2000年06月20日製品リリース

WDMアンプ用光ファイバーの開発に成功

 旭硝子株式会社(本社:東京、社長:石津進也)は、新しいガラス素材を用いた、次世代WDM(波長分割多重)光通信用アンプの主要部材である光ファイバーの開発に成功しました。このファイバーの早期商品化を目指し、新規事業育成のための社長プロジェクトとしてマーケティング及び実用化に向けた開発を進めます。

 光ファイバー中の光信号は一定の距離を伝送されると弱まるため、長距離伝送するためには、一定距離毎に光ファイバーアンプと呼ばれる光増幅器が必ず使われます。
 一方、インターネットの爆発的普及による通信容量増大のニーズに応えるために、WDM光通信システムが導入されていますが、オフィスや家庭でのインターネット需要の拡大を背景に、WDMも都市間の長距離通信のみならず、メトロと呼ばれる都市内通信への展開も進みつつあります。
 WDMの普及に伴い、システムに必須の光ファイバーアンプに対しても、高機能すなわち増幅できる光の波長幅(帯域)が広いこと、及びコンパクト化、低コスト化が求められていますが、現在アンプの心臓部に使われている石英ガラスをベースにしたEDF(エルビウムドープファイバー)ではこれらの実現が困難でした。今回開発した新しいガラス素材をベースにしたEDFは、広帯域性とコンパクト性、低コストを併せ持つ画期的な製品です。具体的な特長は以下の通りです。

  1. 広帯域な増幅特性:従来別々のアンプで増幅していたCバンド(波長1530〜1560nm [ナノメートル])とLバンド(同1570〜1600nm)の光信号を一括して増幅することができる。
  2. 従来品に比べ100倍以上の増幅効率:新しいガラス素材は、光信号の増幅機能をもつエルビウムイオンを、既存のファイバー素材に比べて100倍以上の濃度でドープ(微量を添加すること)できるため、従来、数十〜数百mの長さが必要であったEDFの長さを百分の一以下に短かくできる。たとえば、わずか20cmの長さのファイバーで、1530〜1610nmの波長域で10dB以上(10倍以上)の増幅効果が得られる。
  3. コンパクト化、低コスト化が可能:ファイバー長を短くできることによって、アッセンブリーやハンドリング等の簡略化によるシステム全体の低コスト化が期待できる。

 さらに、アンプ内で新開発のファイバーと既存の石英ファイバーと接続する際、最も信頼性があり低い損失で接続できる熱融着法が使える可能性も見いだしています

 上記新開発の光アンプ用ファイバーは、旭硝子が長年蓄積してきた多成分系ガラス材料設計技術をベースにして、京都大学(総合人間学部、花田禎一教授、田部勢津久助手)と共同で開発してきたビスマス系ガラスを素材に用いることで達成されたものです。

 WDM用の市場全体が急成長しているため、各種市場予測の報告も上方修正を重ねている状況ではありますが、光ファイバーアンプの市場は2000年に全世界で1000億円から2000億円の規模になると予測されています。またインターネットの普及にともなうWDMシステムの拡大によって、WDM市場全体及び光ファイバーアンプの成長率は年率15〜30%で伸びると推測されています。
 今後は、新たに発足したプロジェクトチームが中心となり、今般開発しましたWDMアンプ用光ファイバーのサンプルワークを進めながらマーケティングを行うとともに、ガラス組成、ファイバー設計、接続方法、製造方法の最適化、信頼性試験を進め、早期事業化を目指します。

 当社は、昨年6月にまとめた中期経営計画「StoG(シュリンク トゥ グロウ)2001」において、「ガラス・化学をベースとしたベストな素材ソリューション(顧客の課題解決に役立つ素材)をグローバルに提供すること」を企業方針に定めました。この中で、スペシャリティ・マテリアル・ビジネスと名付けた、ライフサイエンス、エネルギー・環境、情報・エレクトロニクス各分野事業での拡大または新規参入を最大のテーマとしており、今回の開発も、ガラス技術の最先端光通信部門への応用として、上記テーマの一環として位置づけています。

