AGC Research Report 69(2019)
Development of environmentally friendly fluorinated solvent AMOLEA®AS-300
環境対応型フッ素系溶剤AMOLEA®AS-300の開発
光岡 宏明*・河口 聡史**
Hiroaki Mitsuoka*, Satoshi Kawaguchi**
*AGC株式会社 化学品カンパニー開発部(hiroaki-mitsuoka@agc.com)
**AGC株式会社 化学品カンパニー開発部(satoshi-kawaguchi@agc.com)
AGCは「冷媒や溶剤としての性能はそのままに、地球温暖化係数(GWP)を大幅に低減」をコンセプトとして次世代冷媒・溶剤“AMOLEA®”を開発した。AMOLEA®AS-300は、ハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC)であるアサヒクリン®AK-225や、その他フッ素系、臭素系、塩素系に続く次世代溶剤としてAGCが独自に開発したハイドロクロロフルオロオレフィン(HCFO)系溶剤の一つであり、オゾン層破壊係数(ODP)をほぼゼロ、GWPを1以下に低減した、地球環境への影響が小さい溶剤である。AS-300はこれまでの冷媒・溶剤開発で培った合成技術を基に分子構造設計され、AK-225と同等の沸点と洗浄力、AK-225以上の安全性を兼ね備えた環境対応型フッ素系溶剤の決定版といえる。
本報告ではAS-300の分子構造設計思想や、物性、金属や高分子材料への影響、脱脂性能について述べる。併せて、AS-300を用いた洗浄試験の実例を紹介する。
AGC has developed a series of next-generation refrigerants and solvents, named “AMOLEA®,”aiming to“reduce the Global Warming Potential (GWP), while maintaining their performance as a refrigerant and solvent in its current form.”AMOLEA®AS-300 belongs to the wider category of hydrochlorofluoroolefines (HCFOs) and it was developed independently by AGC, as a new alternative solvent to ASAHIKLIN AK-225 and other halogenated solvents. It is an environmental-friendly solvent that reduces the Ozone Depletion Potential to almost zero and the GWP under 1. AS-300 is the definitive edition of environmental-friendly fluorinated solvents that were designed based on previous synthetic technologies of fluorocarbons, with the same boiling point as AK-225 and the same or higher detergency and safety. The molecular structure design, material compatibility, and solubility of various materials in AS-300 are summarized in this technical report. Additionally, examples of cleaning tests using AS-300 are described
1. 緒言
フッ素系溶剤は、不燃性、高い熱的・化学的安定性、低粘度、低蒸発潜熱、低表面張力、適度な沸点、低腐食性など、優れた物理化学的性質を有することから、様々な産業分野において使用されている。
20世紀半ばにフッ素系溶剤が実用化され、最も汎用的な産業洗浄剤として使用されたものが、クロロフルオロカーボン113(1,1,2-トリクロロ-1,2,2-トリフルオロエタン,CFC-113)である。1995年にオゾン層破壊物質として全廃されるまでは、不燃性、低毒性、油脂溶解性を兼ね備えた溶剤として、CFC-113が電機・電子、精密機器部品の洗浄剤に広く使われていた。
このCFC-113が全廃されたのち、新たなフッ素系溶剤が開発され、現在ではHCFC、ハイドロフルオロエーテル(HFE)、ハイドロフルオロカーボン(HFC)が使用されており、さらに近年ではハイドロフルオロオレフィン(HFO)やHCFOが次世代の溶剤として提案されている。
産業洗浄剤として使用されるフッ素系溶剤は、不燃性で、表面張力が低いことから浸透性が高く、さらに乾燥速度が非常に速いという特長から、被洗物の洗浄性だけでなく、精密加工された部品や高い仕上がり品質が求められる表面処理前の部品の洗浄に使用されることが多い。また、洗浄装置内で常に蒸留が繰り返されることで、清浄な状態が維持されるため、溶剤の管理が容易で被洗物の仕上がりが特に良いことが知られている。
本稿では、AGCが開発した新しいフッ素系溶剤について紹介する(1)。
2. AGCのフッ素系溶剤開発
AGCのフッ素系溶剤の開発の歴史をFig. 1に示す。AGCが1990年に開発したアサヒクリン®AK-225は、CFC-113の代替溶剤となる、オゾン層破壊への影響を低減したHCFC系溶剤として、洗浄分野を中心に幅広い用途、市場で使用されてきた。しかし、HCFCであるAK-225は小さいながらもODPを有するため、オゾン層保護の観点からモントリオール議定書において規制対象物質に定められている。日本においてAK-225は2019年末に全廃されることから、AGCでは代替溶剤としてHFE系のアサヒクリン®AE-3000(1,1,2,2-テトラフルオロエチル-2,2,2-トリフルオロエチルエーテル,HFE-347pcf2)等を製品化し、さらに、近年では環境影響がより小さく、油脂の溶解性も併せ持つフルオロオレフィン系溶剤のAMOLEA®AS-300を開発した。Table 1にAGCのフッ素系溶剤製品を示す。


