イノベーション企業が成長し続けるために経営者がすべきこと イノベーション企業が成長し続けるために経営者がすべきこと

May.30 2022

イノベーション企業が成長し続けるために経営者がすべきこと

「イノベーションが生まれないのは、日本の研究開発が内向きだから」「人財育成に課題があるのではないか」……。グローバルと日本企業の差を指摘する声もある。イノベーションを生み出し続けるために、日本企業に必要なことは何なのか。
AGCのCTO倉田氏は、「人財の育成と対話がイノベーションを生み出す鍵」だと語っている。また、AppleやGoogleなどのイノベーティブな企業を多数取材してきたジャーナリスト林信行氏は、「日本流のイノベーションが必要」だという。2人の対話から、日本企業が進むべき道を読み解く。

Profile

林 信行

林 信行

ジャーナリスト、コンサルタント

1967年、東京都出身。1990年、米国ヒューストン大学在学中からフリージャーナリストとして活躍、Apple、IBM、MicrosoftやGoogleといった大手の経営陣を頻繁に取材するなど、IT業界が世界にもたらした変革の最前線を30年以上にわたって取材。著書は「スティーブ・ジョブズは何を遺したのか」(日経BP社/2011年)など、多数。AI技術やバイオテクノロジーで世の中が大きく変わろうとしている今、「22世紀に残すべき価値は何か」を基軸にテクノロジーだけでなく、伝統文化や地域産業、現代アートなどの取材も積極的に行っている。

倉田 英之

倉田 英之

AGC株式会社 代表取締役 兼 副社長執行役員

1987年旭硝子(現AGC)入社。旭硝子 化学品カンパニー新事業推進部長、米国グループ会社社長、事業開拓室長、AGC 化学品カンパニーの戦略企画室長、ライフサイエンス事業本部長を経て、2019年1月にAGC 常務執行役員 技術本部長。2021年1月より現職。

自ら課題を設定できるか。日本企業がこえるべき壁

 私はこれまで、国内外さまざまな企業を取材してきました。2010年は3日に1度のペースで製造業、医療、流通、ファッションなど、さまざまな業界や自治体で講演を行いつつ、全国各地のITスタートアップ企業と交流する機会がありました。
その時、関東のスタートアップは、マーケットが大きい分、営業力で数を稼ぐことに重点が置かれているのに対して、関西のスタートアップは、細かく御用聞きをして丁寧な製品を作れるものの、持続力がなく、フェードアウトしてしまう会社が多い印象を持ちました。
そうした違いはあるものの関東も関西も共通していたのは、プロダクトそのものの作りこみや繊細さです。
「海外の人はここまで気が付かない」と思うような心遣いができる。作りこみに長けているけれども、大胆なブレイクスルーが苦手なのが、日本の企業の傾向だと思いますね。


倉田 たしかに、日本企業は「いいものを作れば売れる」という呪縛にかかっていました。
日本国内にはそれなりの規模のマーケットがあるので、自動車などのリーディング産業が引っ張り、他企業は出された課題に対し製品を作りこめば良かったわけです。
しかし、自分たちで課題を見つけ、技術を見直し、革新的な製品にしていくことについては、あまり経験がありません。根本原理まで落とし込んで、技術や機能を再定義していく部分で、海外と差がついてしまいましたね。


 イギリスに本社があるDysonでは、エンジニアの多くが「デザインエンジニア」と呼ばれています。課題を発見して解決策を考えるデザインの力と、それを実現するためのエンジニアリングの力、両方を持っている人財が重要だと考えているからなんです。
私はこのデザインエンジニアを増やすための教育プログラムを世界中の高校生に向けて展開したり、国際的な学生デザインコンペ、James Dyson Awardを主催するDyson財団の日本の理事をし、一時期は審査員もしていました。
毎回、受賞作品は素晴らしく、最終の国際コンペでも受賞するものが多いのですが、受賞圏外の応募作に目を向けると、作りこみは素晴らしいけれど、そもそもの課題設定が小さいと感じることがよくありました。
海外はどうなんだろう?と、他の国での応募を見てみると、社会インフラの改善とかもう少し大きなところに視野が開かれている。日本の学生は、住んでいる世界や見ている範囲が少し狭いのかなと感じることがよくあります。
今の教育環境では、課題を見つけ出し、設定する力を伸ばすのは難しいのかもしれませんね。


倉田 課題を設定し、そこからさらに広げていくこと。非常に重要なことですね。社内では、「技術のタコツボ」になってはいけないとよく言っています。
技術の専門性が高くなるほど、他のことに興味を示さなくなり、閉じこもってしまいがちです。だからこそ、意識的に外の世界とつないでいくことが重要だと思います。 

