AGC Research Report 74(2024)
自動車パノラマルーフ向けLow-Eコートガラスの開発
Development of Low-E coating glass for automotive panorama roof
小野貴裕*・木村幸雄*・川本泰**
Takahiro Ono, Yukio Kimura, and Yasushi Kawamoto
*AGC株式会社 オートモーティブC 技術統括室 開発センター ファンクションアジアG(takahiro.to.ono@agc.com, yukio.kimura@agc.com)
**AGC株式会社 材料融合研究所(yasushi.kawamoto@agc.com)
AGCの自動車用パノラマルーフ向けLow-EコートガラスがBEV専用モデル高級車に採用された。高い遮熱・断熱性能を持つLow-Eコートガラスの使用により、パノラマルーフの開放的な車内環境と快適な車内温度を両立させるとともに、サンシェードを廃止することによる車体の軽量化にも貢献している。従来のパノラマルーフは、光を取り込み開放的な車内空間を実現する一方、日射熱や外気の影響を受けやすいことから、車内を快適に保つためにサンシェードを必要とし、暑さ・寒さの問題から開放感を満喫できない課題があった(1)。今般開発した車載用特殊Low-Eコート技術は、高い品質と先進性を追求する高級ブランド車に要求される信頼性評価をクリアし、今までにない遮熱・断熱性能を実現することで、課題だった夏の暑さ・冬の寒さを大きく抑制することができた。またシェードレス設定を可能にすることにより、車体の軽量化やヘッドクリアランス(乗員が座席に座った際の頭頂部から天井までの距離)の確保にも寄与している。さらには、瞬時に透過光を制御し車内の光環境を調整可能な調光タイプとの組合せも用意しており、快適さと同時に新しい楽しさ、体験価値を提供している。
AGC’s low ‐ emissivity (Low-E) coated glass for automotive panoramic roofs has been adopted in exclusive luxury battery electric vehicles. The use of Low-E coated glasses, which have high heat shielding and thermal insulation performance, affords an open panoramic cabin roof with comfortable interior temperature, and it contributes to reducing the weight of a vehicle by eliminating sunshades. While conventional panoramic roofs capture light and achieve an open interior space, they are susceptible to solar heat and outside air. Thus, they require sunshades to keep the cabin comfortable, and owing to the problem of heat and cold, the sense of openness cannot be fully enjoyed. The recently developed special Low-E coating technology for automobiles has cleared reliability evaluations required for luxury brand vehicles that pursue high quality and advancement. Further, by achieving unprecedented heat shielding/insulation performance, summer heat and winter cold were significantly suppressed. Additionally, enabling shadeless settings contributes to reducing the weight of the vehicle body and securing head clearance (distance from the top of the head to the ceiling when the occupants sit in the seat). Furthermore, a combination with a dimming type, which can instantaneously control transmitted light and adjust the light environment inside the vehicle, is prepared, providing fun and experience value, as well as comfort.
1. 緒言
自動車のルーフガラスは以前からオプション装備として設定されてきた(2)が、これまでは比較的面積の小さい開閉式のタイプが主流であった。しかし最近の世界的なトレンドとしてFig. 1に示すような面積が大きいパノラマルーフと呼ばれるタイプのガラスの採用、装着率が高まってきている。ルーフをガラス化することで得られるメリットは車内に開放感をもたらすことであり、ガラスの面積が大きければ大きいほどその効果も大きくなる。この開放感が大きな価値として認知されてきていることが採用拡大の要因となっている。一方、パノラマルーフは光を取り込むことで開放的な車内空間を実現するが、通常のルーフに比べて日差しや外気の影響を受けやすいという側面もある。シェードを閉じることで直射日光が入射することは避けられるが、車内に熱がこもりやすくなり快適性を維持するためにエアコンに頼る必要性が有る。また、大型のシェードを備えることによる重量の増加といった新たな課題も生じる。世界各国が地球温暖化の防止に取り組む中で、CO2を排出せずエネルギー効率の良い電気自動車(BEV)へのシフトが進んでいる(3)が、このBEVにおいては大型シェードを装備することよる重量の増加は航続距離に影響し、またバッテリーを床下に配置することからヘッドクリアランスの確保といった課題もある(1)。