3. AMOLEA®AS-300の開発
産業洗浄剤としてのAK-225の主な用途は、金属加工油の脱脂洗浄である。油脂溶解性の低いAE-3000等のHFEやHFC単独での脱脂洗浄は困難であった。また、トランス-1,2-ジクロロエチレン(t-DCE)のように比較的安価な塩素系溶剤を混合することで洗浄性能を補うことが可能であるが、塩素系溶剤は許容濃度が低いものが多く、安全性が懸念される。さらに近年では、環境負荷の低減効果だけでなく、化学物質の安全性が重視されていることから、AK-225の代替だけでなく、規制が強化されつつある臭素系溶剤に代わる洗浄剤への期待も高まっている。
これらの背景から、AGCではこれまでの溶剤開発で蓄積されてきた知見をもとに、Fig. 2に示す低環境負荷、溶解性、安全性などの脱脂洗浄剤として重要な性能を備えた物質の検討を行った結果、AK-225の代替となる新しいフッ素系溶剤としてAS-300を開発するに至った。

4. AMOLEA®AS-300の分子構造設計
次世代溶剤候補化合物の分子構造設計は、以下の観点から行った。
4.1. 洗浄力の付与
AK-225のように塩素原子を含む洗浄剤は金属加工油に対して洗浄性を有する。このことからAK-225の代替溶剤となるAS-300は分子設計上、金属加工油の溶解性を発現する効果の高い塩素原子を含めることとした。
4.2. 環境負荷の極小化
AS-300の大きな特徴は、フルオロオレフィンで分子構造に二重結合を有することである。次世代溶剤には地球環境に対して影響が極めて小さい特性が求められる。これまでにAGCはカーエアコン冷媒HFC-134a代替候補としてHFOであるAMOLEA®1234yf(2,3,3,3-テトラフルオロ-1-プロペン,HFO-1234yf)の開発を行い、商業的に生産・供給を行っている。このような過去の開発知見から、フルオロオレフィン類は、OHラジカルとの反応性が高いため、大気寿命が非常に短く、環境中に放出された際に滞留しないことで地球温暖化への影響が極めて小さいことが分かっている。また、これらの化合物の中には実用の範囲内では問題ない程度の安定性を有するものが見出されていることから、次世代溶剤の候補としてフルオロオレフィン化合物を選定した。
4.3. 安全性の向上
フルオロオレフィン類の毒性は二重結合周辺の構造に大きく影響されることが知られており、中には非常に高い吸入毒性を示すものがあるため構造設計には注意を要する。特にアリル位にあるフッ素以外のハロゲン原子は脱離しやすく、高毒性のものが多いため選定を避けた。また、フッ素系溶剤は石油系溶剤と差別化するために、特性として不燃性が求められるため、分子構造中の水素原子数は炭素原子数よりも少なくし、燃焼性を抑制した。
以上の観点に加え、代替が期待される溶剤に近い沸点(40 ℃~60 ℃)を持つ骨格構造の中からスクリーニングした5~6種類の候補化合物を新たに合成し、評価した。それらのうち、AGCの強みを生かすことのできる化合物を出発原料として骨格形成でき、経済的に商業製造可能である1-クロロ-2,3,3-トリフルオロ-1-プロペン(HCFO-1233yd)を選定した。
AS-300はこのような分子設計思想に基づいて開発されたHCFOあり、洗浄力を有しながらも、環境負荷が小さく、かつ安全性の高い新しいフッ素系溶剤である。
5. AMOLEA®AS-300の物性・材料適合性
5.1. AMOLEA®AS-300の代表的な物性
AS-300、AK-225、臭素系溶剤1-ブロモプロパン(1-BP)の代表的な物性をTable 2に示す。