AGCの協創空間AOでは、1年で100件のお客様の対話が実現

倉田 AGCは昨年、AGC横浜テクニカルセンターに設置した新研究棟内に協創空間「AO(AGC OPEN SQUARE/アオ)」を立ち上げました。

当社だけでは応えられないお客様の要望に対し、自社の技術を磨きつつ、他社が持っている技術を加えてイノベーションを生み出す場です。
2020年11月にオープンしてから1年が経ちますが、コロナ禍でも、100件ほどのお客様にお越しいただきました。7割が企業の方々、3割が官・学などの方々で、多様なお客様と有意義な対話ができました。

 AOは非常に面白い取り組みですね。それから、今春開催された国内自動車メーカー6社の内装デザイナーが集まるJAID(Japan Automotive Interior Designers)とのコラボレーション『8.2秒展』も素晴らしい企画でした。


倉田 ありがとうございます。人は、初めて対面したものに心が動き、好きになるまでに8.2秒かかるそうです。『8.2秒展』は、約2年をかけて、ガラスが介在することで8.2秒の間に起きる物語を発案し、カタチにしたものです。

最初は自動車の内装デザイナーとAGCの研究者とで考え方のプロセスが異なるため、話が噛み合わず大変だったようです。
しかし、対話を深めることで相互理解が進み、デザイナーの自由な発想を研究者が形にすることができました。また、これを通じて研究者の発想も豊かになり、ガラスの新しい可能性も見えてきます。
今すぐに結果が出ることではないですが、このような試みを続けていかなければ、イノベーションは起きないと思います。

林 信行氏

ジャーナリスト、コンサルタント 林 信行氏

 おっしゃるとおりですね。オープンイノベーションの在り方は、企業によってさまざまです。
例えばAppleは、クローズドな会社と思われがちですが、表沙汰にしないだけで、サプライヤーさんやアプリなどを開発するサードパーティーとの協力関係を非常に重視していて、特に重要なパートナーとは非常に密接に協力し、投資も惜しみません。
一方、Googleは常に面白い人を社内に招き入れています。そうした人たちに自社で講演をしてもらったり、その様子を収録して、社内配信の番組で共有したりもしています。
また、最近面白いのはフランスですね。マクロン大統領も肝いりの、駅舎を再開発したStation F(スタシオン・エフ)という巨大スタートアップキャンパス。まさにオープンイノベーションの現場という雰囲気を感じさせます。

1000社以上が入居という数も凄いのですが、そこにAmazonやMicrosoft、Googleといった企業のみならず、めったにこうした協業をしないAppleも入居していたり…。
さらにここがフランス的で面白いのですが、ファッションコングロマリットのLVMHや化粧品メーカーのL’OREAL、スポーツ用品ブランドなども入居しています。
IT企業だけのシリコンバレーなどと比較しても多様性に富んでいます。業界の枠を超えた、より生活者目線のイノベーションはこういうところから生まれてくるのかなと感じさせられます。

伝統は革新の連続。イノベーション企業が成長し続ける理由

 AGCがすごいと思うのは、老舗の大企業なのにチャレンジし続けているところです。デザインの祭典「ミラノサローネ」にも毎年出展していましたよね。
新進気鋭のアーティストに無理難題を突き付けられても、しっかりと形を作り上げ、その中で自社の技術を磨いている。企業のカルチャーとして、チャレンジが根付いているのではないでしょうか。


倉田 そうですね。AGCのチャレンジ精神は、創業当初からのものです。
また、新しいことに挑戦するために、業務のうち10%は普段の業務と別のことをするという「10%ルール」なども設けています。


 Googleにも「20%ルール」がありますね。ちなみに、Appleでは旧本社の壁にスティーブ・ジョブズのこんな言葉が掲げられています。

Appleは、数年おきに大きなプロダクトを作っては、世界にも変革をもたらしていますが、実はAppleという会社自体の体質も変えています。
2001年まではパソコンメーカーだったのが2001年のiPod発表後は音楽業界をリードする会社としての側面を身につけ、2007年のiPhoneからはスマートフォンの会社に生まれ変わり、最近はヘッドホンや時計などのウェアラブル機器で世界をリードしています。
日本の老舗企業ではよく「伝統は革新の連続」という言葉が使われます。AGCのように、実は革新的なことを連続的に仕掛けていくことこそが重要なのではないかと思っています。

