イノベーターのための素材メーカーへ(後編)「会社が変わるまで続ける」巻き込むチカラを重視した協創空間 イノベーターのための素材メーカーへ(後編)「会社が変わるまで続ける」巻き込むチカラを重視した協創空間

Nov.26 2021

イノベーターのための素材メーカーへ(後編)「会社が変わるまで続ける」巻き込むチカラを重視した協創空間

ガラスをはじめとする素材の世界的大手として活躍するAGCは、2020年11月19日に横浜市鶴見区にある研究開発拠点、AGC横浜テクニカルセンター内に、オープンイノベーションの拠点として「協創空間『AO』(AGC OPENSQUARE)」を開設した。「つなぐ(Connect)」「発想する(Create)」「ためす(Materialize)」をコンセプトに施設を配置した「AO(アオ)」を舞台に、AGCはどのように協創の取り組みを発展させ、自社の競争力強化につなげていくのか。「AO」の企画に携わった社員や「AO」で展開するプロジェクトのリーダーに話を聞いた。

継続こそ人を育て、未来をつなぐ力に

――先ほど「AO」の施設を一通り拝見しました(前編)。2020年に完成した4階建ての研究開発棟の一部ですが、1階から4階にわたる広いスペースを使って、充実した施設を整えている印象を受けました。最近は、競争力強化に向けてオープンイノベーションの拠点を設ける企業が増えていますが、これほどの規模の施設を揃えているところは少ないのではないでしょうか。どのような方針で、「AO」の施設をプランニングしたのですか。

「AO」基本コンセプト(提供:AGC)

「AO」基本コンセプト(提供:AGC)

加藤氏 「AO」全体の基本コンセプトは、「つなぐ」「発想する」「ためす」です。「つなぐ」は、人と人の出会いと、それぞれの思いを共有することを表しています。「発想する」は、新しい事業やサービスにつながる革新的なアイデアを生み出すこと。「ためす」は、革新的なアイデアを検証し、具体的な形にすることです。このコンセプトに基づいて施設のプランニングを進めました。

「AO」のフロア構成(提供:AGC)

「AO」のフロア構成(提供:AGC)

加藤 朱美氏

技術本部企画部 協創推進グループ 協創企画・管理チーム 空間マネージメントユニットリーダー 加藤 朱美氏

先ほどご覧いただいた4種類のスペースは、それぞれが3つのキーワードに対応しています。


例えば、「つなぐ」を実践するための場が、「AO」の1階にある「AO Gallery」と2階にある「AO Park」です。「AO Gallery」は、社外とのコラボレーションの成果を展示しています。


2階の「AO Park」は、お客様や大学、ベンチャー企業など「AO」を訪れた社外の人たちとAGCの社員が交流し、協創に向けて思いを共有するための場です。AGCのイノベーションストーリーや開発成果を紹介する展示スペースを中心に打ち合わせスペースのエリアを設けました。

4階にある「AO Studio」は「発想する」ための場です。ここにはAGCが開発した先端素材が展示してあります。それらを見て、触れていただきながら、革新的な技術や製品、問題解決に向けたアイデアを練っていただくための場です。


2階から4階には「AO Lab.」があります。協創のためのプロジェクト・ルームで、3つのキーワードのうちの「ためす」に対応した場です。社内や社外から集まった人が、ここで一緒に試作をして新しいアイデアの可能性を検証しながら協創することができます。プライバシーを守りながら、複数のプロジェクトを同時に進められるように、プロジェクトごとに専有できる部屋を14室用意しました。


「AO Lab.」の一部は、協創を支える基盤技術を提供する施設になっています。1つは、デジタル・データを基に立体物を出力する3Dプリンタを使った造形技術を手掛ける「AM(Additive Manufacturing)ラボ」。もう1つは、コンピュータで作成した映像を使って現実に近い状態を人間に感知させるVR(Virtual Reality、仮想現実)システムを提供する「XRラボ」です。このほかに電気炉を用いて様々な種類のガラスの溶融プロセスを検証する施設も整えました。

