Xの値は、解析する各シリーズの精密質量に基づいて決定されるため、多くのケースではソフト上で様々なXを入力して、プロット分離能を確かめることになる。

 この計算処理を、Charge dependent-KMDと複合的に用いることで、多価イオンにおけるシリーズ分離能を向上させた、Charge dependent- Resolution enhanced KMDを取得することが可能となる。Fig. 3Bで取得されている4価イオンのプロット群に対して、ここでは任意のDivisorを X=115と設定して取得されたCharge dependent- Resolution enhanced KMDプロット(PO,4,115)をFig. 3Cに示す。Fig. 3Cにおいて、末端構造に違いに応じて3つのシリーズに分離したことを確認した。

(A)Filtered regular KMD plot
(B)Filtered Charge dependent KMD plot
(C)Filtered Charge dependent - Resolution enhanced KMD plotFig. 3 Filtered KMD plot process of the ion series at charge state 4+. A, Regular KMD plot and B, Charge dependent KMD plot C, Charge dependent - Resolution en-hanced KMD plot.
Table 2 m/z and Regular KMD, Charge dependent-KMD lists of(C4H9O, H)-PPO(Repeat units n = 80, ammonium formate adduct, charge state 4+)
Table 3 m/z and Regular KMD, Charge dependent - Resolution enhanced KMD of each end-group (Repeat units n = 10, no adduct ion, charge state 1+)

3.2. 末端組成計算値との照合解析

 KMDプロット法による末端構造決定には、KMRプロットを用いて各末端構造を集約し、計算値と照合解析することが効果的である。KMRは先述の式(3)で定義されるが、解析したい多価イオンの電荷状態を乗算した計算処理を行わなければ、KMD値が分裂し、KMRプロット上では集約されない。また、前節でシリーズ分離を行ったCharge dependent- Resolution enhanced KMD の各係数を反映させることで、KMRプロットにおいて各シリーズの末端構造を集約することが可能となる。以下に、KMR(R,Z,X)の計算処理を示す。

 KMRプロットは縦軸がKMDであるため、前節までの価数と同じ係数Z、Divisor Xを用いることで、KMRプロット上でも同位体分裂を起こさず、シリーズを分離し、末端構造に基づく情報のみ抽出することができる。ここでは、Regular KMDプロットにおいて抽出した4価イオンに対して、Z=4、X=115を設定し、KMR(PO,115,4)を導き出し、各候補末端構造の計算プロットと照合した。Fig. 4にそのKMRプロット(PO,4,115)を示す。 各シリーズのKMRプロットと計算プロットは合致している。従って、本解析法により分子量5,500程度のポリオール混合試料において、4価イオンを用いて各シリーズの末端構造を決定することが可能であると示された。

Fig. 4 KMR plot (PO,4,115) of the samples.

 ただし、本解析法ではRegular KMDプロットにおいて、同位体プロット群の分裂を利用して2/4の同位体マススペクトルのみKMDプロット解析を行ったため、KMRプロットにおける同位体情報も1/2となっている点に留意する必要がある。

4. 総括

 ESI法による多価イオン生成とOrbitrap質量分析計による高質量分解能なマススペクトルを用いて、高分子量PPO混合試料のKMDプロット法による末端構造解析フローを確立した。検出する多価イオンをアンモニウムイオン付加分子のみに制御するため、溶離液・溶解液としてギ酸アンモニウム水溶液を用いた。取得したPPO混合試料(Mn~5,500)のマススペクトルを、様々なKMD解析を組み合わせることで、各シリーズの末端構造決定を行った。以下に、確立した多価イオンの末端構造解析の流れを示す。

  • Regular KMDプロットに変換し、分裂した同位体プロット群のうち他の価数イオンと重なっていないプロット群を抽出する。
  • 抽出した成分を、Charge dependent KMDプロット法により同位体分裂を抑制し、さらにResolution enhanced KMDプロット法により各シリーズを分離する。
  • 抽出した成分を②で設定した電荷係数Z、Dixisor Xを用いたKMR(R,X,Z)プロットへとデータ処理する。ここで、候補組成計算値のKMRプロットと照合することにより、各シリーズの末端構造を決定 する。

 本解析フローはエクセスターなどの高分子量PPOのみならず、ESI法でイオン化される高分子量ホモポリマー混合試料の末端構造解析への活用も期待できる。

参考文献

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