人への投資が、最も有効 企業の社会的価値向上へ AGCは正面突破する 人への投資が、最も有効 企業の社会的価値向上へ AGCは正面突破する

Dec.08 2021

人への投資が、最も有効 企業の社会的価値向上へ AGCは正面突破する

今日における企業の存在価値とは何か。経済的価値に加え、高まるのは社会的価値の重要性だ。なかでも人的資本経営と環境への対応については、消費者や投資家からの注目が大きい。この状況を踏まえながら数多くのM&Aを活用し、事業ポートフォリオを拡大。グローバル化を強く推進しているのがAGCだ。同社における国内外の人財活用と戦略事業への投資、M&A戦略、カーボンニュートラルへの取り組みからは、多くの企業が範とすべき理念が見えてくる。ESG投資や人的資本経営に詳しい日経BP総合研究所の小林暢子が、代表取締役 副社長執行役員 CFOの宮地伸二氏に聞いた。

Profile

宮地 伸二(みやじ しんじ)

宮地 伸二(みやじ しんじ)

AGC株式会社 代表取締役 副社長執行役員 CFO

高知県出身。上智大学理工学部機械工学科卒業。2011年米国ハーバードビジネススクールAMP修了。精密機器メーカーでITエンジニアとして勤務後、90年旭硝子(現AGC)入社。システム部門勤務を経て経営企画部門に配属され、グループビジョンや中期経営計画策定、カンパニー制導入、ガバナンス改革などを担当。その後、国内関係会社社長、新規事業部門長、経営企画部門長、米国関係会社社長、電子部材部門長など幅広い分野での経験を経て、2016年1月CFOに就任。21年11月現在、代表取締役副社長務執行役員CFO CCO、経営企画本部長として、グローバル経営の中核で活躍している。

小林 暢子

小林 暢子

日経BP 総合研究所 主席研究員 Human Capital Online発行人

いま手を打たなければ、後世の禍根に ダイバーシティは喫緊の課題

小林 ESGの「S」、すなわちソーシャルの面において、人的資本経営が国際的なテーマとなっています。AGCは将来に向けて、どのような人財戦略をお持ちでしょうか。


宮地氏 創業者の岩崎俊彌が「人を信ずる心が人を動かす」と語ったように、当社には創業当時から人を大事にする気風があります。私は人への投資こそ最も効率が良いと考えています。理由は簡単です。当社のような素材メーカーは設備や事業に大きく投資していますが、その判断を下しているのはすべて人だからです。会社は人が原動力であり、人が良くなければ成長できません。


宮地 伸二氏

AGC株式会社 代表取締役 副社長執行役員 CFO 宮地 伸二氏

人を核とする組織を作るには、良い人を採用するのはもちろんですが、その後の育成が重要です。一人ひとりのポテンシャルを見極め、どのようなキャリアを積ませるかを考えることが人財育成の基本になります。往々にして、社内各々の部署は優秀な人を手放そうとしません。しかし、同じ部署にあまり長くいると人は成長しませんから、様々な経験を積んでもらうべく、計画的に異動を行っています。

小林 暢子

日経BP 総合研究所 主席研究員 Human Capital Online発行人 小林 暢子

小林 急速にグローバル化が進むAGCのような企業では、人財活用も国際的になると思います。国内外で求められる人財や女性の活躍などについて、どのようなお考えをお持ちですか。


宮地氏 まさに当社が直面している大きなテーマがダイバーシティです。主な課題は2つあります。1つは、女性を積極的に増やし、活躍してもらうことです。これまで技術系社員は化学系を中心に採用してきましたが、そもそもこの母集団の中には女性が15%しかいません。事務系では女性を30%ほど採用できていますが、技術系社員が多くを占めているので、いまのやり方では社員の女性比率を上げようにも2割程度が限界です。今後は技術系社員を化学以外から広く採用するなどの施策により、女性比率を3割以上に上げていきたい考えです。そのためには、女性が入りたいと思えるような会社に変わらなければなりません。

もう1つの課題は、外国籍社員です。当社には約5万7000人の社員がいますが、そのうち日本人は約1万3000人。社員の8割近くを外国籍社員が占めています。この人たちを経営にどう参画させていくのか。いま執行役員には3人の外国人がいますが、すべて欧州籍です。これはかつて欧州企業を買収してオペレーションの規模が大きくなったため、自然にそうなりました。しかし、現在アジアには2万人以上の社員がいます。国ごとの経営には既に現地の多くの幹部が参画していますが、その中から優秀な人財をさらに引き上げ、将来的には、AGC全体の経営にも参画して欲しいと思います。


ダイバーシティの問題がなぜ重要かというと、10~30年先の未来を決定付けるからです。日本の労働力人口は1年で60万人ずつ減っていき、2050年には5000万人を切る見込みです。日本人の男性だけで経営を続けることなど、既に困難な状況になりつつあるのです。いま手を打たなければ、後世に大きな禍根を残すことになるでしょう。

