「失敗を認める文化」で人と企業は成長する 平井良典CEO・トラウデン直美氏・小林暢子 特別鼎談 「失敗を認める文化」で人と企業は成長する 平井良典CEO・トラウデン直美氏・小林暢子 特別鼎談

Oct.23 2023

「失敗を認める文化」で人と企業は成長する 平井良典CEO・トラウデン直美氏・小林暢子 特別鼎談

いわゆる「失われた30年」。その背景には「減点主義」による活力の低下があったと言われている。その反省から、イノベーションにつながる新たなチャレンジを奨励する「加点主義」の経営を目指す機運が高まっている。Z世代のトラウデン直美氏、AGCを率いる平井良典氏、企業の人的資本経営を見てきた日経BP 総合研究所の小林暢子が、個人のキャリア形成と人的資本経営に求められる組織のあり方などについて鼎談した。

Profile

トラウデン 直美

トラウデン 直美

モデル・キャスター

平井 良典

平井 良典

AGC 代表取締役 兼 社長執行役員CEO

「減点主義」では、挑戦やイノベーションは生まれない
AGC 代表取締役 兼 社長執行役員CEO 平井 良典氏

AGC 代表取締役 兼 社長執行役員CEO 平井 良典氏

トラウデン氏 最近「人的資本」という言葉をよく聞きます。人が資本になるって、どういう意味でしょうか。


小林 昔から「ヒト・モノ・カネ」が重要な経営資源と言われてきました。売り上げや利益、コストといったおカネや、製品や工場などの建物といったモノに比べ、ヒトは数値化しにくくなかなか資本として扱うことができませんでした。しかし今、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出し、中長期的な企業価値を向上させる経営のあり方が問われています。そこで、「人的資本経営」に注目が集まっています。


トラウデン氏 なるほど。でも、もともと会社は働くヒトで成り立ってきたと思います。なぜ今、注目が集まるようになったのですか。


小林 2つの要素があります。1つ目は投資家からの要請です。企業がサステナブルな成長を遂げる上で、財務指標だけでなく、非財務指標にも注視する必要性が高まっています。今ある人的資本をどう可視化し、開示するかという話です。


2つ目としてより重要なのは、人的資本を厚くするために、人に積極的に投資する必要が高まっているということです。社会の変化が激しい中、従来と同じ製品・サービスを提供しても、売れるとは限らなくなってきました。一方で顧客のニーズを掘り起こし、これまでなかったものを生み出せば、多くの顧客に受け入れられ、大きな市場を切り開く可能性があります。


新たな商品・サービスを形にしていくのは、人の発想や実行力です。社員教育や個の特性を生かした人材配置など、社員の可能性を伸ばし、事業に生かしていくことが人的資本経営の本質だと思います。


トラウデン氏 よく分かりました。社員に期待し、能力を生かせる場を提供されようとしているのですね。


働く側は「自分に合った会社を見つけたい」という気持ちが強いです。会社側も「選ばれる会社でありたい」と思っていると思います。AGCさんでは、一人ひとりの社員をどのように見ているのでしょうか。


平井氏 「人が会社の部品であってはならない」と考えています。社員一人ひとりに成長の機会が与えられ、成長を実感できているかどうかが大切です。当社は「人財のAGC」を掲げており、創業以来、人を大事にする企業文化があります。


会社は人によって成長し、会社の成長が人の成長につながります。この好循環を生み出すことが「人財のAGC」の狙いです。


トラウデン氏 同世代の友達に聞くと、「長期的な成長も大事だけれど、自分のスキルを今すぐに高められるような場所で働きたい」という人が増えています。


平井氏 成長においては長期的な視点と、短期的な視点のバランスが重要です。長期的な視点を持たずに、短期的な突進力だけで即戦力になるべく自分を磨いてもうまくいきません。若い人にはその両方を意識してほしいですね。


小林 AGCでは若手のうちから社員を抜てきし、成長のチャンスを与える風土があるとお聞きしました。


平井氏 若手社員のチャレンジを促進すべく、組織の仕組みとして抜てきを奨励しています。私自身も30代で米国のベンチャー企業との協業を丸ごと任されました。


トラウデン氏 すごいですね。でも、失敗が怖くてなかなか挑戦できない人もいます。たとえ失敗しても、チャレンジする方が成長できるのでしょうか。


平井氏 はい。チャレンジは学びにつながります。バブル崩壊後、日本は30年も低迷しました。その大きな原因は、高度経済成長時代の古いやり方を踏襲したことにあると私は思っています。その際たるものが「減点主義」です。


