Low-Eガラスを主役に 省エネ技術に磨きを掛ける 脱炭素社会へ、窓ガラスの進化が止まらない Low-Eガラスを主役に 省エネ技術に磨きを掛ける 脱炭素社会へ、窓ガラスの進化が止まらない

Nov.16 2022

Low-Eガラスを主役に 省エネ技術に磨きを掛ける 脱炭素社会へ、窓ガラスの進化が止まらない

「素材の会社」AGCの祖業は、ガラスである。主力の一つが、建築用ガラス。2050年カーボンニュートラルの実現を目指し、二酸化炭素(CO₂)の排出削減がこれまで以上に求められる中、住宅やビルの断熱性を高め、省エネをもたらすガラスには今後、需要がますます見込まれる。AGCはその獲得に向け、複層ガラスの性能向上に取り組んできた。そこには、もう一つの主力である産業用ガラスはもとより、化学品も取り扱う素材の会社としての技術力が生きる。脱炭素社会へ、窓ガラスはどのように進化していくのか――。

Profile

古賀 潔

古賀 潔

建築ガラス アジアカンパニー 日本事業本部 商品統括グループリーダー

ウォリス 暁音

ウォリス 暁音

建築ガラス アジアカンパニー 日本事業本部 商品統括グループ マーケティングチーム 主任

菊地 哲

菊地 哲

建築ガラス アジアカンパニー 技術・製造統括部 商品開発グループ 建築加工技術チーム マネージャー

上嶋 帆奈

上嶋 帆奈

建築ガラス アジアカンパニー 技術・製造統括部 商品開発グループ プライマリーチーム

脱炭素へ、国が政策を転換 Low-Eガラスの需要拡大見込む
建築ガラス アジアカンパニー
日本事業本部 商品統括グループリーダー 古賀 潔氏

建築ガラス アジアカンパニー 日本事業本部 商品統括グループリーダー 古賀 潔氏

Low-E(低放射)ガラスをご存じだろうか。窓ガラスの進化にはいま欠かせない存在だ。ガラスの片面に特殊金属膜をコーティングしたもので、夏は日差しを遮り、冬は暖房輻射熱の流出を防いで暖房効率を高める。建物の省エネ性能を向上させる役割を担う。


Low-E複層ガラスの場合、特殊金属膜をコーティングしたLow-Eガラスと一般のガラスを組み合わせている。標準品ではガラスの間には乾燥空気の中空層を挟む。日差しをコントロールするだけでなく、断熱性も高める構造だ。

そのLow-Eガラスの需要がこれまで以上に拡大する見通しという。理由を説くのは、建築ガラス アジアカンパニー 日本事業本部 商品統括グループリーダーの古賀潔氏だ。「国が2050年カーボンニュートラル実現の方針を打ち出したのをきっかけに、建物には省エネ性能の向上がこれまで以上に求められることになるからです」。


省エネ性能の向上は、もちろんいまに始まった話ではない。ガラスは耐久性が高く、光を通す優れた透明素材だが、窓はかねて省エネ性能を確保するうえで建物の熱的弱点といわれてきた。ガラスそのものの性質としては、例えばコンクリートに比べれば熱を伝えにくい。しかし、これまでの窓に用いられてきたのは3~5ミリ程度の1枚ガラスで、断熱性は望めない。断熱材を充てんする壁とは作りが違う。


その弱点を改善する必要から生まれたのが、Low-E複層ガラスだ。ガラスの間に中空層を設け、そこに乾燥空気やアルゴンガスなどを封入することで、窓の性能を大きく改善する。


新築住宅では普及率が右肩上がりに増えてきた。板硝子協会のデータによれば、2020年度における戸建て住宅での戸数ベースでのLow-E複層ガラスの普及率は86.4%。最近では、中空層にアルゴンガスを封入するタイプの需要も拡大している。またマンションやビル用途におけるLow-E複層ガラスの普及率は、戸建て住宅よりも低く、まだまだ需要拡大のチャンスがある。


需要拡大が見通される理由は、それだけでない。脱炭素社会を目指し、国が大きな政策転換に踏み出すからだ。それは、新築の建物に対する省エネ基準の適合義務化である。


省エネ基準は、建物の断熱性や設備の消費エネルギーの形で定められている。しかし、その適合が義務付けられているのは、一定規模以上のビルだけ。小規模なビルや住宅には義務付けられてはいない。そうした制度の枠組みを見直し、2025年度以降は新築の全ての住宅とビルに対して基準の適合を義務付ける見通し。


その先には、省エネ基準の強化も見込まれる。国は2030年度以降、全ての新築住宅・ビルに対して「ZEH(ゼッチ:ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)」「ZEB(ゼブ:ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)」という現行基準を上回る水準を求めていく方針だ。


トリプルガラスの中空層確保へ 産業用ガラスの技術を活用

AGCがこうした国の動きを見据え、市場開拓の先兵として位置付けるのが、3枚のガラスを用いる「サンバランス® トリプルガラス」だ。内側と外側の2枚をLow-Eガラスで、真ん中の1枚を一般のガラスで構成する。ガラスの間にはそれぞれアルゴンガス(断熱ガス)を中空層に封入する。Low-E複層ガラスに比べLow-Eガラスが1枚多く、アルゴンガスの中空層が2つになるため、省エネ性能は高い。

