若手中心に全社の待遇向上を決意  「人財のAGC」の人事戦略に迫る 若手中心に全社の待遇向上を決意  「人財のAGC」の人事戦略に迫る

Oct.17 2022

若手中心に全社の待遇向上を決意 「人財のAGC」の人事戦略に迫る

2018年、100年以上の歴史を持つ社名「旭硝子」を「AGC」へ変更した。その背景には、同社がガラスメーカーから素材メーカーへの転身を図っていたことにある。それから4年、新社名は浸透し、ガラス・化学素材を軸とするコア事業を強化しながら、モビリティやエレクトロニクス、ライフサイエンスといった新たな戦略事業をけん引している。人事面では、本年7月から若手総合職を中心に給与を大幅に引き上げるなど、全社員の待遇改善を進める大胆な施策が話題を呼んでいる。AGC株式会社の人財戦略について、キャスターの榎戸教子氏が常務執行役員人事部長の小林純一氏に聞く。

Profile

榎戸 教子(えのきど のりこ)

榎戸 教子(えのきど のりこ)

キャスター

さくらんぼテレビ、テレビ大阪のアナウンサーを経て経済キャスターに。2022年3月まで経済ニュース番組 BSテレ東「日経ニュース プラス9」のメインキャスターを務めていた他、「NIKKEI日曜サロン」やラジオNIKKEI「ソウミラ」に出演。2014年にアナウンサー事務所PICANTEを設立。就職支援、スピーチ指導、コミュニケーションに関するセミナーの講師なども務めている。

小林 純一

小林 純一

AGC株式会社 常務執行役員 人事部長

「AGC」へ社名変更 「両利きの経営」の実践
キャスター 榎戸 教子氏

キャスター 榎戸 教子氏

榎戸氏 2018年に「旭硝子」から「AGC」に社名変更されました。どのような背景や事業環境の変化があったのでしょうか。


小林氏 旭硝子という社名は1907年の創業以来のなじみ深いもので、お客様に広く浸透し、従業員にとっても重要なものでした。しかし、どうしても「ガラスの会社」というイメージが強いです。多彩な素材技術を生かして社会に貢献したいという当社の理念や事業の実態に合わなくなっていました。グループ会社の社名は2007年以降、AGCというブランドに統一していたこともあり、創業110周年のタイミングで社名変更を決断しました。

榎戸氏 AGCというブランドは、期待通りに浸透していますか。


小林氏 社名変更後、俳優の高橋一生さんや広瀬すずさんを起用したテレビ広告を大きく展開して認知を図っています。AGCという社名はかなり浸透してきたように感じていますが、AGCが何をしている会社かというところまで理解していただくのは、まだこれからかもしれませんね。

2010年代後半から、当社の事業ポートフォリオはかなり広がっています。長期安定的な収益基盤として、建築用や自動車用などのガラス製品、化学品、ディスプレイやセラミックスといったコア事業があります。その一方で、高収益・高成長が見込めるモビリティやエレクトロニクス、ライフサイエンスを戦略事業と位置づけ、積極的にM&Aや設備投資を行っています。いわゆる「両利きの経営」と呼ばれる戦略であり、ここ数年はそれをさらに加速してきました。

AGC株式会社 常務執行役員 人事部長 小林 純一氏

AGC株式会社 常務執行役員 人事部長 小林 純一氏

これまでの投資が功を奏し、戦略事業は当初想定以上のスピードで成長しています。当社の事業ポートフォリオの面でもバランスが取れてきました。あのタイミングで旭硝子からAGCに社名変更したのは正解だったと感じています。

社長でも「さん」づけで 風通しの良さが伝統

榎戸氏 AGCの企業文化や風土には、どのような特徴があるのでしょうか。


小林氏 創業者の岩崎俊彌が語った創業の精神に「易きになじまず、難きにつく」があります。困難から逃げず、挑戦していこうという姿勢が当社のバックボーンです。もう1つ挙げるなら、当社の特徴として「風通しの良さ」があります。例えば役職にかかわらず、相手がたとえ社長であっても「さん」づけで呼ぶのが当社の伝統です。上下左右の人間関係が近く、親しみやすい組織だとよくいわれます。


榎戸氏 フラットな人間関係を目指したいという話はよく聞きますが、文化として実践されている企業は多くないと思います。


小林氏 そうですね。これは規則ではなく、ごく自然なカルチャーです。入社当時から周囲が「さん」づけで呼んでいたので、私も自然にそうなりました。


また、若い時期から責任ある仕事を任せていくのも当社の社風です。例えば私の場合は、入社2年目に1年間ほどシンガポールで工場建設の現場を経験し、20代後半には4年ほどオランダに駐在しました。新しくできた海外子会社の立ち上げを手伝い、最初に事務所を借りるところから、人を雇ったり、経理業務や当局対応など、幅広い経験をさせてもらいました。


30代半ばには、海外のM&Aのプロジェクトに携わりました。当時の事業責任者の下、法務担当として全体の交渉、プロジェクトの推進、コーディネートなどを任され、フィナンシャルアドバイザーや弁護士、会計士、環境コンサルタントの方々など、総勢40人ほどの専門家を起用して進めました。法務部門からも事業責任者からも、重要な仕事を任せてもらいました。大変でしたが、大きな成長を感じたものです。私に限らず、みな若い時期から同じように責任ある仕事を任されています。こうした経験が高い視座を持つ人財の育成につながっていて、AGC独自の社風になっていると感じています。

