AGCはイノベーションを喚起する 新たな研究開発体制と次の一手とは AGCはイノベーションを喚起する 新たな研究開発体制と次の一手とは

Dec.08 2021

AGCはイノベーションを喚起する 新たな研究開発体制と次の一手とは

ビジネス環境の変化が加速を続ける中、研究開発の効率化とスピードアップが重要なテーマとなっている。今年、AGCは主に「材料」「機能」を担当する材料融合研究所、「プロセス」「共通基盤技術」を担当する先端基盤研究所、「生産技術」「共通基盤技術」を担当する生産技術部の3開発部門を横浜市の新たな研究施設に統合した。アカデミアや顧客とのオープンイノベーションを喚起し、研究開発を加速する施策を次々に打ち出している。AGCの研究開発体制や今後の研究テーマ、デジタルトランスフォーメーション(DX)の方向性などについて、取締役 兼 常務執行役員 CTO 技術本部長の倉田英之氏に日経BP総合研究所クリーンテックラボ所長の大石基之が聞いた。

Profile

倉田 英之(くらた ひでゆき)

倉田 英之(くらた ひでゆき)

AGC株式会社 取締役 兼 常務執行役員 CTO 技術本部長

1987年旭硝子(現AGC)入社。化学品カンパニー新事業推進部長、米国グループ会社社長、 AGC化学品カンパニーの戦略企画室長などを経て、2019年1月に常務執行役員技術本部長。 2021年1月より現職。

大石 基之

大石 基之

日経BP 総合研究所 クリーンテックラボ所長

「材料」「機能」「生産」の3技術 融合でイノベーション起こす

大石 AGCといえば「両利きの経営」の実践企業として知られています。両利きの経営における技術開発やCTOの役割について、どのようにお考えでしょうか。


倉田氏 両利きの経営の基本は、コア事業と戦略事業が両輪となり、事業ポートフォリオの見直しを効果的に展開していくことです。この2つの柱に人と技術のリソースをどう振り分けていくか。その戦略作りが、CTOの重要な役割の1つと考えます。ターゲットを短期、中期、長期に分け、ある程度メリハリをつけて人の布陣や開発テーマをコントロールしています。


当社が得意とする基本技術は3つあります。コアとなる「材料技術」。そこに機能を付加する「機能設計」、それを実現する「生産技術」。この3つが互いに相乗効果を得ることで、イノベーションが生まれると考えます。

AGCが得意とする基本技術3つと、その土台となる共通基盤技術

AGCが得意とする基本技術3つと、その土台となる共通基盤技術

大石 材料、機能、生産の3技術が相乗効果を発揮するには、どのような体制や仕組みが必要でしょうか。


倉田氏 「AGC横浜テクニカルセンター(以下、YTC)」を作った目的は、まさにそこにあります。3つの技術開発を横浜の地に結集させ、三位一体となることで開発スピードを加速します。


大石 なぜいま、その決断をされたのでしょうか。


倉田氏 1つの要因は、ビジネス環境の変化が速くなり、スピード感のある開発が求められていることです。開発スピードを上げるには、拠点を集中させて物理的な距離を縮め、わずかな壁をも取り払う必要があります。

AGC株式会社 取締役 兼 常務執行役員 CTO 技術本部長 倉田 英之氏

AGC株式会社 取締役 兼 常務執行役員 CTO 技術本部長 倉田 英之氏

もう1つは、お客様とのコミュニケーションを活発化させて、イノベーションを起こしやすい環境を作るためです。材料、機能、生産の3分野の開発者が同じ場所にいて、お客様と密にコミュニケーションできる空間が必要です。それが、協創空間「AO(AGC OPEN SQUARE)」です。お客様と一緒にイメージを膨らませ、アイデアをすぐにプロトタイプ化します。実物を見て触りながら、お客様と一緒に議論できる環境を整備しました。

日経BP 総合研究所 クリーンテックラボ所長 大石 基之

日経BP 総合研究所 クリーンテックラボ所長 大石 基之

大石 これからの時代、大企業といえども1社では技術開発が間に合わず、いわゆるオープンイノベーションが必要と言われています。まさにそれを実現する場所ですね。


倉田氏 はい。例えば、当社では3つの大学と大型連携を進めています。その特徴は「従来ありがちだった個人対個人、ではなく組織対組織、すなわち面でつき合っていく」ということです。東京大学と進めているのは、当社のコア技術であるフッ素化学やガラスの技術。東京工業大学とは、複合素材であるマルチマテリアルと複合技術。名古屋大学とは、モビリティやライフサイエンスを意識したアプリケーションを共同開発しています。

ユニークな試みとしては、YTCに「技術ソムリエ」と呼ばれる人たちを置いています。豊富な知識と経験を有するベテラン技術者が、様々なミーティングに参加します。お客様や研究者の悩みを聞き、「この技術を組み合わせるとよい」とか「あの部署にこんな技術がある」など、技術をブレンドしたり、新たなプロジェクトを作ったりするためのアイデアを提供します。イノベーションを起こす起爆剤のような存在であり、当社のオープンイノベーションを支える重要な存在と考えています。

