“長持ち素材”に“再利用”をプラスする、リサイクル体制確立に挑むAGC “長持ち素材”に“再利用”をプラスする、リサイクル体制確立に挑むAGC

Nov.22 2023

“長持ち素材”に“再利用”をプラスする、リサイクル体制確立に挑むAGC

高い耐熱性・耐候性・耐薬品性など数々の優れた特性を備えたプラスチックであるフッ素樹脂は、高付加価値な機器や設備、施設などを作る際のキーマテリアルだ。加えて長期間にわたり優れた特性を維持可能であることから、応用部材の交換頻度を最小限に抑え、環境保全や資源の有効利用に貢献している。そんな“有能すぎる”数々の特長を持つフッ素樹脂だが、長期間使えるが故に、使用後製品の再利用がなかなか進んでいなかった。AGCは持続可能な社会の実現を目指し、フッ素樹脂の優れた特性を損なうことなく、無駄なく再利用できるリサイクルスキームの確立に挑んでいる。

Profile

堀江 百合

堀江 百合

化学品カンパニー フロロポリマーズ事業部
高機能樹脂・ゴム事業グループ 兼 グローバルコンパウンド事業推進グループ マネージャー

藤田 真佑里

藤田 真佑里

化学品カンパニー 基盤技術部 ポリマー商品開発室 樹脂加工グループ

織岡 真理子

織岡 真理子

化学品カンパニー プロセス開発部 合成・重合室 樹脂重合グループ

早川 友希

早川 友希

化学品カンパニー フロロポリマーズ事業部 メルト樹脂事業グループ マネージャー

抜群の耐久性を持つフッ素樹脂、課題は再利用の筋道

優れた素材の活用は、価値ある製品を生み出すために欠かせない。古代の鉄やガラス、紙、近代のプラスチックや半導体など、新たな機能・性能を持つ新素材が開発されるたび、人類の文明・文化は飛躍的な進歩を遂げてきた。


そして現代、進化した生活や産業を支える素材として必要不可欠な存在となっているのが、プラスチックの一種であるフッ素樹脂だ(図1)。高い耐熱性・耐候性・耐薬品性、低摩擦・撥水(はっすい)性/撥油性など、他の樹脂材料よりも優れた数々の特性・機能を生かし、フッ素加工のフライパンのような身近な日用品から、自動車や航空機、産業機器などの部材、建材、農業用部材まで広範な用途に利用されている。樹脂材料には様々な種類があるが、フッ素樹脂はその優れた耐久性から特に過酷な環境で利用される傾向が強く、応用製品の性能や寿命を左右するキーマテリアルとなっている。


機器や設備を構成する部材を作る素材として有能なフッ素樹脂は、産業や技術の発達に伴い、年々その使用量が増加している。特に半導体装置関連の用途において、近年の市場拡大を受けて需要が急増しており、需給はタイトな状況が続いている。


そうした中、加工時の端材や廃材を有効利用したいというニーズが業界関係者の間で顕在化してきている。


フッ素樹脂の優れた特性は、フッ素と炭素の結合が極めて強いことに起因している。ところが、強みであるこの多角的耐久性が、再利用時には焼却や再加工、低分子原料への分解を難しくしている面があった。また、フッ素樹脂は高機能であり、過酷な環境で利用される傾向があるため、リサイクルによる物性低下の抑制が必要である。


これらの要因から、これまで不要になったフッ素樹脂の端材や廃材は、一部が粉体として他の素材と混ぜて再利用される以外は、主に埋め立てによって廃棄されていた。しかし現在は、環境保全や資源の有効利用など、よりサステナブルな視点での対応が、フッ素樹脂にも求められ始めている。

図1 AGCのフッ素樹脂製品ラインアップ、経年劣化が極端に少ないのが特長

図1 AGCのフッ素樹脂製品ラインアップ、経年劣化が極端に少ないのが特長

堀江 百合氏

化学品カンパニー フロロポリマーズ事業部 高機能樹脂・ゴム事業グループ 兼 グローバルコンパウンド事業推進グループ マネージャー 堀江 百合氏

フッ素樹脂は、長期間の使用に耐えられるという点に注目すれば、本来、既に持続可能な社会の実現に貢献しているプラスチックである。例えば、農業用ハウスの被覆用フィルムとして利用する場合、塩化ビニル(PVC)樹脂は経年劣化するため5年程度しか持たない。これに対し、AGCの施設園芸用フッ素樹脂フィルムF-Cleanは、35年の使用実績がある。このため、長期的視点で見ると資源の使用量は少なく、製造時のエネルギー消費も少なく、資源の有効利用などの観点からも環境性能は高いといえる。ただし、加工時の端材や使用後の製品においても、まだ使用できる材料が廃棄物として処理されてしまうところに、AGCはもったいなさを感じていた。