チャレンジを奨励するには、失敗を認める必要があります。もちろん、いいかげんなチャレンジは評価できませんが、本気で挑戦して失敗したならプラスに評価すべきです。挑戦を重ねるほど、成功の可能性が高まるからです。


トラウデン氏 失敗を認めてくれる会社なら、安心感もあってチャレンジしやすいですね。確かに、失敗から学べることは多いと思います。チャレンジを奨励すれば、会社の財産にもなるということですか。


平井氏 その通りです。私が若い頃に任されたベンチャー企業との協業は、結果として失敗してしまいました。しかし、その経験から多くのことを学ぶことができました。日本とシリコンバレーでの仕事のやり方やイノベーションについての考え方の違いに触れることや、経営者の視点でものを見る経験が今も生きています。若いうちに失敗を経験しておくことは重要です。

風通しの良い組織で、本人の希望に沿った成長機会を提供

小林 1つの企業でできる経験には、限界があります。経営者からは「新たな学びを得るために、他社で武者修行する制度なども作りたい」という声も聞きます。


平井氏 日本の社会は、モノカルチャー化しやすい側面があると感じています。例えば大学教育でも、最初から専門教育に入る学校が多いです。専門教育に入る前に、リベラル・アーツを身に付けさせるべきでしょう。専門教育の延長線上で就職し、1つの組織で長く働き続けてしまうと、広がりのない人材になりやすいです。社内ではリベラル・アーツは大事だと何度も説いています。


仕事の経験を広げるために、AGCでは社内カンパニー制を導入しています。他社へ転職しなくても、社内で異動するだけで、かなり違う世界を経験できます。本人が手を挙げる場合もあれば、組織が公募する場合もあります。スキルや学びの幅を広げる機会がたくさんある形です。


最近始めたのは「社内副業制度」です。就業時間の中で、副業として他部署の業務を体験できます。また、アカデミアとの産学連携や、ベンチャー企業とのオープンイノベーションも進めています。AGCは売り上げの7割が海外なので、海外赴任者も多いです。

AGC 代表取締役 兼 社長執行役員CEO 平井 良典氏

トラウデン氏 自分の中だけでキャリアを考えていると、きっと視野が狭くなってしまうのでしょうね。会社が与えてくれるチャンスをうまく使ったり、人の意見を聞いたりすることも大切だと思います。


平井氏 人の能力を決める要素には、「スキル」「経験」「性格」の3つがあると思っています。性格的に合わない仕事は、いくら頑張ってもつらいですし、成果も出にくいでしょう。本人と会社がよく相談しながら、ベストマッチする場所に身を置くことが重要です。


トラウデン氏 スキルと経験は分かりますが、性格は目に見えないと思います。それを会社はどう把握するのでしょうか。


平井氏 当社の大きな特徴の一つに、「上下の距離が近い」ということがあります。例えば、私のことを「社長」と呼ぶ人はいません。創業以来、「さん」づけで呼ぶ文化が浸透しているのです。経営トップと現場の対話を重視しており、私も年に100回以上、国内外の事業所を訪れて現場の方と意見交換をしています。


上下の距離が近ければ、言いたいことも言いやすくなり、風通しが良くなりますよね。本人の希望も、上司に伝えやすくなるでしょう。そうした中で、徐々にお互いの性格や考えを理解していけると思います。


小林 上司と部下がお互いの性格や考えを分かり合えることは、本人にも会社にとってもよいことですね。適材適所の人材活用も、より有利に展開できると思います。本人の希望や適性を理解した上で、どのように人を活用していこうとお考えですか。

トラウデン

トラウデン 直美 氏

平井氏 日本には真面目できちんと仕事をする人が多く、既存事業をうまく回せる人が大勢います。しかし、それだけだと事業は陳腐化していきます。既存事業を強化する一方で、新たな事業を創出しなければなりません。そちらでは、多少不真面目でも既存の価値観にとらわれない、新たな発想が得意な人が向いています。


