Nov.15 2024
上意下達型の組織では、今日の環境変化についていけない。ビジネスの現場で自立的に行動できる人財を育成し、組織を変革しようとする企業が増えている。しかし、同質性が強いといわれてきた日本社会で、自立性を育むことは容易ではない。この課題に挑戦し続けてきた元サッカー日本代表監督の岡田武史氏と、AGC株式会社 代表取締役 兼 社長執行役員CEOの平井良典氏が、その神髄を対談で明らかにする。
岡田 武史
FC今治 / 株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長 元サッカー日本代表 監督
1956年大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、古河電気工業サッカー部に入団し、日本代表に選出。引退後は、日本代表監督で2度のW杯指揮、コンサドーレ札幌監督、横浜F・マリノス監督、中国スーパーリーグの杭州緑城監督を歴任。2014年にFC今治オーナー就任。AFC(アジアサッカー連盟)最優秀監督賞、Jリーグ最優秀監督賞、日本サッカー殿堂入りなど受賞歴多数。
平井 良典
AGC 代表取締役社長 兼 執行役員CEO
1987年工学博士(東京大学)。2008年に液晶パネル製造の子会社オプトレックス(当時)の副社長、2011年にAGCの事業開拓室長。2016年CTOを経て2021年1月から現職。京都大学の特任教授として年に数回教壇に立つ。学生時代には物理学者を志していた。福井県出身。
――岡田さんが2019年に上梓された著書『岡田メソッド』が、5年たった今でも話題です。サッカー関係者だけでなく、大企業の経営者によく読まれているとのこと。岡田さんが説く“自立型人財の育成法”が、人的資本経営を支える人財育成の本質に迫っていると、よくいわれます。
岡田氏 サッカーでは、攻守が瞬時に入れ替わります。試合中に作戦タイムは取れないし、監督がサインを出している余裕もない。選手はその場その場で自立的に判断し、行動しなければなりません。そうした選手をどう育てるか。サッカー界の長年の課題となっていました。
あるとき、スペインのコーチから衝撃的な話を聞いたのです。スペインにはサッカーの“型”というものがあると。16歳までにそれをたたき込んで、その後は自由にさせるというのです。日本とは真逆の育成法でした。そこで、日本のサッカーに必要な“型”をつくろうと、3年ほどかけて考えたのが『岡田メソッド』です。
FC今治 / 株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長
元サッカー日本代表 監督 岡田 武史氏
これは、武道でいう“守破離”の概念と一緒です。本当に価値のある自由な発想は、自由な環境からは生まれません。まずは“守”。基本となる師匠の教えを忠実に守り、体に染み込ませます。それができたら、自分で考えて工夫する“破”に進み、最後に独自の境地をつくる“離”に至るわけです。選手がどの段階にあるか見極めて、一人ひとりの個性に合わせて指導者も指導法を変えていく必要があります。
AGC株式会社 代表取締役社長 兼 執行役員CEO 平井 良典氏
平井氏 企業のカルチャーは型と共通するものがあるかもしれませんね。AGCは1907年創業から117年がたちました。世の中で「ほとんどの企業の寿命は30年未満」といわれる中、ここまで続いてきたのはカルチャーの影響が大きいと感じています。素材産業では、研究開発から製品化までに5~10年かかるのは当たり前で、20~30年かかるケースもあります。世の中の競争環境もどんどん変わっていく中で、一番重要なのはカルチャーを共有し、それを回していける人を育てることです。
だから私たちは『人財のAGC』を掲げて、強い“個”――自立し、主体的に学んで成長していく人――を育てることを目指してきました。強い個の育成には時間がかかり、すぐに結果が出る話ではありませんが、世代をまたいでそのカルチャーを引き継いでいくことで、強い個人が育ち、強い組織になっていきます。