本稿ではパノラマルーフガラスの普及とBEVへのシフト、それらによって生じる諸課題を解決するため開発した自動車用Low-Eコートガラスについて解説する。
2. 自動車用Low-Eコートガラスについて
2.1. Low-E
Low-EとはLow-Emissivity、すなわち低放射のことである。熱の移動は、「放射」「伝導」「対流」の3つの形態で起こる。このうち放射とは、熱を伝える物質の有無に関係なく電磁波により熱が移動する現象であり、伝導は熱が1つの物体中を順次移動する現象である。また対流は、熱せられた気体や液体の移動で流れが生じ、熱を運ぶ現象である。このうち、自動車内に日射熱や外気からの熱量流出をもたらすのは大部分が放射によるものであり、Low-Eはガラス表面の放射率をより低くすることで車内への放射熱の伝達を軽減できる。
2.2. 自動車用Low-Eコート
Low-Eコートは建築向けに採用されている(4)が、建築用途においては2枚のガラスをペアにして、そのガラスの間にアルゴンなどの気体を封入する層を設け、片側のガラスの気体封入層側に可視光吸収の少ない銀を主体としたLow-Eコーティングを施している。
一方、自動車用途においてペアガラスは前述のヘッドクリアランスの問題や重量の問題で採用できないため、1枚のガラスの車内面にLow-Eコーティングを施す必要がある。つまり、建築用途のLow-Eコートと異なり自動車用途のLow-Eコートは、ガラス表面にコーティングすることになるので、機械耐久性や薬品耐性、対候性が必須要件となる。さらに、建築用途のLow-Eコートで用いていた銀は腐食しやすい材料であるため、これらの要件を満たすことができず、自動車用途のLow-Eコートの材料としては適さない。また、自動車用ガラスは車体に沿った加工が必要であり、加工の際にはガラスに600℃を超える温度を加える生産プロセスを経る必要がある。そこで、工法としてスパッタリングを用いて腐食しにくいITOを主体とし、外部からの腐食や物理的なダメージを防ぐ耐久性のあるトップコートと、ガラス面からのアルカリ析出などを防ぐバリア層、色味調整層を設けたITO Low-Eコートを開発した。
2.3. 自動車用Low-Eコートの設計
Low-Eコートの膜設計としては上記の生産プロセスに適応させる必要があり、そのプロセスを経た後にコート膜によるLow-E特性を付与させる必要がある。そのため、機能層であるITO材料は成形プロセス過程の過熱後にLow-E性能が発揮されるよう設計され、予め低酸素状態での膜質制御で成膜している。外観の意匠性に関しては、低反射率特性と可視光反射色の調整層としてITO層の上層と下層にシリカ等の低屈折率層を使用している。青色の反射色を実現するために屈折率や吸収率等の材料特有の膜質とその材料の組み合わせに加えて、各層の膜厚を特性が得られるように設計し、その通りに制御することで低放射率と低反射率の特性を実現している。また、自動車ガラスとしては搭乗者が斜めの角度から見る状況を想定し、低入射角度(45°程度)でも同様の青色系の反射性能を損なわないように多層膜の角度依存性を考慮した膜厚となるように設計した。
一方、耐久性を向上させるため耐熱性の高い無機材料を使用しており、ガラス基板からのアルカリ成分がLow-Eコート膜に拡散し、機能層の劣化防ぐためアルカリバリア層(チタニアを主成分)を使用している。Low-E特性を発揮させるため車内側の最表面にLow-Eコート膜を設置する必要があり、コート付きガラスとして機械的耐久性や薬品耐久性を向上させる必要がある。そのため、最表層には比較的重い材料を添加したシリカ層を採用している。生産プロセス時の耐久性に関しては、膜中への不純物の混入を防ぎ、コート膜のクラックの発生を抑え生産性を向上させるために、成膜時において真空度の低圧条件を採用している。また、成膜時の特性バラツキや膜厚分布の影響を低減するため各層の膜厚を調整し、各層の膜厚が多少変わったとしても安定した光学特性が得られるように膜設計を行った。
2.4. パノラマルーフ向けLow-Eコートガラスの構成
自動車用パノラマルーフ向けLow-Eコートガラスは、Low-E性能による断熱(ガラスが吸収した熱による車内側への再放射を大幅に低減する)に加えて、車内に流入する太陽エネルギーを極力減らす遮熱性能も重要となる。Fig.2は、ノーマルルーフガラスとLow-Eコート付きルーフガラスの、熱透過、熱反射及び吸収再放射の違いを示す模式的説明図である。ノーマルルーフガラス(RF)においても、総日射透過率(Tts)*1を低減させるため、ダークグレーガラスを用いて合わせガラス構成のRFとしているが、Ttsは約40%である。一方、Low-Eコート付きRFでは、Low-Eコートガラスの素板となる車内面ガラス及び車外面ガラスにダークグレーのガラスを用いて、この2つのガラスをダークグレーPVB(熱線吸収PVBを用いた中間膜)で貼り付ける合わせガラス構成としている。この構成により、Ttsを約20%まで低減できる。
*1 日射熱取得率(Tts): ISO 9050:2003に規定されるガラスの断熱性の指標。日射エネルギーの透過率のことであり、この数値が低いことはガラスの断熱性が高いことを意味する。

