AGC Research Report 69(2019)
Development of glass appearance simulation system by highly accurate computer graphyic technology
高精度コンピュータグラフィックス技術を利用したガラス外観シミュレーションシステムの開発
植村 健*
Ken Uemura
*AGC株式会社 技術本部 先端基盤研究所
本報では、AGCの開発したシミュレーションシステムについて報告する。我々は、長年の研究開発により培われた、材料物性に関する豊富な知識やノウハウを蓄積するとともに、光の挙動の物理法則を忠実に再現する、光線追跡法による自社開発の計算ツールを開発してきた。これらを組み合わせることにより、厳密な物理シミュレーションに基づく高精度なCG映像生成システムが、様々な用途へ実用展開可能となった。本技術を活用し、ビルに施工されたガラスの外観を正確に予測し映像化する、ガラス外観シミュレーションシステムを開発した。本システムは、ビル建設のガラス選定工程に於いて用いられるガラス小片サンプルやモックアップのみならず、ビル完成後の外観をガラスの色や意匠性を含めて高精度に予測し映像化する。さらに、気象条件や室内の内装、ビルの種種のパーツなど、想定される様々な条件を仮定して外観の変化をテストすることが可能である。また、本シミュレーションの精度検証のために、生成されたCG映像を実物写真と比較した。その結果、窓部とスパンドレル部のガラス整合状況も含め、ビルのガラス外観の様子が精度よく再現できていることが確認された。
In this report, we demonstrate the applicability of our computer graphics(CG) technology on the accurate reproduction of a building’s appearance, in order to facilitate the selection of window glasses. For this purpose, an in-house ray-tracing simulation solver, which theoretically computes light transport, has been developed. A combination of the developed solver and our knowledge on material properties acquired through our long-term R&D activities, enabled the visualization of highly accurate realistic CG prior to construction. Accordingly, we developed a CG system, which can accurately generate images of a building’s glass appearance, facilitating thus the predicted visualization of small glass sample pieces, glass mock-up models, and glass façade on buildings after the construction completion. In addition, glass colors and aesthetics can be proposed, through applying a variety of typical virtual situations, such as different building types or parts, interiors, surrounding environments, and weather conditions. Herein, we deal with a well-known issue of the building industry, i.e., the selection of the ideal pair of glasses for spandrel and window. Taking full advantage of the developed simulation system, we can examine a variety of glass pairs for spandrel and window, in order to make the best selection, considering the buildings’ colors and aesthetics. The accuracy of the CG system for virtual visualization of glass appearance was verified by comparing with photos of the same glass types equipped in the real buildings, which confirmed that our CG system is reliable.
1. 緒言
近年のコンピュータグラフィックス(CG)関連の技術進化は目覚ましく、様々な用途での活用が、盛んに行われている。特に、映画やCM等の映像制作現場では、実写と見分けがつかないほど精度が高いCG映像のニーズが高まっており、それを実現するための様々な技術手法が提案され、改良が施されてきた。
このような高精度なCGの技術進化の過程を振り返ってみると、まず最初のアプローチとしては、CG初期の時代に提案された、光線追跡法を挙げることができる。この手法は、描画する映像のシーンに寄与する多数の光線を、物体との相互作用による反射や屈折等を考慮して、コンピュータ内で模擬するものであり、金属やガラスの質感を再現できる特徴が注目された。この手法を拡張し、拡散反射面等が、あらゆる方向に光を分散させるような現象を、有限個のランダムな光線により統計的に計算する、モンテカルロ法に基づいた光線追跡法が提案され(1),(2)、光の物理的性質を忠実に再現したリアルな映像生成に繋がった(3),(4)。なお、これらの手法は、通常多くの計算量が必要とされるため、計算効率を改善するための様々な手法も提案されている(5),(6)。
一方、高精度なCGに欠かせない、材料の光学的特性を、正確に再現するための手法も提案されている。物体の表面での反射量や透過量を、光の入射角度別の分布として定義する、双方向散乱分布関数(BSDF)(7)が提案され、それを計測するための測定装置も普及してきた。それにより、実在する様々な材料の質感を、CG上で忠実に再現することが容易になった。更に、周囲の360度全方位の映像をHigh Dynamic Range(HDR)画像マップとして実写し、CG描画に於ける環境光源として用いるImage Based Lighting(IBL)法(8)により、建物の外観等をリアルに再現するために重要な要素である周辺環境条件を、正確に再現した描画が可能になった。
ビル等をはじめとする多くの近代的な建築物において、ガラスは外壁面積の大半を占めており、建物の外観を表情づける重要な部材と言える。通常、建築家や建築デザイナーがガラスを選択する過程では、建築物の設計思想に基づいた遮熱・断熱性や省エネ等の熱的性能、及び色や映り込み具合いなどの意匠性の両方が考慮される場合が多い。ガラスの熱的性能を決める主な要因としては、太陽からの日射、及び外界との熱のやりとりが挙げられる。一方、通常は日射による熱量の約半分が可視光の波長領域となるため、日射遮熱性の高いガラスを、ガラスの色と無関係に作ることは一般的には難しい。通常、遮熱性能を重視すると、ガラスの反射率や透過率、色合い等の意匠性の選択肢が限られることが多く、また、コストも増加する傾向にある。従って、ビルに使用するガラスの選定は、複数の相反する要因の微妙なバランスを取りながら行う必要があり、高度に知的な作業と考えられる。
一方、ビルの設計段階に於いて、意図する意匠性を持つガラスを見極めて選択することは容易ではない。その理由は、ガラスという素材が、反射による映り込みや透過の状況により、外観が大きく変化するためである。例えば、小片サンプルのガラス(Fig. 1)から、様々な条件下におけるビルに施工されたガラスの見え方を予測するのは困難である。小片サンプルのガラスは、ガラスの透過色は見やすいが、反射色については、観察が困難な場合が多い。

