AGC Research Report 75(2025)
反応性プラズマ処理による有機無機コンポジット膜の光学特性制御
Optical Property Modulation of Organic–Inorganic Composite Films via a Reactive Plasma Process
中山 雄太*
Yuta Nakayama
*AGC株式会社 材料融合研究所
【要旨】有機無機コンポジット膜は有機材料に由来する柔軟性や成形性と、無機材料に由来する高強度や耐熱性といった特性を兼ね備えた素材で、エレクトロニクス、モビリティ、ライフサイエンス、建築などでの幅広い応用が期待される。特に部材の最外では耐久性、撥水性や光学特性が求められ、適切なマトリックスおよびフィラーの選択と表面処理技術が必要になる。本研究では、特に応用上の重要性が高い光学特性に注目し、フィラーが無秩序な膜と秩序性が高い膜を作製して反応性プラズマで処理したのち、形態観察および反射特性の評価と解析によってフィラーの選択と膜への表面処理による光学特性への影響を調べた。無秩序系のチタニアとフルオロエチレン-ビニルエーテルの複合膜においては、酸素プラズマによるアッシングによってマトリックスが選択的に除去されてチタニアナノ粒子のMie散乱が強調されることで、明瞭な青色の発色が得られた。一方、秩序系の単分散球状シリカとポリエチレングリコールからなる3次元フォトニック結晶膜では、反応性プラズマ処理によりシリカ粒子が部分的にエッチングされ、自己組織化では得られない低い充填率の構造が形成され、同時に秩序性が緩和された構造となった。その結果、ストップバンドが短波長側へシフトしながら反射帯域が広帯域化した。プラズマ処理によって秩序的な構造を制御することで、色調、反射波長、帯域幅といった光学特性を段階的に調整できる可能性が示された。特に、秩序性が緩和された構造により得られる柔軟な応答性は、高視認性のセンサ材料、構造色インジケータ、広帯域フィルタなどへの応用に有望と考えられる。
Organic–inorganic composite films combine the flexibility and moldability of organic matrices with the strength and thermal resistance of inorganic fillers. These hybrid materials hold great promise for applications in electronics, mobility, life sciences, and architecture. As outer coatings, they must possess durability, water repellency, and precise optical properties, which require optimal combinations of matrix, filler, and surface treatment. This study focuses on the optical functionality of these films, which is essential for their practical use. Two types of films were fabricated, one featuring disordered fillers and the other with ordered structures; both were treated with reactive plasma. Morphological and reflectance analyses were performed to assess the effects of filler type and surface treatment. In the disordered titania-fluoroethylene-vinyl ether composite, oxygen plasma ashing selectively removed the matrix, enhancing Mie scattering from the exposed titania nanoparticles and producing a distinct blue coloration. By contrast, the ordered silica–PEG 3D photonic crystal showed partial etching of silica spheres, forming low filling-factor structures that cannot be achieved through self-assembly, while also introducing structural disorder. This transformation caused a blue shift and broadening of the photonic stopband. The findings demonstrate that plasma processing enables stepwise control over color, reflection wavelength, and bandwidth. The flexible optical response of the partially disordered structures offers potential for high-visibility sensors, structural color indicators, and broadband optical filters.
