食糧問題への対処

気候変動による自然災害が頻発する今、安定した食糧生産は世界的な課題です。AGCの独自開発技術によるフッ素樹脂(ETFE)フィルム「エフクリーン®」(以下「エフクリーン」)は、太陽エネルギーをコントロールし、環境にやさしい効率的な施設園芸の実現に貢献。その開発に携わってきた従業員の挑戦を紹介します。

ETFEフィルムによる太陽エネルギーの有効活用で、世界の食糧問題に向き合う

「エフクリーン」
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太陽エネルギーを自在にコントロールするETFEフィルム「エフクリーン」。露地栽培とほぼ変わらない光をハウス内に採り入れ、環境にやさしい効率的な施設園芸の実現に貢献しています。既存の被覆素材の概念を超えた新素材は、海外で「割れないガラス」との異名を持ちます。台風や地震などによる損傷を最小限に抑え、生産者と作物を自然災害から守っています。その抜群の耐久性は、30年経過後もほとんど劣化が見られません。メンテナンスコストの軽減、省エネ、様々な災害からの被害軽減につながっています。

「エフクリーン」の全光線透過率は約 94 %(「エフクリーン」自然光 60μmの場合)。作物の収穫量を増やし、安定した周年栽培を実現しています。

極寒の地から灼熱の熱帯地域まであらゆる気象環境下で使用でき、熱や光を自在にコントロールしながら地産地消に貢献しています。

Interview有賀 広志

化学品カンパニー 基盤技術部 ポリマー商品開発室 プロフェッショナル

農業用ハウスに最適なETFEフィルムの開発に注力

フッ素樹脂ETFEを使用した農業フィルムが販売されたのは、1988年のことです。農業用ハウスに塩ビフィルムを販売していた日本カーバイド社が、世界に先駆けて販売しました。「エフクリーン」は、業界初の10年展張型フィルムとして1988年に販売されました。膜構造物は、イギリスのエデンプロジェクト(植物園)の2001年が始めであり、フィルム型太陽電池が開発されたのは1998年が最初ですから、ETFEの太陽光利用となると、日本の農業用ハウスでの採用が世界的に見ても最初の例と言えます。この農業用途には、透明性、全光線透過率、折り曲げ性、引き裂き性、機械強度、耐汚染性などが求められますが、ETFEは最良の素材といって良いと思います。ですから、AGCは施設園芸資材をリードしていく責任があります。

1998年にAGC独自開発のUVカット品の誕生により、野菜・果物・花卉のすべてに対応できる、「エフクリーン」のラインナップが完成し、その後、畜舎・ウナギ養殖・キノコ栽培・農作業倉庫・休憩室などに使用される「エフクリーン グレー」「エフクリーン ソフトシャイン」などの製品を提供してきました。

私自身は、1990年から約32年にわたり、ETFEフィルムの商品開発を担当しています。屋外用途では、ETFEに準じた高い耐候性が要求されるので、耐候性促進試験装置をフル稼働し約2年かけて評価します。また並行して、ハウスでの熱・光学環境の測定や実栽培試験を実施し、新しいフィルムの効果を検証していく方法を採っています。このステップは省くことができません。

約10年で、太陽光を均等に分配する「ナシジ」が世界の潮流に

従来の透明な農業用クリアフィルムには、ハウス骨材の陰により植物の成長が不均一になる他、晴曇による葉温の変化が大きく、植物にストレスを与えているという課題がありました。そこで、これらの課題を解消すべくナシジ(エンボス)フィルムの開発に乗り出しました。開発部隊は、ハウス内に斜めや横から入る光を測定できる全方位光量子計を輸入。クリアフィルムでは上部の葉のみに光が入っていたところ、ナシジフィルムでは2段、3段目の葉にも光が当たることが確認でき、全体の光合成量は変わらないだろうという結論が得られました。

販売開始となった2008年から5年ほどは、高い光量を必要としない花卉栽培にしか売れない状況が続きました。しかし、野菜で試験した農家さんの栽培結果が口コミでジワジワと全国に広がり、2021年はナシジ系の拡散フィルムがクリアフィルムの販売を超える結果に。今では、拡散光栽培は世界の潮流になっており、この10年の劇的な変化と言えます。