以 上

<ご参考>

  1. WDM(Wavelength Division Multiplexing:波長分割多重)通信
    インターネットの爆発的な普及によって、通信容量の増大(ブロードバンド化)が求められており、そのソリューションとして北米を中心にWDM(波長分割多重)光通信システムの実用化が始まっています。この方式は、波長の異なる光信号を同時にファイバー中を伝送させる方式であり、多重化されたチャンネルの数だけ伝送容量を増加させることができます。通信用光ファイバーは、1450〜1650nmの波長域の伝送損失が小さい(0.3dB/km以下)ため、原理的にはこの波長域全体を有効に使うことができます。
    まず、Cバンドと呼ばれる1530〜1560nmの波長域(帯域)の8〜32ch(チャンネル)の多重化が実用化されていますが、さらに伝送容量を増加するために、ch間隔を小さくして(0.8nm →0.4nm)ch数を増やしたり、Lバンド(1570〜1600nm)やSバンド(1530nm以下)と呼ばれる波長域への広帯域化が検討されています。
  2. 光アンプの原理
    光ファイバー中の光信号は100km程度の距離を伝送されると、20dB(百分の一に)減衰します。これをもとの強さに戻すために光ファイバーアンプと呼ばれる光増幅器が使われています。
    光増幅器は、エルビウム(Er)イオンをドープした光ファイバー(EDF:Erbium Doped Fiber)と励起レーザーから構成されており、励起光といわれる強いレーザーと減衰した信号光を同時にEDF中に入れることによって、Erイオンの誘導増幅作用により励起光のエネルギーを利用して信号光を増幅することができます。
    WDM用光ファイバーアンプは、多重化された帯域の信号光を一括して増幅することが可能であり、現在、このEDFとしてはErをドープした石英系のガラスファイバーが実用化されています。

    エルビウムの増幅作用
    エルビウム(Er)イオンをドープしたガラスは、980nmや1480nmの波長の光を吸収することによって1530nm付近で発光します。この発光による誘導放出現象を利用することによって光増幅が可能になります。
    具体的には、EDFに増幅用のレーザー光を注入すると、Erイオンがレーザー光のエネルギーを吸収し、エネルギーの高い状態に一旦励起され、励起された状態から元のエネルギーの低い状態に戻るときに、信号光とほぼ同じの1530nm前後の光を放出します(誘導放出現象)。信号光は、この光のエネルギーをもらって増幅されます。
    Erをドープするホストガラスの組成によって、この発光の強度やスペクトル幅(帯域)が変化します。発光が広帯域であれば、光増幅できる波長域も広帯域になります。

  3. 酸化ビスマス系ガラスの特長・発光が広帯域化する理由
    酸化ビスマス(Bi2O3)系ガラスにErをドープすることによって広帯域な発光が得られます。
    屈折率の高いガラス中にErをドープすることによって発光は広帯域化することが知られていますが、酸化ビスマス系ガラスの屈折率が約2.0と、石英系ガラス(1.5)に比べて非常に高いことが広帯域な増幅特性を有する理由の一つであると考えられます。
  4. ビスマス系ガラスがErを高濃度でドープできる理由
    通常は、ファイバー中のErイオン濃度を高くしていくにつれて発光強度は高くなりますが、ある濃度以上にドープすると、発光強度が逆に低くなってしまう現象が起きます(濃度消光)。この現象はErイオンがガラス中で凝集することによってErイオン間の距離が短くなり、イオン間の相互作用がおきてしまうことが原因と考えられています。ホストガラスの組成によってErイオンの分散性が違うため、濃度消光のレベルが異なります。酸化ビスマス系ガラスの場合、約30,000ppmまでドープしても濃度消光が起こらず、石英系ガラスの約百倍高濃度にドープすることが可能です。