私は日本の戦後教育には大きな問題があると感じてきました。1つは、“同質性を求めること”です。皆と同じことをしないと駄目だと教え、同質的な社会をつくろうとしています。もう1つは、“減点法”です。100点満点から減点していくという考え方は、“答えがあること”を前提としています。しかし社会に出れば、答えのない課題の方が多い。自分で問いを立て、答えを見つけていかなければなりません。
岡田氏 おっしゃるように、自分で考え、答えを出せるよう導くことが重要です。今年4月に、FC今治高等学校を開校しました。この高校では生徒に何かあったとき、当校の先生方には3つの質問をしてもらいます。第1の質問は「どうしたの?」です。生徒が何を答えても、先生の考えは言わないようにお願いしています。第2の質問は「君はどうしたいの?」です。ここでも、先生の考えは絶対に言いません。第3の質問が「先生に何か手伝えること、ある?」です。この3つの質問を反復していくと、生徒は次第に「自分はこうしたい」と言い始めます。
自立性を持たせるには、自ら考え、行動させるしかありません。周囲にできるのは、本人が成長するのを助けることだけ。サッカーのコーチたちにも「人を育てるなんておこがましい。育つのを邪魔するな」くらいに言っています。
――失敗から学ぶことも大切ですね。
平井氏 会社は、新しい事業を生み出していかなければ存続できません。新たな挑戦には正解がないので、やってみないと分からない。しかし、日本社会は小さな失敗を責める。失敗を恐れたら、新しいものを生み出せなくなります。
岡田氏 失敗から学ぶのが当然だというカルチャーを、もっと醸成する必要がありますね。
――それには、何が必要でしょうか。
平井氏 1つには、同質性より多様性に価値があることを、身をもって理解してもらう必要があるでしょう。そのために、当社では部署の壁を越えて情報交換や勉強会を行うコミュニティー活動『CNA(Cross-divisional Network Activity)』を進めています。違う部署と交わって、自部署と異なる仕事の仕方や自分とは違う価値観に触れることで、視野が広がる効果があり、多くの社員が参加しています。
社内副業も導入しました。勤務時間の2割を他部署の仕事に充てられる制度です。これも多様な価値観を養う効果があります。
岡田氏 私は男性ばかり20~30人のチームをたくさん作ってきましたが、全員が仲良しになったことは、一度もありません。顔、性格、価値観、考え方、みんな違うのですから。“勝つ”という共通の目的の下で、その違いを理解し合う。好き嫌いを超えてお互いを認め、協働する。それに結果がついてくれば、次第に一体感が生まれます。
「勝つチームには一体感がある」とよくいわれますが、それは結果論です。一体感からつくろうとすると失敗します。一体感が目的化し、多様性が失われてしまうからです。私が日本代表の選手だった頃、合宿の初日に大宴会がありました。酔っぱらって肩を組んで「俺たちは一体だ」なんて騒ぎましたが、全く勝てません。
平井氏 「まず宴会」では、同質性の方へ流されてしまいますからね。個人の特徴を認め、お互いを尊重し合うようにならない限り、本当の一体感は生まれません。
私も30代のときに、米国のシリコンバレーでベンチャー企業と一緒に仕事をする機会がありました。彼らは自由主義な集団だけど、ずぬけて才能があり、日本の同質性の高い社会ではとてもできないような協業ができました。私が人財育成において多様性を重視している背景にはこの経験があります。
岡田氏 多様性のある組織で重要なのが“共通の目的”です。“勝つ”という目的を達成するために、自分はここで何をするべきか。自分の役割を見つけていくことが、互いの違いと価値を認めることにつながります。
平井氏 会社組織でいうと、共通の目的は『パーパス』だと考えています。企業が持続可能なものであるために、何のために存在するのかを常に従業員と共有しています。
岡田氏 よく選手たちに「準備を怠ることは、失敗を準備することになる」と言っています。
大脳には、新皮質と旧皮質があります。新皮質は思考力に優れますが、演算速度が極めて遅い。逆に、旧皮質は演算速度が速く、動物的な瞬発力を備えています。