「埋め立てられたフッ素樹脂は安定しており、有害物質による汚染を招くことはありません。しかし環境保護や資源の有効利用を目指すSDGs(持続可能な開発目標)の観点から、フッ素樹脂のリサイクルを望む声が高まっています。こうした声に応えることは、AGCの責務であると考えています」と化学品カンパニー フロロポリマーズ事業部 高機能樹脂・ゴム事業グループマネージャーの堀江百合氏はいう。

素材のリサイクルスキーム確立には回収の仕組みと再利用技術の両方が必要

フッ素樹脂に限らず、素材をリサイクルする体制を整備するには、廃棄する樹脂を市場から回収・分別する仕組みと、回収した樹脂を再利用できる状態に変える技術の両方が必要である。


AGCのような素材メーカーを起点にして、部材を加工するメーカーや応用機器を製造するメーカー、さらには最終製品の消費者へと続くサプライチェーンは既に確立されている。しかし一般的に、逆方向に物資を戻す回収網は十分確立されていない。一度素材メーカーの手元を離れた大量の素材を継続的にリサイクルするためには、加工メーカーからは端材などを、消費者の元からは最終製品に組み込まれている該当部材を回収して素材メーカーに戻す仕組みを新たに構築しなければならない。こうした取り組みは、あたかもサプライチェーンを並行してもう1本つくり上げるような一大事業である。


一方で素材のリサイクルは、大きく分けて2つの方法がある。1つは、回収した樹脂を原料として再利用する「マテリアルリサイクル」。もう1つは、廃棄する樹脂を化学的に分解して新たな素材を作るための原料に変える「ケミカルリサイクル」である。AGCでは、これら2つの方法を適用し、回収したフッ素樹脂を再利用する技術とリサイクルスキームの確立に取り組んでいる。一例として、AGCのフッ素樹脂「Fluon® ETFE」での取り組みを図2に示す。

図2 AGCのフッ素樹脂「Fluon® ETFE」で想定しているリサイクルスキーム

図2 AGCのフッ素樹脂「Fluon® ETFE」で想定しているリサイクルスキーム

マテリアルリサイクルは、ケミカルリサイクルと比較すると技術的には容易に適用できる方法である。ただし、回収時の樹脂と同じ性質を持つ素材の再利用になる点を念頭に置いて適用先を考える必要がある。フッ素樹脂には様々な種類がある。多様な樹脂が混ざった状態で適用すると、再利用する樹脂の特性が大きく変わってしまう可能性があるため、マテリアルリサイクルを実践する際には、フッ素樹脂の種類による分別や異物の混入防止、使用履歴の把握など、適切な管理が必要となる可能性がある。


一方、ケミカルリサイクルでは、樹脂を化学的に分解し原料に戻す技術が必要になる。化学的に安定しているフッ素樹脂を分子レベルで効率的に分解し、価値のある原料を再生するためには高度な技術が求められる。しかし、ケミカルリサイクルによって得られる再生品は、樹脂の品質や特性を比較的安定させやすいことから、マテリアルリサイクルで必要とされるような原料の細かな管理を省くことができる可能性がある。

AGCが加工メーカーのハブにエンドユーザーからの回収も見据える

実は、数ある樹脂の中で、フッ素樹脂はリサイクルに向けた回収が比較的容易な素材だといえる。通常、一般消費者が利用する製品の中の応用部材を効率よく、適切な形で回収することは難しい。しかし、フッ素樹脂は比較的高価な素材であり、加工には特殊な設備が必要になることから、加工メーカーが限定される。トレーサビリティーの確保が容易であり、回収対象の的が絞りやすい。


フッ素樹脂固有の市場環境を利用して、AGCは加工メーカーから出る端材を、用途を絞ってリサイクルする体制の確立を目指している。そして、十分な成果と実績を積み上げたうえで、加工メーカーのその先のエンドユーザーに至るまでスキーム拡大を検討していく。