2.5. パノラマルーフ向けLow-Eコートガラスの商品性能
パノラマルーフ向けLow-Eコートの商品性能として、夏季炎天下の屋外実車試験を実施した。比較対象はノーマルガラスにシェードを取り付けたノーマルRF仕様であり、試験車はLow-EコートRF仕様である。実験の様子をFig. 3に示す。

比較として、周囲からの熱輻射による影響を観測するために、車内に設置したグローブ球(仮想黒体の球)を用いた。まず、ノーマルRFのシェードを開けた状態との比較を実施した。計測時の条件は冷房25℃設定で10:01計測開始→13:55冷房開始→14:56冷房停止である。結果はFig. 4に示す通り、計測開始から10分程度でノーマルRFとLow-E コートRFでは10℃以上の差が確認された。冷房をつけるとLow-E コートRFでは設定温度25℃に対し、10分程度で30℃以下になるが、ノーマルRFでは30℃以下になるのに30分程度時間が掛かっている。

次に、ノーマルRFのシェードを閉じた状態での比較を実施した。計測時の条件は冷房25℃設定で08:27計測開始→13:36冷房開始→14:43冷房停止である。結果をFig. 5に示す。結果としてはシェード閉状態のノーマルRFとLow-E コートRFが同程度であることが分かり、このことからLow-Eコートを用いることでシェードが撤廃可能であることが確認できた。

また、AGCのLow-Eコートと他社品を比較してFig. 6に示した。AGCのLow-Eコートは放射率及び車内面反射率(Rv)が低いという特徴がある。放射率が低いと日射や外気温による車内温度上昇が抑えられ、且つ冬季においては車室内の暖気を車室外に逃がしにくい。更には車内面反射率(Rv)が低いと車室内から外を見る際にフロントパネル等の内装の映り込みがなくなるため、商品価値が高まる。AGCのLow-Eコートは、放射率及び車内面反射率、どちらも他社製品よりも低く、性能優位性が高い。

3. まとめ
こうして開発、商品化された自動車パノラマルーフ向けLow-Eコート付きガラスは、車室内の開放感向上、BEVへのシフトといった時代のトレンドに応え、且つそれに関わる課題を解決する技術として多くのお客様に支持される期待が高まっており、更なる採用の拡大が見込まれている。
また、このLow-Eコート付きガラスは自動車の他の部位においても適用されると、夏季及び冬季における乗員の快適性維持(=エネルギー効率の向上に繋がる)に更なる効果が見込まれる。AGCは、我々の持つ高い膜設計力、高い生産技術力を活かしてこれらの課題にもチャレンジを続け、サスティナブルで更に安全・快適なMobilityを実現するため、高付加価値な製品の開発を推進して行く。
参考文献
- AGC News Release https://www.agc.com/news/pdf/20220511.pdf , 2022 年 5月 11 日
- 正木裕二, 猪熊久夫, and 宮坂誠一. "調光ガラス WONDERLITER: 特殊コーティングを組み合わせた自動車用大型調光ガラスが, 自動車の快適性向上と省エネに貢献." Research report of Asahi Glass Co., Ltd.= 旭硝子研究報告 65(2015): 10-14.
- 黒川文子. "EV へのシフトと CO2 排出量に関する考察." 環境共生研究 11(2018): 25-36.
- 矢尾板和也. "建築用高性能 Low-E ガラスの開発." Research report of Asahi Glass Co., Ltd.= 旭硝子研究報告 65(2015): 2-4.