図1 AGCの「サンバランス® トリプルガラス」の断面図イメージ

図1 AGCの「サンバランス® トリプルガラス」の断面図イメージ

3枚のガラスを用いるトリプルガラスそのものはすでに商品化済みだが、市場開拓にあたっては性能向上に挑んだ。目指したのは、断熱性の向上につながる中空層の拡張である。


前提条件は、サッシに装着できる厚みにトリプルガラスの総厚を抑えなければならない点。その条件下で中空層を拡張するには、Low-Eガラスの間に挟む一般のガラスを薄くするしかない。厚さは3ミリ。これをどこまで薄くできるか。


実現した厚さは1.3ミリ。産業用ガラスの技術を利用することで、ここまで薄くすることに成功したという。ガラスが薄くなることで中空層厚を確保するのみならず、トリプルガラスとしての重量も軽くできるため、開閉しやすくなる。「問題は、製造工程です。建築用ガラスの製造設備は厚さ3ミリ以上の寸法や重さを前提にしています。厚さ1.3ミリともなると、たわみが生じるため、通常の建築用ガラスと同じ取り扱いでは危険です。その危険を取り除くため、ガラスを取り扱う装置にも改良を加えました」(古賀氏)。


AGCでは既存商品の性能向上に乗り出す一方で、Low-E複層ガラスの進化形と呼べる商品も新たに生み出した。その名は「サーモクライン®」。従来のLow-E複層ガラスと何が違うのか――。見どころは、ガラスとガラスの間隔を保持する封着部にある。


ここには従来アルミニウムスペーサーに乾燥剤を充てんしたうえで、封着材(1次・2次シール)を使って封着していた。「サーモクライン®」では、従来の4種類の部材を、独自開発の封着材(ブチルゴム)という一つの部材に置き換えた。この「サーモクライン®」は、Low‐E複層ガラス、トリプルガラスにも適用が可能。

図2 AGCの「サーモクライン®」。構造をあえて単純化しCO₂排出量を削減

図2 AGCの「サーモクライン®」。構造をあえて単純化しCO 排出量を削減

建築ガラス アジアカンパニー 日本事業本部 商品統括グループ マーケティングチーム 主任 ウォリス 暁音氏

建築ガラス アジアカンパニー 日本事業本部 商品統括グループ マーケティングチーム 主任 ウォリス 暁音氏

その特徴を、建築ガラス アジアカンパニー 日本事業本部 商品統括グループ マーケティングチーム 主任のウォリス暁音氏が説く。「『サーモクライン®』は熱を伝えやすいアルミニウムスペーサーを用いないため、エッジ部の断熱性が一段と高くなり、また長期耐久性にも優れているため、ライフサイクル全体でCO 削減を果たします」。


リサイクルの処理がしやすいという特徴もあるという。古賀氏が解説を加える。「ガラスは精度の高い原料管理が必要なため、リサイクル処理の工程でガラス以外の材料が混じるのは好ましくない。他の部材と分離しやすいということは、極めて重要なのです。従来の複層ガラスは封着部の構造が複雑でアルミニウムスペーサーなどが分離しにくいのに対し、『サーモクライン®』は、ガラスと部材との分離も比較的容易です」。

現状、建築用ガラスの多くは産業廃棄物として処理されている。しかし将来は、リサイクル処理に回る可能性も見込まれるという。「大手建設会社の中には、ビル解体に伴い発生するガラス廃材をリサイクル処理に回す動きが見られます。その動きがさらに広がれば、『サーモクライン®』の価値が際立つはずです」(古賀氏)。

決め手は材料と設備の進化 全国に供給できる体制へ

耐久性能が高く、サステナブルな製品を供給できるようになった。建築ガラス アジアカンパニー技術・製造統括部 商品開発グループ 建築加工技術チーム マネージャーの菊地哲氏は従来品との違いをこう明かす。「アルミニウムスペーサーや封着材は社外から調達したものを利用していました。それに対して新しい封着材は、独自に開発・製造したものです」。

従来の複層ガラスは、ガラス、スペーサー、乾燥剤、封着材から構成され、その構造は約40年前から変わっていないという。 「アルミニウムスペーサーを用いている限り、断熱性の向上には限界があります。形状が同じで熱を伝えにくい樹脂製のスペーサーもありますが、やはり加工しやすいアルミニウム製が最も普及しています」(菊地氏)。


脱アルミニウムの動機は、断熱性の問題だけではない。製造工程の自動化も、悲願だった。「従来の複層ガラスの製造は、スペーサーの組み立てやガラスへの貼り付け、封着材の仕上げなど、作業者による工程が多く、また窓は一品一様のガラス寸法のため、自動化は困難でした」(菊地氏)。