我々が行ったCGによる予察テストでは、同じガラスであっても、天候の変化によって見え方が大きく変わることが確認できる(Fig. 2)。そのため、大規模なビル建設に於ける業界の通例として、現状ではモックアップサンプルを用いてガラス外観の事前確認が行われている。モックアップサンプルとは、ガラス複数枚を取り付けたフレームを一時的に組み立てた擬似的なビル外壁であり、これを屋外で観察することにより、実際の空の下でのガラス外観の意匠性の確認が行われる(Fig. 3)。しかしながら、モックアップサンプルでは、多くの場合、時間的、コスト的な制約により、選べるガラスの種類が限られたり、評価結果が当日の天候に左右されたりする等、意匠性確認が不十分となるケースも発生する。


その結果、設計段階で選択したガラスの意匠性が、実際にビルが建った後で、NGになるケースは少なくない。当然、設置済みのガラスの入れ替え作業には、多くのコストが掛かるため、このようなミスマッチは避けなくてはならない。このことからも、大規模な建築物のガラス選定は、できる限り事前に正しく行う必要があることは容易に理解できる。
2. 方法
2.1. ガラス外観予測シミュレーション
前述のとおり、建築業界に於いてはガラスの選定を支援する仕組みが求められており、AGCはそのソリューションとして、ガラス外観予測シミュレーションシステムを開発した。本システムの中心部分は、光の物理法則を忠実に表したレンダリング方程式(1)に基づいた光線追跡法による計算である。これに、AGCが保有するガラス、コーティング、フィルム等をはじめとする、素材データベースを組み合わせることにより、実物に忠実なCG映像生成ができるようになった。
本システムによる、ガラス選定の流れの簡単な概要を、以下に示す:
Step-1 候補となるガラスの選定
希望する断熱・遮熱等の基本性能の条件を元に、ガラスデータベースを検索し、適合するガラス候補一覧表を作成する。
Step-2 ガラスの色の確認
候補一覧表のガラスの外観をCG映像で確認する。Fig. 4、及びFig. 5は、それぞれ、バーチャルガラスサンプルと窓枠を付けたバーチャルモックアップである。これらを用い、様々な天候条件での見え方を網羅的に確認する。その上で、候補一覧からの絞り込み作業を行う。可能な場合は、実物サンプルや実際のモックアップでのガラス外観とも照合し、CG映像の精度を確認しながら最終的なガラス候補を選定する。