短期、中期、長期の研究開発をグローバルに展開

大石 YTCと世界各地にある研究所は、どのように協業しているのでしょうか。


倉田氏 当社の研究所には、よりアプリケーションに近い事業部ベースの研究所と、基礎研究を中心とするコーポレートの研究所があります。基本的には開発期間で分けており、3~5年でモノになる短期や中期の研究開発は事業部、5~10年以上の長期的なテーマをコーポレートが担当します。研究費の約6割は事業部の研究所に投資しています。両者のバランスと協力体制が重要になるので、人の行き来は頻繁に行うようにしています。


研究者には、大きく2つのタイプがあります。自分の専門性をとことん追求したいタイプと、自身の能力を生かして新事業を起こしたいタイプです。前者は社会人ドクターを目指してもらったり、海外の大学や研究所へ赴任してもらったりしています。後者にはプロジェクト制度を用意し、モノになる可能性があればすぐにでもプロジェクト化して予算をつけます。


大石 研究開発に必要な人財は、どのように確保されているのでしょうか。


倉田氏 近年はキャリア採用にも力を入れています。入社してすぐに実力を発揮してもらえるよう、様々な仕組みを用意しています。例えば、CNA(Cross divisional Network Activity)です。近い専門性を持つ人たちの自主的なコミュニティで、技術だけでなく、財務や法務、物流など多岐にわたります。150~200人規模のグループがいくつもあり、分からないことを相談したり教え合ったりすることで、組織に溶け込みやすくする狙いがあります。また、「Beatrust(ビートラスト)」というオンラインコミュニケーションにより、所属部署や専門の垣根を越えた「緩いつながり」を醸成しています。


また当社は戦略事業を伸ばすため、主要なポイントでM&Aを活用してきました。当社にない技術や人財、設備などをM&Aによって導入し、スピード感のある成長を志向しています。

戦略事業と今後の技術開発に「環境」と「DX」は不可欠

大石 戦略事業として「エレクトロニクス」「モビリティ」「ライフサイエンス」の3分野を挙げています。研究開発体制の面から見て、各戦略事業はどのような特徴を持っているのでしょうか。


倉田氏 まずエレクトロニクス事業については、コア技術であるガラス、化学、セラミックスをベースに様々な機能を加えることで進化させていきます。例えば、5Gや6Gになると電波が届きにくくなります。従来のように建物に多数のアンテナを立てるのではなく、窓ガラス自体にアンテナの機能を持たせられるなら、大きなイノベーションになりますよね。また、半導体の分野では「EUV(極端紫外線)」に注目しています。半導体回路の超微細加工には、従来にない高機能素材が必要になります。


モビリティ事業で注目すべき変革は、自動車がネットワークでつながっていくことです。こちらでも5Gや6Gの通信が始まります。その先は、自動運転ですね。この流れによって自動車の内装部品は大きく変化し、あらゆるものがディスプレイ化していきます。複雑な形状への対応も含め、内装用の新たな高機能ガラスが求められます。また、燃料電池の需要も増えており、その素材となる電解質ポリマーの開発も急がねばなりません。


ライフサイエンスの分野は、ケミカル合成とバイオテクノロジーという2つの技術を用いています。ケミカル合成では、フッ素合成技術を中心に最先端の医薬や農薬を開発しています。バイオテクノロジーについては、30年ほど前から微生物の研究を続けてきました。しかし近年、そのトレンドが抗体医薬や遺伝子、細胞による治療などへと変化しています。この技術は、遺伝子治療はイタリア、抗体医薬は米国といった具合に、個々の技術に強い海外拠点を中心に開発を進めています。YTCでも、さらにその先を見据えた研究開発を進めます。

大石 今後の研究開発において、御社が重視していくテーマには何がありますか。


倉田氏 主に3つあります。1つ目のテーマは「両利き経営のさらなる強化」であり、戦略事業の成長の加速が重要になっていくと思います。2つ目は「サステナビリティ」です。温暖化ガス(GHG)の削減技術、環境・エネルギー分野を中心に環境負荷を下げる機能商品の創出に当社の技術が生かせると考えます。


3つ目が「DX」です。様々な活用が考えられます。一例を挙げると、当社の得意な技術の1つである、シミュレーション技術による、リアルとバーチャルの融合です。例えば、建築物の窓ガラスの見栄えを仮想現実(VR・MR)で表現します。ガラスの種類や機能を変えると、見栄えはどう変わるか、その場でお客様に見ていただき、選択されたガラスのデータを工場に送ると翌日にはサンプルができ、ご確認いただけます。数カ月かかっていた検討期間も1~2週間になり、工期短縮に貢献し、顧客満足度を大いに高めています。


大石 3つとも興味深いテーマですね。グローバルにアンテナを張り、適材適所で研究開発を進める体制がAGCの強さを支えています。また、基礎技術を1カ所に集中させ、オープンイノベーションを喚起するAGCの戦略は、今後の研究開発を語るうえで1つのモデルとなっていくでしょう。

日経ビジネス電子版 Special 掲載記事

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