1. 緒言高分子のマトリクス中に無機粒子のフィラーを分散した有機無機コンポジット膜は、有機材料に由来する柔軟性や成形性と無機材料に由来する高強度や耐熱性を兼ね備えた素材である。有機材料のマトリックスと無機材料の組み合わせにより、様々な機能が得られる。例えば熱絶縁膜1、フレキシブルデバイス2、エネルギーストレージ3、水処理膜4やガスセンサ5といった多岐にわたる応用が期待される。AGCにおいても、コンポジット膜を使用した様々な複合部材が研究開発されてきた。
上記の応用においては、部材の表面性状が光学特性や耐久性といった性能に大きく影響を及ぼすことから、その制御は極めて重要である。このため、表面性状を制御する様々な表面処理技術が開発されてきた6–9。中でもプラズマ処理は、有機無機コンポジット膜のように複雑な材料系に対しても、バルクの特性を維持しながら表面のみを選択的に改質できる処理法として注目されている。また、短時間で処理が可能であり、溶剤を使用しない環境調和型プロセスであることも大きな利点である。ここでプラズマ処理とは、真空中または大気圧下で生成された電離ガス中のイオン、ラジカル、紫外線などを材料表面に照射することで、表面の化学組成や構造を改変する技術を指す。これまでの有機無機コンポジット膜に対する表面処理の多くは、積層プロセスにおける密着性の向上を目的としていた。
近年、有機無機コンポジット膜は光触媒やガスセンサへの用途が期待されているが、表面処理による光学的な機能付与や制御の例はまだ少なく10–12、分光学的手法により調べられた例はない。本研究では、有機無機コンポジット膜をプラズマ処理し、その表面性状と光学特性への影響を調べた。有機無機コンポジット膜へのプラズマ処理効果は、フィラー粒子の形状と配列の秩序性およびプラズマ処理条件によって異なると期待される。フィラーの配列が無秩序な膜と秩序性が高い膜を作製し、プラズマ処理前後における形態と光学応答を評価した。応用発展性の観点から、廉価で簡便に得られる有機無機コンポジット材料を対象とした。フィラーの配列が無秩序な膜として、チタニアナノ粒子のフィラーとフルオロエチレン・ビニルエーテル共重合体(製品名:ルミフロン®。Fluoroethylene/vinyl ether copolymer、以下FEVE)のマトリックスで構成されるアモルファスコンポジット膜(以下、チタニアFEVE膜)を作製した。チタニアナノ粒子は外壁塗料など多くの市販塗料に含まれる顔料であり、フィラーとして配合すると白い塗料と膜が得られる。また、チタニアは高い光触媒活性を示す材料としても知られている。
フィラーの配列が無秩序なチタニアFEVE膜に対して、球状のシリカ粒子がポリエチレングリコール(PEG)をつなぎに最密充填構造で並んだ3次元フォトニック結晶(シリカPEG 3DPhC)膜を作製した。シリカPEG 3DPhCはオパール型3次元フォトニック結晶(3DPhC)に分類され、青や赤の構造色を呈する。構造色はフォトニックバンドに禁制帯(フォトニックバンドギャップ)が形成され、その禁制帯にあたる波長の光が反射されることで発現する。反射波長は入射角にも依存し、基本的にはBragg反射に基づいたモデルで記述される。またオパール型フォトニック結晶を型にして設計される逆オパール構造は、粒子径と屈折率の組み合わせを選ぶことによって光学特性設計の自由度の広いフォトニック結晶で、バイオセンサやアクティブメタマテリアルとしての応用が期待される13–16。
2. 実験方法2.1. 材料および成膜手法
チタニアFEVE膜を以下の手順で作製した。ルミフロン®(溶媒:キシレン、AGC製)と酸化チタンナノ粒子(粒径中心値: 230 nm、堺化学株式会社製)の粉末を重量比1 : 1で量り取り、混練機ARE-310(THINKY製)により混練して塗料を得た。塗布直前にヘキサメチレン・ジイソシアネートを0.5 wt%添加して混合し、スピンコーターMS-B200(ミカサ株式会社製)で1 mm厚の無アルカリガラス基板上にコーティングした。ガラス基板上の白色塗膜を150 ℃のホットプレートで20分加熱し、チタニアFEVE膜/ガラス基板を得た。得られた膜はフィラーの粉末と同じ白色を示した。
シリカPEG 3DPhC膜は下記の手順で作製した。エタノールを溶媒とした単分散球状シリカ粒子分散液(富士化学製)をポリエチレングリコール水溶液に体積比1:1で用意し、回転架台にて30分間混合して透明塗料を得た。塗料をガラス基板にバーコートでコーティングし、120 ℃のホットプレートで加熱して溶媒を揮発させた。粒径dが300、250、200 nmと異なる試料を作製した。
2.2. プラズマ処理