建築ガラス アジアカンパニー 技術・製造統括部 商品開発グループ 建築加工技術チーム マネージャー 菊地 哲氏

建築ガラス アジアカンパニー 技術・製造統括部 商品開発グループ 建築加工技術チーム マネージャー 菊地 哲氏

断熱性の向上と自動化。この2つの願いを実現しようと、AGCでは試行錯誤を重ね、ようやく商品化できたのが、「サーモクライン®」なのである。


成功の決め手は、材料と設備の進化という。材料とは、ガラスに接着する封着材だ。「封着材は高温で射出する際には十分に軟らかく、常温でガラスに接着した後は十分に硬くなければいけない。材料開発にはその両立が求められました」(菊地氏)。


設備とは、製造工程での自動化の導入である。「製品ごとに異なる窓のサイズに合わせて、精度よく製作する方法にたどり着くまでに苦労しました」(菊地氏)。


「建物のライフサイクルを通じてCOの排出削減に貢献するアイテムとして、『サーモクライン®』が市場に受け入れられる手応えは、すでに感じています」。ウォリス氏は笑顔を見せる。AGCでは今後、日本全国に供給できる体制をつくっていく方針だ。


省エネ性能の向上が求められているのは、新築建物ばかりではない。膨大な数の既存建物も忘れてはならない。その省エネ性能を引き上げるためには、窓をどう改修すればいいのか。AGCではそこにも、Low-Eガラスを積極活用する。


主にビル用途として展開する、現場施工型後付けLow-Eガラス「アトッチ®」がその一例だ。これは、窓ガラスの内側に後付けするLow-Eガラス。厚さ12ミリの中空層を設ける形で既存のガラス面に後付けするため、Low-E複層ガラスと同等の断熱性を確保できる。

図3 これまで困難だったFIX(はめ殺し式)窓ガラスの複層ガラス化を、短工期で行うことを可能にする「アトッチ®」。断熱性、遮熱性、省エネ性を小さな負担で向上できる

図3 これまで困難だったFIX(はめ殺し式)窓ガラスの複層ガラス化を、短工期で行うことを可能にする「アトッチ®」。断熱性、遮熱性、省エネ性を小さな負担で向上できる

最大の特徴は、室内側から施工できる点だ。通常、省エネ性能の向上を図る目的で窓を改修する場合、ビルの周囲に足場を組む必要が生じる。そうすると仮設費が生じ、改修工事の金額は跳ね上がる。しかし「アトッチ®」を現場で後付けするだけなら、足場は不要。工事金額は抑えられる。「導入実績には庁舎やホテルなどが挙げられます。最近は様々な建物用途からの引き合いが増えています」(古賀氏)。


新築の建物でも既存の建物でも今後、ますます利用が広がっていくLow-Eガラス。脱炭素社会では、窓ガラスの主役に躍り出ることになりそうだ。それだけに、Low-Eガラスそのものの性能改善も求められていくことになる。

Low-Eガラスの性能向上へ 工場経験の若手が挑戦する

当面の課題は、省エネ性能は確保しながらも太陽の光はできるだけ取り込めるようにする特殊金属膜の開発である。とりわけ3枚のガラスを用いるトリプルガラスでは、Low-Eガラスを2枚使用するため、太陽の光はどうしても取り込みにくくなる。トリプルガラスの普及を考えると、この課題は避けて通れない。


その開発に挑んでいるのが、建築ガラス アジアカンパニー 技術・製造統括部 商品開発グループ プライマリーチームの上嶋帆奈氏だ。入社3年目。Low-Eガラスの基幹工場である茨城県神栖市の鹿島工場に2年勤務した後、いまの部署に異動してきた。

開発に向けた考え方を上嶋氏はこう整理する。「いまのLow-Eガラスは一般のガラスと組み合わせることを前提に各種性能を最適化しています。そこにLow-Eガラスをもう1枚加え、トリプルガラスとして普及させていくなら、まずその目標性能を設定したうえで、Low-Eガラス単体で実現すべき性能を導き出す必要があります」。


特殊金属膜は細かく見れば、金属の一つである銀の層とその銀を保護する酸化物層を交互に重ね合わせた構造。上嶋氏は「各層の厚さやそのバランス、酸化物層に用いる添加物の種類などによって、Low-Eガラスとしての性能は異なります。それらをどのように組み合わせれば最適な設計になるのか、シミュレーションや実験を通じて見極めていきます」と、自信をのぞかせる。

建築ガラス アジアカンパニー 技術・製造統括部 商品開発グループ プライマリーチーム 上嶋 帆奈氏

建築ガラス アジアカンパニー 技術・製造統括部 商品開発グループ プライマリーチーム 上嶋 帆奈氏

窓ガラスは今後も引き続き、Low-Eガラスを主役に進化を遂げていく。それを可能にするのは、AGCという会社の技術力だ。古賀氏はこう総括する。


「グローバルに事業展開する素材の会社として、化学品をはじめとする各種の技術も持ち合わせています。それらの技術を祖業である建築用ガラスにも活用しながら新しいものを生み出し、今後も競争優位を築いていきます」。

日経クロステック Special 掲載記事

※部署名・肩書は取材当時のものです

この記事で取り上げられている
AGCの技術

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