サッカーの試合は一瞬一瞬が勝負ですから、感覚的に動けないと話になりません。新皮質でやっていたら駄目です。しかし、試合で感覚的に動けるようになるには、練習で新皮質をよく使い、一つひとつの動作の意味を考え、何度も反復して体に刷り込んでおく必要があります。“守”が重要になる理由は、そこにあります。
平井氏 分かります。左脳と右脳の使い分けも重要ですよね。ビジネス界には左脳系の人が多いので、センスやひらめきといった右脳の使い方が鍵になります。特に、新しい製品やサービスを生み出すときは、論理的に考え過ぎると、リスクばかりが目につき、ブレーキを踏む傾向が強まります。
岡田氏 社長も監督も、決断するときは右脳を使う。まさに直感ですよね。論理的に考えていても、永久に答えは出てきませんから。最後は、トップが1人で決断するしかありません。
もちろん、単なる勘では駄目。座禅でいう“無心”に近いような状態から、スッと出てくる直感は、高い確率で当たるように思います。人はそう簡単に無心になれないのですが、それを可能にするのが、いわゆる修羅場体験。“どん底”の経験です。
私にとっての修羅場体験は、1998年のワールドカップ予選で突然、代表監督にされたことでした。それまではコーチだけで、監督の経験はなかった。マスコミに追われ、脅迫電話が止まらない。とんでもない状況で戦っていました。最終予選の前夜、ジョホールバルから妻に電話で「明日負けたら、日本には帰れない」と本気で言ったんです。
それを言った数時間後、自分の中で何かが変わりました。「急に名将にはなれない。持っている力で、命懸けでやるしかない」と、完全に開き直れたのです。怖いものがなくなった瞬間でした。
平井氏 当社にも、経営トップになるための“経験要件”があります。複数事業の経験とか、経営全般を俯瞰する業務の経験、海外での経験などが含まれますが、その中に“修羅場を体験している”という要件があります。
監督も社長も、最後は1人で決断しなければなりません。それは、修羅場を体験した人でなければできない。そのお話には、私も大いに共感します。
ぎりぎりまでロジックを積み重ねていきますが、ロジックだけで判断できないのが経営です。修羅場にあって、答えのない質問に答えなくちゃいけないときに、一生懸命考え抜くことで違う脳が活性化されるのではないかと思います。
――今、リーダーに求められる要素とは、何でしょうか。
平井氏 昔は「黙って俺について来い」というタイプや、社内調整にたけた人が上に立ちました。今は方向性を示し、メンバーの成長を支援するのがリーダーの仕事です。リーダーのタイプを変えない限り、組織でパーパスやビジョンをいくら設定しても、うまくことを進めるのは難しいと思います。
重視しているのが対話です。私たちはこの数年、新規事業と既存事業を両立させる『両利きの経営』を実現させるために、企業カルチャーの変革に取り組んでいますが、単に経営方針を決めても伝わりません。伝えるためには「一緒に取り組もう」という姿勢が必要で、従業員と社長との対話会を年間100回以上やってきました。これを続けることで、だんだんと経営の方針が伝わっていくのです。そうした対話をこれからも大事にしていきます。
岡田氏 監督として、選手との1on1もやりますが、一番大事なことはその選手の存在を認めることだと思っています。例えば練習前のストレッチの時間に、僕がぶらぶらっと歩いて、「おまえ、この前の練習試合でのトラップからのシュート素晴らしかったな。あれ忘れんなよ」と言うと、ぱっと顔が明るくなって「ありがとうございます」と答える。全ての選手を全試合で使うことはできませんが、試合に出さないときも、「おまえを見てるよ、必要としてるよ」ということを伝えるよう心がけています。
「リーダーになりたい」と言う人がリーダーになることは、ほとんどないと思っています。先に強い思いがあって、ワクワクするような夢や目的を語ると、それに人がついて来て、リーダーになる。私利私欲のない夢や目的に向かい、ありのままの自分をさらけ出し、リスクを冒して必死にチャレンジする人に、人はついていくんです。
※部署名・肩書は取材当時のものです