容量結合プラズマ方式反応性イオンエッチング装置 EXAM(神港精機製)を用い、試料をプラズマ処理した。プラズマ処理には、チタニアFEVE膜とd =300nmのシリカPEG 3DPhCに酸素プラズマ(酸素ガスのみ)、d =200および250 nmのシリカPEG 3DPhCには酸フッ素プラズマ(ガス混合比酸素:四フッ化炭素=1:9)を使用した。エッチャーの出力パワーは550 Wとした。エッチャーの安定化のため、試料を処理する前には処理条件と同じ条件で30分間放電した。
2.3. 光学特性の評価
プラズマ処理前後の試料の反射外観色、光学特性、表面形態を評価した。反射分光測色計cm-600d(コニカミノルタ株式会社製)を用いて、試料の反射色を色空間座標L*, a*, b*(CIE 1976準拠17)で評価した。L*, a*, b*は測定対象の分光特性に対する変化が人間の色覚とよく対応する。反射率スペクトルの入射角度依存性は紫外可視近赤外分光光度計V-770と自動絶対反射率測定ユニット(いずれも日本分光株式会社製)で測定した。分光光度計と角度依存性測定ユニットの概略図をFig. 1に示した。ランプの白色光がシングルモノクロメータで分光され、得られた単色光が任意の角度で試料に入射し、その反射光を積分球で検出した。サンプルステージと検出ユニットを互いの相対配置が変わらないように回転させ、入射角を変更した。光学系の制約と反射光が比較的強く得られることから、検出角は10度に固定した。プラズマ処理前後における試料の表面形態を電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)SU-70(日立ハイテク株式会社製)で観察した。
Fig. 1 Optical setup for angle resolved reflectance measurement prepared for evaluate the photonic stop bands of silica-PEG photonic crystals.3. 結果・考察
3.1. チタニアFEVE膜の酸素プラズマアッシングによる青色散乱増強
チタニアFEVE膜を酸素プラズマ処理し、処理前後における試料外観、色空間座標と微細構造を評価した。Fig. 2(a)、(b)に酸素プラズマ処理前後におけるチタニアFEVE膜の外観写真、Fig. 2(c)、(d)に FE-SEM像とa*およびb*の処理時間依存性(e)を示した。Fig. 2(a)、(b)より、酸素プラズマ処理前のチタニアFEVE膜は白色であったが、酸素プラズマ処理後に白色から淡青色に青くなり、処理時間が長くなるほど青色が濃くなった。色空間座標a*とb*はa*<0且つb*<0の第3象限にあり、b*が小さく、処理時間に伴ってa*とb*は小さくなった。CIE Lab色空間の中で a*とb*で張る2次元平面は色相と彩度を表し、原点から離れるほど色が鮮やかになる17。またa*<0且つb*<0の第3象限は青~緑の寒色系に相当し、b*が低くなるほど青くなる。Fig. 2(c)、(d)に示した酸素プラズマ処理前後におけるSEM像の比較より、プラズマ処理後による外観色が青くなったと同時に膜中のチタニアナノ粒子が露出した。
酸素プラズマ処理後における外観色の変化は、マトリックスのFEVEがプラズマによりアッシングされた結果、酸素プラズマと反応しづらいチタニアナノ粒子がFig. 2(d)のように露出し、チタニアナノ粒子の Mie散乱が増強されたためと考えられる。アッシングとは、樹脂表面へ高エネルギー状態の酸素プラズマを照射し、樹脂を構成する炭素と結合させ、CO2として気化、分解する処理である。アッシングの応用例の一つはフォトリソグラフィーにおけるレジスト除去工程である。レジスト除去工程では、エッチング処理後のウェハー上に残った不要なレジストが酸素プラズマやオゾンプラズマで物理的衝撃と化学反応によって除去される。チタニアFEVE膜においては、酸素アッシングによってマトリックスであるFEVEが除去され、白色顔料として利用されるチタニアナノ粒子は粒径の中央値が100~300 nm程度に設計されており、粉末の状態で明るい白色の外観を示す。チタニアFEVE膜においてもチタニアの粒径は230 nm(中央値)であり、アッシング前は白色を呈した。他方、Mie散乱理論18に基づくシミュレーションによると、チタニアの粒子は高屈折率に起因して大きな光散乱断面積を有し、可視域では短波長ほど散乱強度が高くなる19また Mie散乱断面積の相対屈折率項20,21より、散乱粒子と周辺媒質との屈折率差が大きいほどMie散乱強度は高くなる。つまりチタニアFEVE膜のFEVEマトリックス(n =1.34)がアッシングされたとき、チタニアナノ粒子はより屈折率が低い大気(n =1.0)に囲われて相対屈折率は高くなるため、そのMie散乱強度が高くなり外観がブルーシフトしたと考えられる。