UVカット開発ナシジフィルム

トマト成長点付近での全方位光量子測定(写真内:春~秋は拡散ナシジ、冬の流滴時は透明)。このUVカット開発ナジシフィルムは、光の拡散角を精密に制御した最新型のフィルムであり、生産者の目の前でハウス内の光量や光質を計測し、拡販につなげています。

ETFE波長変換フィルム

作物の収穫量を圧倒的に増加させるフィルムとして開発中の、ETFE波長変換フィルム。緑色を吸収し赤色光を発光させる材料をフィルム内に分散させ、光合成に最も有効な赤色波長を太陽光よりも増加させることが可能です。この効果の一例として、タマネギの結果を示します。写真は、初期(2007年)のフィルム外観と11年後の内部の様子(写真左下:全光線透過型区と波長変換区とのタマネギの比較、高知大)。「エフクリーン」として、この波長変換機能を長期間維持する必要がありますが、屋外暴露11年経過後、その機能は初期の50%程度までの低下にとどまっています。

食糧の安定供給、生産者の収入増につながる資材を提供

「エフクリーン」に使われるETFEフィルムは、引き裂き強度や耐衝撃性が高いため、ガラスを含めた中でも、雹(ひょう)や台風に対する被害が最も少ない被覆資材です。ハウスに固定する際のフィルムのバタつきさえなければ、30年経過しても、光学特性や機械物性の低下は10%程度に留まる、長期展張可能な資材であることもわかってきました。

また、毎年変わらない光量・光質の環境をつくることができるため、農家さんが栽培で培ったノウハウ(光量、温度、湿度、CO2、潅水〈かんすい〉)を活かして自動調整する「スマート農業」に最適な資材であり、今後の食糧の増産・安定的な供給、生産者の収入増に貢献できる資材だと確信しています。

張り替えも少ないので、リサイクルに回すプラスチックの量も格段に少なくなります。「エフクリーン」を購入いただくお客様は、10~30年先を見据え、フィルムへの投資を決めてくださいます。農家さんにお伺いするたびに、収穫量や品質へのこだわりと、最新の栽培方法を取り入れるバランス、仕事への情熱には大いに刺激されます。

ETFEフィルムがもたらす太陽光の恩恵で、私たちの生活が潤っていく

栽培技術の進展に伴い、さらに効率の良い光合成に寄与する被覆資材がこれからも求められていきます。現在開発中のETFE波長変換フィルムは、日射量が少ない山間部でも十分な光合成に有効な赤色光を与えることができます。これが製品化されると、栽培を諦めた土地からも食糧を調達することができるようになるでしょう。実際に、ETFE波長変換フィルムによる収穫量増や、特定波長のわずかな光の照射が光合成のツボを刺激して収穫量が増大するという例が報告されています。大学や他の材料メーカーから報告される植物の生化学反応の発見を、新しいETFEフィルムの開発に取り込んでいくことは私たちに期待される役割のひとつです。

今後はさらに、冬のハウスの暖房を低減させるために、保温性を上げたハウス仕様も重要になると思っています。「エフクリーン」の2重被覆ハウスは、高い可視光線透過率(取り込む光の量を表す値)を維持したまま熱貫流率(材料の厚さも加味した熱の伝わりやすさを表す値)が約半分になるため、-40℃の寒冷地であるロシアのヤクーツクでも「エフクリーン」を使用したハウスで野菜が栽培されています。また、ETFEフィルムは、軽量なフィルム型太陽電池の表面材としての採用が急拡大しており、ここで作られた電気が冬の「エフクリーン」ハウスの暖房に使用される可能性が高まっています。農作物は、肥料を除けば太陽からの光・熱、そして動力のエネルギーを集約させたものですが、まさにETFEフィルムは動力に関しても、太陽光を利用した持続可能な農業を支えることができます。

農業用ハウスは人工的な建物ですが、成長する緑は人々に潤いと希望を与え、地域の人々が保全したくなる風景となっています。ハウスはまさに人が生きていくための、物心両面の砦になっていく。そんなことを考えながら、開発に取り組んでいます。

「エフクリーン」を活用した今後の可能性
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