しかしこの30年、日本企業の多くは既存事業を磨くことばかり考えてきました。その結果、価格競争に陥り、人件費をコストと考えるようになったのです。しかし、これは企業の成長とは真逆の発想です。なぜなら、付加価値を生み出す主体は人だからです。人に投資しなければ、企業価値は向上しません。


トラウデン氏 価格競争で人件費まで削ると、消耗戦になってしまいますね。良い人材を採用したい場合、賃金は一番分かりやすいものだと思います。


平井氏 当社は昨年から2年連続で賃上げしています。これは、物価上昇だけを理由に行っているわけではありません。製品やサービスの価値を上げたいから、人に投資しているのです。投資とリターン、どちらが先かといえば、もちろん投資です。「もうかったから払う」のではなく、もうけたいからこそ先に投資するのです。

個人の成長を会社の成長につなげるために

小林 人的資本経営が注目され、企業に非財務情報の開示を求める動きも加速しています。AGCの経営にもその影響はありますか。


平井氏 あります。投資家への説明義務もそうですし、優秀な人に来てもらうには、「人財のAGC」としての取り組みを積極的にアピールしていく必要があります。魅力的な会社であることを示すことは、今日の経営者に課せられた使命です。


トラウデン氏 魅力的な会社であることを示すために、何を発信していくお考えですか。


平井氏 会社の長期的なビジョンを明確に打ち出すことが必要です。先に会社の方向性を明示した上で、「あなたは将来、どうなりたいですか」と問いかけるわけです。


小林 トラウデンさんは、ご自身のキャリアをどうお考えですか。


トラウデン氏 最近思うのは、「インプットとアウトプットのバランス」です。アウトプットだけだと自分の中で材料が減ってしまいますし、インプットばかりでも頭でっかちになって現実が見えなくなってしまいます。


そのバランスを取るために、新たなスキルや学びは大切です。でも、それにはおカネと時間がかかるので、そのチャンスが会社から提供されるのはすごくよいと思います。


平井氏 学びを個人の責任だけに任せることはできません。当社は海外留学も支援し、データサイエンティストも社内で育成するなど、給与をもらいながら学べる環境を提供しています。個人の成長を会社の成長につなげるため、努力している真っ最中です。


小林 社員のチャレンジを情報として発信したり、共有したりするような活動もされているのでしょうか。


平井氏 AGCでは既存の組織体制だけでなく、アンオフィシャルなネットワーク活動が盛んです。当社ではCNA(Cross-divisional Network Activity)活動と呼んでいます。ガラスの成形技術、データサイエンス、営業マーケティングなどのスキルに基づき、会社の組織とは異なる「横のつながり」を作る仕組みです。現在、41のスキルカテゴリーに計約6000人の従業員が登録しており、外部講師を招いた勉強会や視察などの自主活動を通じて成功や失敗の事例を共有したり、知りたいことを気軽に聞けたりする場として機能しています。


「認知」と「称賛」をAGCではとても大事にしています。要はお互いを知り、褒めるということです。CEOが社員に表彰を行う「CEOアワード」という取り組みもあります。これも何かを一生懸命やった人がその内容を発表し、ほかの人から褒めてもらえる場づくりです。この取り組みはまさに、「一石三鳥」です。「成功や失敗の共有」が進み、「人的ネットワーク」が広がり、褒められることで「モチベーションアップ」につながるからです。


トラウデン氏 とてもワクワクします(笑)。褒められることで自信がつくし、ほかの人への刺激にもなりますね。夢がたくさんあればあるほど、実現できる未来も広がります。チャレンジすれば失敗も増えると思いますが、そこから生み出されるものは大きいですね。


平井氏 当社のブランドステートメントは「Your Dreams, Our Challenge」です。社会やお客様が実現したい夢を、一緒に実現していくという決意です。


トラウデン氏 「Your Dreams」と、Dreamが複数形になっているところがステキ。まさに、夢がたくさんあることを示しています。AGCさんは人と会社がお互いに成長できる好循環を作ろうと努力されていることが分かりました。

左からAGC平井良典CEO、トラウデン直美氏、日経BP 総合研究所 小林暢子

左からAGC平井良典CEO、トラウデン直美氏、日経BP 総合研究所 小林暢子

日経ビジネス電子版 Special 掲載記事

※部署名・肩書は取材当時のものです

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