Fig. 2 Transformation in the appearance, structure, and color coordinates of the titania-FEVE composite film before and after oxygen plasma ashing.(a),(b) Photographs of the film’s appearance,(c),(d)FE-SEM images of the film’s microstructure.(e)Time dependence of color coordinates(a* and b*)in the CIE Lab color space.(f)Mechanism of the blue shift induced by ashing.3.2. シリカPEG 3DPhC膜の反射分光特性
作製したシリカPEG 3D PhC膜の基本的な光学特性を確認した。シリカPEG 3DPhCの外観写真をFig. 3に示した。撮影時には蛍光灯を照明に用いた。Fig.4はプラズマ処理前後におけるシリカPEG 3DPhCの反射スペクトルおよびその角度依存性である。Fig. 4(a)、(b)にd =300 nm、Fig. 4(c)、(d)にd =250 n m、Fig. 4(e)、(f) にd =200 n mのシリカPEG 3DPhCにおけるエッチング前後の反射スペクトルを示した。シリカ粒子の直径dが300 nm、250 nm、200 nmと異なる試料の反射色は直径に伴って長波長化し、それぞれ鮮やかな青、緑、赤を示した。
ストップバンドとは、PhCにおける光子状態密度が 0の帯域を指す。ストップバンド内の光はPhCの内部に存在できないため、強く反射される。シリカPEG 3DPhCを含むオパール型3DPhCにおけるストップバンドに由来する反射は、Bragg反射と同様の角度依存性がみられて入射角度とともに反射ピークがシフトする22。外観と同様の粒子径増加に伴うストップバンドの長波長化は、反射スペクトルでも確認された。散乱成分とストップバンドに由来する反射成分を切り分けるため、反射スペクトルの入射角度依存性を測定し、 Fig. 4(a)、(c)、(e)に示した。
Fig. 4(a)、(c)、(e)の反射スペクトルより、各試料において中心波長が入射角度とともに短くなる反射ピークが観測された。入射角度に伴うピークの短波長化は理論計算で得られるストップバンドの傾向と一致しており22、得られた反射ピークはストップバンドに由来するといえる。入射角度0度のとき、直径d =300 nm、250 nm、200 nmの試料はそれぞれ615nm、535 nm、430 nmに反射ピークを示した。このうちd =200 nmの試料は反射率ピーク値が最も高く、ピーク線幅が狭かった。Fig. 4(a)~(d)においては、短波長領域のブロードな背景信号と300~400 nmのピークがみられた。ブロードな背景信号は不均一シリカの散乱による反射成分と考えられる。ここでの不均一シリカとは、最密充填構造形成せずに無秩序に位置した球状シリカを指す。300~400 nmに観測されたピークは、シリカPEG 3DPhCの面心立法格子(FCC)の(100)と(220)による1次および2次回折に由来すると考えられる。先行研究23に基づいて、直径d =300 nmのシリカPEG 3DPhCの(111)面に垂直入射したときの屈折率n 、面間隔dpと次数mと各面の(111)に対する傾きθから、各面について回折ピーク波長 λp=2nd psinθ/mを3次回折まで計算した。その結果、FCCの(200)の1次回折と(220)の1次回折に由来する反射ピークはそれぞれ365 nmと308 nmと計算され、d =300 nmのシリカPEG 3DPhCが入射角0度で示したピーク波長に近しい。d =250 nmのシリカPEG 3DPhCについても、FCCの(200)による回折は計算から304 nmと予測され、実験で得られた300 nm付近と整合する。
Fig. 3 Appearance of silica-PEG three-dimensional photonic crystal(3DPhC)film with silica diameters d ranging from 200 to 300 nm.