他との違いを出したかった
中川 浩司氏

技術本部 企画部協創推進グループ 協創企画・管理チーム 協創ユニット マネージャー 中川 浩司氏

――「つなぐ」「発想する」「ためす」の3つのキーワードで表現したコンセプトは、どのような経緯で生まれたのでしょうか。


加藤氏 「AO」の基本コンセプトについては、協創に前向きに自主的に取り組んでくれるメンバーが社内で集まってきて、様々なツールも活用しながら徹底的に議論しました。このときに意識したのは、他社のオープンイノベーション拠点との違いを明確に示すことです。多くの人に、わざわざAGCの施設に足を運んでもらうには、独自の特徴やメッセージが不可欠だと考えました。

中川氏 AGCならではのコンセプトを生み出すために、メンバーが取り組んだのが、これまでに蓄積した課題解決の成功事例を集めて、それぞれの成功要因を分析することです。私たちが「協創」を意識する以前から、お客様から預かった数多くの課題を、AGCの技術やノウハウを駆使して解決してきました。これも協創と言えます。それならば、これまでの問題解決の成功事例のプロセスを紐解けば、そこにAGC独自の強みと言える要素が潜んでいるはずです。


こう考えて過去の成功事例をピックアップして、それぞれの経緯を詳しく調べました。そこから浮かび上がった成功要因を集約した結果が、「つなぐ」「発想する」「ためす」です。この3つの要因が生まれる環境を強化すれば、これまでよりも発展した形の協創が始まることが期待できます。協創が生まれる頻度も高まるはずです。

協創が研究者のキャリアの一部に
山本 今日子氏

技術本部 企画部協創推進グループ 協創企画・管理チーム 協創ユニット リーダー 山本 今日子氏

――新しい研究開発棟に協創の拠点を設けることについて、研究者の皆さんはどのように受けとめているのでしょうか。ここに集まった皆さんも全員が研究者として勤務されていたとうかがっていますが。


山本氏 新研究開発棟の完成時に、もう1つ別の場所にあった研究施設を、横浜テクニカルセンターの方に統合することが決まっていました。この情報が先に社内に広がっていたので、多くの研究者は、「AO」の開設よりも統合に伴う引っ越しに対する関心の方が高かったというのが現実だと思います。研究用の機材が大量にあるので研究所施設の引っ越しは、当事者にとって大きな問題です。

だからといって協創に無関心というわけではありません、協創が研究開発に欠かせない要素になっているという認識は、以前から着実にAGCに勤務する研究者の間に広がっていると思います。特に若い研究者にとっては、もはや当たり前のことになっているのではないでしょうか。私自身は、「AO」の企画・運営にかかわる前は樹脂設計が専門の研究者でした。その立場で考えても、「AO」から革新的な成果が生まれることが楽しみです。実は、近く異動して研究開発の現場に戻ることになっているのですが、「AO」で協創プロジェクトのマネージャーを務めた経験は、今後の研究活動の幅を広げるうえで大きなチカラになるだろうと思っています。


――研究者の意識が変わりつつあるわけですね。


加藤氏 私と河合は、「AO」の立ち上げにかかわる前は共にウェットコーティングと呼ばれる材料の表面処理技術の研究に従事していました。もともと、私は10年くらい研究開発に携わってから、営業技術などお客様と接する別の部門に異動したいと思っていました。実際には、研究開発の企画部門に異動し、そこで「AO」の立ち上げにかかわることになりましたが、希望していた方向にキャリアが進んでいると思っています。

河合氏 私は大学で経験した研究活動を続け、特定分野のスペシャリストになりたくてAGCに入社しました。幸いなことにある研究成果が事業化されて会社に貢献しました。研究者として、この上ない経験をすることができたと思っています。ところが、このころから研究開発の視点で素材の価値を追求しているだけでは、本当に価値のあるよい成果は生まれない。もっと「人」の視点が必要だと考えるようになりました。