「一般に、リサイクルの取り組み規模が大きくなるほど、効果と効率は高まります。加工メーカーなどフッ素樹脂のユーザー企業が1社だけで取り組んだのでは、実際のビジネスに適用できないようなコストが発生してしまうでしょう。AGCがハブとなり、期待できる用途において複数社の加工メーカーをカバーする回収網をつくることで、ビジネス化できる仕組みを構築していきます」(堀江氏)

技術的には、まずはマテリアルリサイクルが中心と考えられる。ただし、マテリアルリサイクルの場合、多様なプロセスで使用された製品を原料とするため、バージン原料を使用した製品に対し、品質の均質化などが課題となる。「AGCは長年樹脂の合成に携わり培った知見や技術を生かして、物性の低下を抑制する手法を研究しています。しかし、マテリアルリサイクルでバージン品の物性を100%維持することは難しいため、現実的にはお客様と会話をしながら、マテリアルリサイクル品の使用が可能な場所を探していくことも必要と考えています」と化学品カンパニー 基盤技術部 ポリマー商品開発室 樹脂加工グループの藤田真佑里氏はいう。現在、顧客である加工メーカーにリサイクル品の評価を受けられる段階に移行しつつある。次世代技術と位置付けるケミカルリサイクルを実現する手法に関しても、AGCは基礎研究の成果を積み上げ技術を確立しようとしている。

藤田 真佑里氏

化学品カンパニー 基盤技術部 ポリマー商品開発室 樹脂加工グループ 藤田 真佑里氏

同時に、「回収した樹脂がどのような状態ならばリサイクル可能なのか見極める知見と、リサイクル樹脂をどのような用途で製品として提供できるのか、基礎データを蓄積しています」と化学品カンパニー プロセス開発部 合成・重合室 樹脂重合グループの織岡 真理子氏は話す。


AGCが用意するリサイクルスキームは、実践する加工メーカー側の負担が少なく、しかしながら最大限の効果が期待できるものでなければならない。AGCでは、リサイクルをテーマにした企画展などを開催し、狙いと取り組みを説明。より多くの声を集める活動を行い、リサイクルスキームをブラッシュアップしており、今後、業界一丸となって取り組むフッ素樹脂リサイクルスキームの実現を目指している。

織岡 真理子氏

化学品カンパニー プロセス開発部 合成・重合室 樹脂重合グループ 織岡 真理子氏

リサイクル品は社会の要請に応える高付加価値品、“B級品”にはしない
早川 友希氏

化学品カンパニー フロロポリマーズ事業部 メルト樹脂事業グループ マネージャー 早川 友希氏

「私たちは、リサイクル品を“B級品”だとは思っていません。それを利用して部材を作ったり、応用製品に使ったりすることで、社会の要請に応えられる高付加価値品として販売できるリサイクルスキームを構築したいと考えています」と化学品カンパニー フロロポリマーズ事業部 メルト樹脂事業グループ マネージャーの早川友希氏は述べている。


持続可能な世界を目指す環境対策は、すぐには成果が表れないため、長期的視点から取り組むべきである。つまり、その取り組み自体が持続可能でないと、成果が得られないのだ。フッ素樹脂のリサイクルも同様である。いかに地球に優しいリサイクル品ができたとしても、バージン品と比較して極端に高価であったり、著しく特性が劣ってしまったりするのでは誰も使わない。リサイクルの定着には、持続的に利用し続けられる製品を作る技術と、パートナー企業を含めたサプライチェーン上の企業に過度の負荷をかけない仕組みが必須になる。

「AGCの化学品カンパニーには化学の力を通じて、安全・安心・快適で環境に優しい世の中の創造を目指す『Chemistry for a Blue Planet』というスローガンがあります。現在、フッ素樹脂は、人々の生活を便利にするために多く使われています。そのリサイクルを持続可能なかたちで実現することで、子どもたちに安全・安心・快適な世の中を残してあげたいと願っています」(早川氏)。ゼロの状態からフッ素樹脂のリサイクルスキームをつくり出すという前人未到の仕事に取り組むAGC担当者の士気は高い。

日経クロステック Special 掲載記事

※部署名・肩書は取材当時のものです

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