Fig. 4 Reflectance spectra of silica-PEG 3DPhC as a function of incident angle.(a),(c),(e)and(b), (d),(f)depict the reflectance in sample with silica diameters of d =200, 250, 300 nm before and after plasma process.単分散球状シリカから構成されるオパール型3D PhCに関する先行研究によると、3D PhCの(111)に由来する1次の反射波長は直径d =300 nm、250 nm、200 nmに対して~650 nm、~545 nm、~430 nmに得られる23,24。Fig. 4(a)、(c)、(e)に見られた反射ピークは先行研究と概ね一致しており、観測されたピークは(111)由来の反射と考えられる。先行研究と測定結果とのピーク中心波長の差は光学系の検出角や試料の均一性の違いが考えられる。試料の均一性とは、マクロに見たときのフィラーの秩序性を指す。フィラーがマクロにみて整然と並んで長距離の秩序性が高いとき、ピークの広がりは狭くなり、理想的な3D PhCの光学応答が得られる。逆に、秩序性が低いとき、ピークは広がり、ストップバンドの反射よりも散乱の寄与が相対的に増加すると考えられる。
Fig. 5 SEM images of silica-PEG 3DPhC with different silica sphere diameters.(a),(c),(e)and(b), d),(f) show the SEM images before and after plasma process. The filling-factor(FF)= r /a of each sample is denoted at upper right.3.3. フッ素プラズマエッチングによるフォトニックバンドギャップのブルーシフト
次に、酸素と四フッ化炭素ガスを用いてシリカ PEG 3DPhCを酸素プラズマないし酸フッ素プラズマで処理し、その反射スペクトルを測定した。処理前後での比較から、プラズマ処理による光学特性と構造の変化を調べた。プラズマ処理した試料の反射スペクトルをFig. 4(b)、(d)、(f)に示した。また光学特性と構造の関係を明らかにするため、プラズマ処理前後における試料のSEM像を撮影した。Fig. 5に球状シリカの直径dが300 nm、250 nm、200 nmの各試料のプラズマ処理前後における表面形態を示した。SEM像は3万倍と11万倍で撮影した。
チタニアFEVE膜と同様に酸素プラズマでシリカ PEG 3DPhC(d =300 nm)を処理したとき、プラズマ処理の前後で反射スペクトル(Fig. 4(a)、(b))中の禁制帯反射のピーク波長は600 nm前後で変化がなく、角度依存性にも差異がみられなかった。一方、 Fig. 4(c)~(f)より、酸フッ素プラズマで処理したシリカPEG 3DPhC(d =200 nmおよび250 nm)においては、いずれも反射ピーク波長がas-depo試料よりも短波長側にシフト(ブルーシフト)し、そのピーク幅は広くなった。Fig. 5のSEM像より、酸素プラズマで処理した直径d =300 nmの試料は、光学特性と同じく処理前後で粒子のサイズや間隔に変化が見られなかった。一方、酸フッ素プラズマで処理した直径d =200 nmと250 nmの試料においては、プラズマ処理後に粒子サイズが15~20 %程度小さくなった。球状シリカ粒子の表面に溝が入って形状が変わり、プラズマ処理前に比べて最密充填構造が乱れた。
粒子のサイズが小さくなった直径d =200 nmと250 nmの試料において禁制帯反射がブルーシフトしたことから、酸フッ素プラズマによる処理で球状シリカ粒子がエッチングされて格子点が小さくなった結果、反射ピークが短波長化したと考えられる。このブルーシフトの起源はシリカPEG 3DPhCにおける面間隔の縮小とfilling-factor(FF)の低下が考えられる。FFとは格子点の半径rと格子間隔aの比r /aであり、フォトニックバンドギャップ幅、反射波長ならびに伝送特性の制御に用いられる構造パラメータである25–27。FFは格子点が無い状態で0になり、格子点と格子点の隙間が無いとき最大値0.5を取る。
Fig. 5中のSEM像から各粒子の直径dと粒子間隔aを読み取り、F Fを算出した( 図中右上)。F Fは d =250 nmの試料で0.45→0.36、d =200 nmの試料で0.48→0.40と、いずれもプラズマ処理前よりも2割程度小さいFFが得られた。自己組織化により最密充填構造を形成する原理的制約から、シリカPEG 3DPhC含むオパール型3DPhCはFF~0.5に限定される。
自己組織化中に導入される欠陥などに起因した構造の不均一性はストップバンドのゆらぎになり、反射ピークのブロードニングとしても観測される。実際に、 Fig. 4およびFig. 5より、粒子の配列の秩序性が高い直径d =200 nmと250 nmの試料は粒子の配列が不ぞろいなd =300 nmの試料よりも反射ピークの幅が狭く、最大反射率は高かった。この構造と光学特性の因果関係から、光を用いた非破壊的方法でPhCの構造均一性を評価できることが示唆される。またオパール型 3D PhCでは入射角度が大きいほど光の侵入長が劇的に小さくなる28。すなわち、入射角度が大きいほど反射ピークのパラメータが表面構造に対して敏感になると考えられる。そこで、SEM観察が難しい堆積方向の均一性をストップバンドに由来する反射ピークの入射角度依存性の解析から調べた。プラズマ処理前後におけるシリカPEG 3DPhC(d =200 nm)の反射ピークをフィッティングし、ピークエネルギーと半値全幅(full width at half maximum, FWHM)の角度依存性を得た。フィッティング関数は擬フォークト関数と 1次関数の和とした。