これをキッカケに、会社の枠を超えて異分野のデザイナーなどとの協創活動を個人で始めました。こうした個人の活動と「AO」における業務で目指す方向がほぼ一致しているので、自分が描いているキャリアパスの中に「AO」での活動が含まれていることに違和感はありません。むしろ自然の流れだと思っています。

河合 洋平氏

技術本部 企画部協創推進グループ 協創企画・管理チーム 協創ユニット マネージャー 河合 洋平氏

中川氏 指導教授の影響を受けて大学生のころから、ものづくりで人の役に立ちたいと思っていました。困っている人の役に立ったときにこそ技術の価値が生まれると思っています。縁があって研究者としてAGCに入社しましたが、こうした思いをずっと持ち続け、どうやったら人に価値を届けることができるのか、いつも考えていました。


「AO」の企画・運営にかかわることで、様々な社会課題にまつわる情報を社外から得る機会が増えました。しかも、その課題を解決するプロジェクトに参画することができるわけです。「AO」によって学生時代から抱いてきた思いを実践するための道が開けたと思っています。


――皆さんのお話をうかがっていると、「AO」のような協創の場は企業の研究開発において、もはや欠かせない存在になっているように思いました。今後、協創プロジェクトが次々と立ち上がれば、「AO」を中心に研究開発の新しい流れが一段と鮮明に見えてくるかもしれません。「AO」は、まだ立ち上がったばかりですが、今後はどのような展開を考えていますか。

加藤氏 準備を進めているときから、「AO」を立ち上げることを目的にしないように心がけていました。「AO」のミッションは、新しい社会課題を見いだして、それを起点に新事業を創出することです。このミッションを忘れてしまうと、小さくても形になる成果が出たところでプロジェクトを終えてしまうことになりかねないからです。これでは活動は広がらず、「AO」の存在意義がすぐに失われてしまうでしょう。実際に、そのような状況になったオープンイノベーション拠点があることも耳にしています。


新事業創出という目標に向けて「AO」の活動を広げるためには、できるだけ多くの人を巻き込むことが重要です。そのためには、「AO」に人や情報が集まる仕掛けが必要です。ただ協創空間を使っただけで、協創に対する人の意識が変わるわけではありませんから。


そこで当面はワークショップなど人が集まる企画を積極的に展開するつもりです。社内向けの企画を用意して、まず社内の人材を巻き込む。そこで生まれた新しいテーマを基に、今度は社外を巻き込む企画を展開する。こうした活動を継続して展開することで「AO」の活動規模を拡大する考えです。より多くの方を巻き込むには、積極的に情報を発信して常に多くの人に声をかけ続けることが重要だと思っています。


河合氏 巻き込む企画の手始めとして2021年10月から、「サステナブルラボ」と題して、「SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)」をテーマにしたワークショップを、「AO」で2カ月にわたって開催しています。AGCの社員を対象にした企画です。


――社員の反応はいかがですか。


河合氏 80名ほどが参加していますが、正直、想定よりも少ないと感じています。SDGsは身近なテーマなので、もっと多くの人が集まると思っていました。少なくとも100人は超えるはずだったのですが…。引き続き、様々な企画を展開して「AO」における活動の規模が広がるように努めます。


加藤氏 「AO」が目指しているのは、協創によって新しい事業につながるアイデアを創出し、AGCの事業変革を後押しすることです。変革は勝手に進むものではありません。努力の手を緩めると変革は止まってしまいます。AGCメンバーの力を合わせ「AO」の活動を継続することで、変革を加速したいと思っています。 


――「AO」の活動をキッカケに、110年以上の歴史を誇るAGCが、これからどのように変わるのかが楽しみです。本日はありがとうございました。

日経クロステック Special 掲載記事

※部署名・肩書は取材当時のものです

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