倉田 英之氏

AGC株式会社 代表取締役 兼 副社長執行役員 倉田 英之氏

倉田 たしかに、AGCのガラス技術も革新の連続でした。 創業当初は建築用ガラス製造からスタートし、その後自動車が普及し、自動車用の窓ガラスを作るなかで「曲げる」という新たな技術を得ました。
さらに高度経済成長期にはテレビが普及し、それが液晶テレビになり、1人1台スマートフォンを持つ時代になった。
現在は半導体用のフォトマスクブランクスの事業が伸びていますが、ナノレベルの精密さが求められるため「非常にクリーンで平坦な熱を加えても伸びないガラス」が求められています。
これまで培った技術を複合的に組み合わせ、常に新しい市場を作っていく。変化し続けた結果として、今があるのだと思います。

経営者は共感できるストーリーを語り、多様性の場を作る

倉田 AGCが10%ルールを設けるのは、研究者にイキイキと働いてほしいからです。
普段の業務とは異なるテーマを自ら設定しチャレンジすることで、通常では会うことのない方と出会い、視点が広がり、可能性が広がる。そういうチャレンジする仕掛けをいくつも置いて、人が育つ環境を作っています。

林 信行氏

ジャーナリスト、コンサルタント 林 信行氏

 Googleの「20%ルール」もまさにそれが狙いですね。
Google本社では、他に社内の一番人通りが多い場所にオープンな発表スペースが設けられていて、そこで20%ルールや社外の面白い人が講演をしていると、たまたま通りかかった社員が「自分の事業にも関係があるかも……」と寄ってきて、コラボレーションが生まれることがよくあると聞きました。
Appleの新本社もフロア数の少ないドーナツ形の建物ですが、あれもできるだけエレベーターによる垂直移動で人の分断が起こるのを避け、できるだけ水平移動を増やして部署を超えた社員の交流を重視したデザインです。

倉田 我々も、新しい研究所に「人がぶつかる場所」を意識的に作りました。フリーアドレス制で、階段を上がった場所にはフリースペースもあります。ちょっとした雑談の中に、課題や気づきが隠れていますよね。
社内には他にも、2011年から「CNA」という部門を横断したネットワーク活動があります。
例えばDXや人財育成など、テーマに興味を持った社員が自発的に集まり、勉強会や交流会を行っています。オンライン化が進んだことで、グローバルの拠点の方も入り、活発に活動しています。職場内ではあるけれども、社員のサードプレイスになっているわけです。
経営チームとしては、さまざまな仕掛けもしながら、多様性の場を作っていく。社員一人一人がスキルを上げ、成功できるようにしていくことが、イノベーションを生み出すことにつながると思っています。


 そういったことが大事とはよく言われるのですが、ちゃんと実践できている企業は少ないですよね。
ところで、多くの人がイノベーションに挑む昨今、実はもう1つ重要なのが「どのように世の中を変えたいか」のビジョンの提示だと思うんです。
技術やクオリティも大事ですが、同時に「こういうイノベーションがこのように世の中を良くする」というストーリーを提示し、多くの方に共感してもらい、使ってもらう必要があると思っています。

倉田 英之氏

AGC株式会社 代表取締役 兼 副社長執行役員 倉田 英之氏

倉田 経営者は、ストーリーやビジョンを語るのはとても大事ですね。


 そのストーリーテリングがうまくできれば、実は日本は先人たちが築いてきた歴史の蓄積もあり非常にポテンシャルが高いと思っています。
例えば江戸時代の日本人が極めて自然環境にやさしくサステナブルな暮らしをしていたことは海外の有識者の間でも広まっており、それを研究する人も多くいます。
だからそれを追い風にして、サステナブルなテクノロジーで世界に挑むといったやり方もあるのではないでしょうか。

日本が持っている信頼や日本ならではの文化をうまく活用し、ストーリーとして未来への夢を見させてくれる。そんな日本流のイノベーションを実現できれば、世界に対し強い説得力を持てるのではないでしょうか。
AGCは日本の老舗企業であり、最先端の技術を持っていらっしゃるので、期待してしまいますね。


倉田 ありがとうございます。AGCは100年を超える歴史があります。そしてこの先50年、100年と歴史を作っていくためには、我々自身がサステナブルでなければなりません。社会に貢献できる技術を、再定義していく必要があると思います。
また、AGCの創業の精神には「開発成功の鍵は使命感にあり」という言葉があります。当社のような素材企業では、研究成果が出るまでに長い年月と苦労がありますが、使命感を持って研究を続ける人財がいたからこそ、今があるのです。
サステナビリティも、人が使命感を持って取り組むことで実現します。素材の会社として、使命感を持ち、社会に貢献していきたいと思います。

NewsPicks Brand Design 掲載記事

※部署名・肩書は取材当時のものです

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