Fig. 6(a)Reflectance spectrum of silica-PEG 3DPhC(blue circle)and the fitting result(blue dashed line).(b), (c)Incident angle dependence of peak energy and FWHM in silica PEG 3DPhC before and after plasma treatment.Fig. 6(a)に反射率スペクトルとフィッティング結果、Fig. 6(b)、(c)にフィッティングより得られたピークエネルギーとFWHMの入射角度依存性を示した。なお、バンド分散が周波数あるいはエネルギーで記述され、波長空間でのフィッティングでは得られた値の物理的な意味が歪んでしまい解釈が難しくなる29。このため、光学応答は周波数あるいはエネルギー空間でフィッティングしなければならない。
Fig. 6(b)、(c)に示したピークエネルギーと FWHMの角度依存性は反射スペクトル(Fig. 4(e)、(f))と一致しており、正常にフィッティングできた。(散乱によるバックグラウンド除去によって、低エネルギー側をよく再現できる。高エネルギー側のスペクトルにはMie散乱と回折が重畳しており、モデルの検討が必要である。)プラズマ処理前のピークエネルギーは0度で2.88 eV(431 nm)、30度では3.15 eV(394 nm)であったのに対し、プラズマ処理後は0度で3.20 eV(383 nm)、30度で3.55 eV(349 nm)とストップバンドが紫外線領域にまでブルーシフトした。プラズマ処理前後での差は0.31~0.41 eVと入射角度が大きいほど広がった。FWHMの角度依存性はプラズマ処理前で0~30度まで~0.25 eVであったのに対し、プラズマ処理後は0.42~0.48 eVと1.7~1.9倍に大きくなり、入射角度が大きいほど広くなる傾向がみられた。
一方、プラズマ処理後の試料においては入射角度が 大きいほど反射ピークのFWHMが増加した。As-depoの試料は堆積方向に球状シリカが均一に配列するために入射角度に対してFWHMが大きく変化しなかったと考えられ、実際の構造と一致する。他方のプラズマ処理後試料については、最表面に近いほどシリカ粒子がエッチングされて配列が不均質化したと示唆される。Fig. 5(e)、(f)のSEM像においてプラズマエッチングによる球状シリカ粒子の形状変化と最密充填構造の乱れがみられており、FWHMの入射角依存性と併せて、表面ほど粒子形状が大きく変化して秩序性が低くなった構造になったと示唆される。
本研究で取り扱った秩序性が異なる有機無機コンポジット膜の光学特性は、Mie散乱やフォトニックストップバンドの反射により発現しており、これらは主に以下の因子により決定される。すなわち、フィラー粒子の形状、サイズ、相対屈折率、配列の秩序性、およびFFである。これらのうち、プラズマ処理によって制御可能であることが確認された因子は、粒子サイズ(縮小)、形状(異方化)、表面近傍の配列秩序(秩序の緩和)、およびマトリックス除去による媒質の屈折率変化である。チタニアFEVE膜ではMie散乱の主成分となるチタニア粒子の露出により、b*値にして2程度青色化した。シリカPEG 3DPhCにおいては、FFが0.5よりも低下したことでストップバンドが最大で0.4 eV(約50 nm)ブルーシフトし、FWHMは1.9倍増大した。これらの結果は、反射ピーク波長、色調、反射帯域の広がりといった光学特性の主要なパラメータがプラズマ処理で変調可能であることを示しており、用途に応じた光学応答の実現に有効な手法であると考えられる。
4. 総括本研究では、フィラーの秩序性が異なる有機無機コンポジット膜にプラズマ処理を施し、表面構造および光学応答の変化を評価した。無秩序系のチタニア FEVE膜では、酸素プラズマによってマトリクスが除去され、露出したチタニアナノ粒子のMie散乱が強調されることで、顕著な青色化が生じた。一方、秩序系のシリカPEG 3DPhC膜では、反応性プラズマ処理によりシリカ粒子が部分的にエッチングされ、自己組織化では得られない低いFFの構造が形成され、同時に秩序性が緩和された構造となった。その結果として、ストップバンドが短波長側へシフトしながら反射帯域が広帯域化し、光学応答の変調が得られたといえる。
これらの成果は、構造の秩序性を制御することで、色調、反射波長、帯域幅といった光学特性を段階的に調整できる可能性を示すものである。特に、秩序性が緩和された構造により得られる柔軟な応答性は、高視認性のセンサ材料、構造色インジケータ、広帯域フィルタなどへの応用に有望である。今後、材料選択やプラズマ条件、多段階処理、逆オパール構造との組み合わせにより、構造制御型光学材料のさらなる機能化や実用設計への展開が期待される。
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