限りある経営資源の最大活用 スピードが命、人事異動は頻繁に

小林 ガラスから様々な素材産業へ事業を拡げ、海外法人も増やしています。経営資源を戦略的に配置していくためのルールやコンセプトなどはありますか。


宮地氏 経営資源には限りがありますから、それをどこに集中させるかが要諦になります。安定した収益を上げる事業と、ハイリスクハイリターンの事業をどう組み合わせてポートフォリオを組むか。そして投資先を決めたら、そこに経営資源をしっかりと充てていく必要があります。基本的には、私は事業を3つの区分で考えています。「今後の拡大を見込む成長事業」「資金を生み出すキャッシュ創出事業」「将来のために構造改革が必要な事業」です。成長事業の中でも特に今後の大きな拡大を期待する事業を「戦略事業」と位置付けています。


例えば、ライフサイエンスは戦略事業です。しかし、元々は小さな事業でしたから、自力だけでは成長できません。そこで、例えばM&Aによって時間と規模を買う。すると、事業全体をマネジメントする人財が必要になるので、ガラス事業やコーポレート部門でグローバルマネジメントの経験がある人財をライフサイエンス事業へ移し、急成長を支えてもらいます。スピードが命ですから、人事異動はかなり頻繁に行っています。


戦略事業をスピーディーにグローバル展開するうえで、経営のプラットフォーム化も進めています。ガバナンスや内部統制の機構、会計基準、ITインフラなどのグローバル標準を決め、その上に事業や国別のアプリケーションを乗せていくのです。

小林 M&Aの対象となるのは、戦略事業のみでしょうか。どのような基準で戦略事業を選んでいますか。


宮地氏 「成長事業」という考え方を大事にしています。過去5年に買収した企業は、すべて成長事業です。2017年にタイのビニタイ社を買収したことで、化学事業が急激に伸びました。コモディティ的なビジネスなので戦略事業とは言えませんが、成長事業と位置付けています。


戦略事業で言えば、ライフサイエンス事業に直近5年間で2000億円ほど投資し、その約半分をM&Aに使っています。また、半導体関連では米パーク・エレクトロケミカル社のエレクトロニクス事業を買収しました。


戦略事業を選ぶときの主な基準は2つです。1つは、アセットライトであること。小さな投資で大きなリターンが得られる事業です。これを伸ばせば、グループ全体のROE向上に貢献します。もう1つは、景気変動に強い事業です。ガラスや化学品の中のコモディティ事業は景気の影響を受けやすいですが、ライフサイエンスは景気に左右されにくい。エレクトロニクス分野も、景気にかかわらず成長が見込めます。

見せかけの目標の先に、未来はない 製造立国・日本として正面突破せよ

小林 今日の企業はROEのような経済価値だけでなく、ESGやカーボンニュートラルへの対応など、社会的価値が強く求められるようになっています。特に日本が得意とする製造業は、取り組まねばならない課題が多いですね。


宮地氏 はい。経済的価値と社会的価値は両方とも重要ですが、最近では社会的価値の方が上位という感覚です。当社のような素材産業では、特に温暖化ガス(GHG)の排出を減らすことが重要な課題になります。第1の課題は、まず環境負荷をかけずにものを作ること。第2は、作った製品が環境に貢献することです。


2014年に2020年の目標を立てたとき、「当社は製造工程でGHGを排出するけれども、生産した製品がその6倍を削減する」という「6倍貢献目標」を掲げ、おおむね達成しました。しかし、要求はさらに厳しくなり、絶対排出量の削減が必要になりました。当社は2030年に排出量を30%削減し、2050年にはカーボン・ネットゼロを実現するという目標を立てています。

宮地 伸二氏

海外企業の中には、GHGを排出する事業を処分したり、製造拠点を環境基準の低い国や地域に移したりすることで、見せかけの目標を達成しようとする企業もあります。しかし日本企業がそれをしたら未来はない。私はそう思っています。環境にやさしいものづくりを正面から追求しなければ、日本は製造立国としての地位を維持できなくなるでしょう。

小林 暢子

小林 デジタルトランスフォーメーション(DX)への関心も高まっています。素材産業におけるDXについて、どのようにお考えですか。


宮地氏 DXというと、「ビジネスモデルの変革」といった大きな話ばかりする人がいます。しかし素材産業の場合、DXでビジネスモデルが根底から変わるようなことは考えにくいでしょう。デジタルはあくまでツール。当社にとってのDXとは、いわば「デジタルを活用したイノベーション(Innovation by Digital)」です。

いま必要なのは、デジタルによるプロセスの効率化です。まずは、デジタルによって生産性を向上させる。さらに、それを自社だけでなく、サプライチェーン全体に広げます。当社とお客様、そしてサプライヤーをすべてデジタルでつなぐことで、お客様の課題を解決し、サプライチェーンの効率を飛躍的に向上させます。デジタルテクノロジーは、日本のサプライチェーンを変革するうえで大きく貢献するでしょう。

日経ビジネス電子版 Special 掲載記事

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