AS-300は、沸点が54℃とAK-225と同等であり、油脂分の溶解性を示す指標であるカウリブタノール(KB)値がAK-225よりも高い、蒸発性が高い、さらに安全性の指標である許容濃度が250ppmとAK-225よりも高い、といった物性を有する新しいフッ素系溶剤である。さらに、AS-300は、従来のAK-225と同様の設備・使用環境があれば、溶剤の置き換えで対応することが可能である。
5.2. AMOLEA®AS-300の材料適合性
5.2.1. 金属材料
金属材料の適合性試験の結果をTable 3に示す。
試験方法:ガラス製耐熱瓶に溶剤80gと試験片(25 × 30 × 2 mm)を入れ、54℃で7日間静置した。
評価方法:腐食量(MDD : mg / dm2 /day)塩化物イオン溶剤の分解量(塩化物イオン濃度、ppm)検出下限:0.2ppm
外観 目視検査

この結果から、AS-300は、これらの金属材料に影響を及ぼさず、金属脱脂洗浄剤として有用であることが分かる。
5.2.2. 樹脂材料
樹脂材料の適合性の評価結果をTable 4に示す。
試験方法:ガラス製耐熱瓶に溶剤80gと試験片(25 × 30 × 2 mm)を入れ、54℃で5分間静置した。
評価方法:試験後の試験片の重量変化率(%)、寸法変化率(%)、溶剤への樹脂成分等の溶出率(%)

この結果からAS-300はAK-225よりも樹脂材料への影響が大きいことが分かる。AS-300はAK-225で影響が大きいアクリル樹脂以外にもポリカーボネート、ABS樹脂やポリスチレン樹脂へも大きな影響が認められることから、樹脂が付着した部品を洗浄する場合には事前の材料適合性評価が必要である。
5.2.3. エラストマー材料
エラストマー材料の適合性の評価結果をTable 5に示す。
試験方法:ガラス製耐熱瓶に溶剤80gと試験片(25 × 30 × 2 mm)を入れ、54℃で5分間静置した。
評価方法:試験後の試験片の重量変化率(%)、寸法変化率(%)、溶剤へのエラストマー成分等の溶出率(%)

この結果からAS-300を用いた場合には、膨潤による寸法変化やエラストマー成分の溶出によりエラストマーが劣化する可能性がある。このため、樹脂の場合と同様、事前の材料適合性評価が必要である。
6. AMOLEA®AS-300の脱脂洗浄剤への適用
AS-300はTable 6に示す洗浄試験例のようにAK-225と同様に脱脂洗浄剤としての能力を有していると考えられる。一方で、金属加工油は多種多様に及ぶため導入前にAS-300と金属加工油との溶解性を確認することが最適な洗浄条件の設定のために望ましい。

試験条件:切削油が付着したφ5 mmのSUS304製球50個を以下条件で洗浄し、洗浄後の球に残留した油を抽出し残留油分量を求めた。
洗浄条件:45 ℃浸漬洗浄(10秒) ⇒ 室温すすぎ(10秒) ⇒ 蒸気洗浄(10秒)
AS-300は、Fig. 3に示す横型3槽式洗浄機や、さらに溶剤損失を減少するために密閉化した洗浄機で使用することが可能である。AS-300の使用方法はAK-225、塩素系溶剤、臭素系溶剤と基本的には同じである。これらのことから、AS-300は、脱脂洗浄が主用途の産業洗浄分野において、AK-225からの代替が容易な洗浄剤であると言える。

さらに、AS-300は、高毒性が指摘されている臭素系溶剤を代替することも可能である。臭素系溶剤を使用する装置の場合においても、AS-300はAK-225と同様に、既存装置を転用して使用することができる。
7. 総括
AK-225の後継溶剤として開発したAS-300は、従来のHFEやHFCが有していなかったAK-225と同等の溶解性を有するだけでなく、オゾン層破壊係数、地球温暖化係数の極小化を実現した安全性の高い製品である。
現在の溶剤市場では、2019年末にHCFC全廃期限を迎えるため、AK-225からの代替を進めることが急務である。このため、AGCはこの新しいフッ素系溶剤を市場へ浸透させるため、これまでのフッ素系溶剤の提供から積み重ねてきた技術サポートを通じて、最適な洗浄乾燥プロセスを提案していく。
参考文献
- 光岡宏明,潤滑経済,10[ 642] 6(2018).