「人財のAGC」の実現に向け 若手総合職を中心に待遇改善
キャスター 榎戸 教子氏

榎戸氏 「人財のAGC」を掲げています。いきさつや思いについて教えてください。


小林氏 「人財のAGC」は、現CEOの平井が就任した際に掲げました。先代社長の島村は「人財で勝つ」といい、さらにその先代の石村は「人は力なり」といっています。実は、創業者の岩崎も「人を信ずる心が人を動かす」といっており、人を大事にする経営は創業以来の伝統といえるでしょう。

榎戸氏 2023年春入社から新卒総合職の初任給を13%引き上げるとのこと。初任給で3万円以上の上げ幅は業界でもかなり珍しいと聞いています。

小林氏 若手総合職を中心に給与を引き上げました。最近の若い世代は、価値観の多様化が進む一方、キャリア意識も高まっています。会社と学生がお互いを選び、選ばれる関係が定着しつつあります。


学生から見た会社の魅力の中には、成長性や安定性、自身の成長の機会やキャリア目標との関連など、様々な要素があると思いますが、報酬も間違いなく重要な要素でしょう。今回の引き上げにより、業界ではトップレベルの報酬水準になります。

AGC株式会社 常務執行役員 人事部長 小林 純一氏

もちろん若手だけでなく、全社員の給与をベースアップという形で今回引き上げています。採用競争力を強化するだけでなく、人財のリテンションも重要です。また、当社で成長し、長く活躍してもらうための環境整備にも注力しています。


広範な研修プログラムを用意しているだけでなく、例えば社外で学びたいことを自由に学べる「学びポイント」という制度では、年間12万円を支援しています。入社後に大学の博士課程や海外のビジネススクールなどで学ぶことができる制度もあります。かくいう私も、会社の留学制度で米国のロースクールに留学する機会を得ました。


榎戸氏 私も先日、特別講義で武蔵野大学を訪れた際に学生と対話しました。最近は、海外へ行きたいと考える学生が増えています。海外での仕事を体験し、ものごとを国際スタンダードで考えられる人財になりたいといった機運が高まっているように感じました。自身が成長できる文化や制度がある企業は、学生にも非常に魅力的に映ると思います。

ジョブ型とメンバーシップ型 双方の良い点を生かす

榎戸氏 コロナ禍を機に、働き方に対する価値観が大きく変化しています。この変化に対応するため、どのような取り組みをされていますか。


小林氏 当社には以前から在宅勤務の仕組みがありましたが、それほど使われていませんでした。これがコロナ禍で一気に進み、現在、本社部門では出勤者は多くても3割程度。緊急事態宣言の出ていた時は1割以下という日もありました。


こうした中、キャリアに対する考え方が多様化し始めており、会社としても多様性に向き合える仕組みを構築していかなければならないと痛感しています。国内外の拠点を経験し、多様な仕事や人と触れることで仕事の幅を広げ、自身の成長につなげていく。そのようにキャリア形成を図っていくことには、引き続き重要な意味があり、今後も変わらないでしょう。一方で、共働きや育児、介護といった理由で転勤が難しい人も増えています。また生産現場のオペレーションなどテレワークが難しい人も大勢います。


これまでのように、面談等で各人が置かれている状況や意向を確認しつつ、異動や転勤に関する配慮やテレワークの拡大、生産現場における勤務体制の見直し等、勤務に関する環境整備を優先的に進めることにより、従業員一人ひとりが活躍できる環境づくりをしていきたいと考えています。


榎戸氏 様々な職種を経験するゼネラリスト型の人財育成は、日本企業の強みの1つだと思います。一方、ジョブ型を取り入れてスペシャリストの育成に向かう企業も増えています。御社はどのようなお考えでしょうか。


小林氏 現状をいうと、ハイブリッドですね。管理職になる前の若手社員の育成は、メンバーシップ型の色彩が濃いです。幅広く経験を積んで成長し、自身のキャリアを育ててもらう形です。これに対し、管理職になってくると、ジョブ型の要素が強くなってきます。ラインのリーダーのポジションもあれば、それまで培ってきた専門性を発揮してもらうポジションもあります。ポジションに対して適切な人財を充てていくイメージです。


ただ、ジョブ型だから、メンバーシップ型だから、ということではなく、個々の人財のキャリアの目標や適性を踏まえて、育成、配置活用していくことが求められていると考えています。


研究や開発、生産の現場で専門性を磨き、その道一筋で、当社の競争力を支えるようなスペシャリストになってもらう人財も必要ですし、その一方で、経営を担うことが期待される人財の場合、海外でのマネジメント経験に加え、複数の事業分野での経験が求められます。

挑戦意欲のある人 女性が活躍できる企業に

榎戸氏 今後、人事部長としてAGCをどのような会社にしていきたいとお考えですか。


小林氏 当社はブランドステートメントとして“Your Dreams, Our Challenge”を掲げています。社会の変化が激しく、先行きが不透明で将来予測が困難な、いわゆる“VUCA”の時代に、自分自身でしっかり考えて、意見して、行動して、挑戦する。そういう意欲のある人たちの力を借りて、「豊かな社会にしたい」という人々の夢を実現する会社にしたいですね。


また、ダイバーシティも非常に重要なテーマになっていきます。イノベーションを起こしていく上で、多様性は必要です。例えば、女性社員の発想から紫外線をカットする自動車用ガラスの大ヒット商品が生まれました。加えて、労働力人口は年々減少しており、これまでのような男性中心のオペレーションでは会社が回らなくなります。今後は生産現場でも女性を増やしていきたいと考えています。機械系や電気系の専門性を持つ女性は特に少ないので、一朝一夕にはいきませんが。意欲的で多様性に富んだ組織を目指し、「人財のAGC」を実現していきます。

日経ビジネス電子版 Special 掲載記事

※部署名・肩書は取材当時のものです

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