Step-3 バーチャルビルによるCG評価
絞り込んだガラス候補に対してバーチャルビルによる外観評価を行う。ビルの3Dモデルには通常は3D-CADデータを用いるが、別の選択肢としてビルの自動生成3Dモデルも利用可能である。後者では、自社開発のアルゴリズムによりビルの3Dモデルを自動生成でき、各種カスタマイズが可能である。例えば、ビルの種類、階数、サイズ、壁材、フレーム材、インテリア等の選択に加えて、周辺ビル、環境、さらには天候や季節・時刻等を選択することができる。これらの条件を決定した後CG描画を行う。Fig. 6に示した描画例は4K解像度で描画されている。



2.2. 窓部とスパンドレル部のガラス選定
典型的なビルでは、壁面のガラスデザインが窓部とスパンドレル部に分けられていることが多い。窓部は、ビルの各階の室内から外を眺められる位置にあるのに対し、スパンドレル部は、階と階との間に位置している(Fig. 7)。スパンドレル部の外側はガラスだが、内側には不透明な板が設置され、窓として室内から外を見ることはできない。ビルの意匠コンセプトによっては、窓部とスパンドレル部のガラス色や意匠性が、整合していることを求められることが多い。

なお、窓部のガラスは断熱性を考慮して複層ガラスにすることが多い一方で、多くの場合スパンドレル部のガラスには低コストの単層ガラスが用いられる。その理由は、通常は内側に設置されるスパンドレル板に、断熱性能を持たせることが比較的容易だからである。
なお、単層ガラスと同じガラス種で複層ガラスを構成すると、ガラスが二枚ある分だけ反射率が増加し色合いが変化する。そのため通常は単層のスパンドレル部には別のガラスを選び、複層の窓部と同じ色合いになるように調整する。この時通常ではビルのガラスを地上の歩行者の視線から見上げる条件を想定して行われるが、このような整合をとることは難易度が高い。その理由はそれぞれの色調が条件によって大きく変化するためである。
例えば窓部のガラスの色には、空の映り込みに室内の天井の反射色が加わり、さらに室内の天井へは地面からの日射の照り返しがある。他方スパンドレル部のガラス色には、空の映り込みとスパンドレル板の色が加わり、さらには、スパンドレル板の色合いは、太陽位置によって変化する直射日光の当たり方に影響される。(Fig. 8)

このように、天候や日射、地面の状況などが複雑に影響し、更に下方の階では、周囲のビルの映り込みもあるため、ガラス外観は様々な変化を見せる。従って、窓部とスパンドレル部のガラス色を整合させることは、ガラス単体の色を選択することよりも、難易度が高いと考えられている。
そこで、我々は、シミュレーションツールによるアプローチにより、窓部とスパンドレル部の意匠性を整合させる取り組みを行なってきた。以下に、窓部とスパンドレル部のガラス色との整合を考慮した、ガラス選定手順の概略を説明する。
Step-1 候補となる窓部ガラスの選定
希望する断熱・遮熱等の基本性能の条件から、窓部のガラスを選定し、候補一覧表を作成する。
Step-2 窓部ガラスの色の確認
候補一覧表の窓部ガラスの外観を、CG映像で確認する。確認は、ガラスのバーチャルサンプル、及びバーチャルモックアップを用い、様々な天候条件での見え方を網羅的に確認する。その上で、候補一覧からの絞り込み作業を行う。
Step-3 スパンドレル板の材質と色を選択する
拡散反射色と、鏡面反射の度合い、及び反射の拡散度合いを与える。実物の材料の測定データがある場合はそれを活用する。
Step-4 スパンドレル部ガラスの選定
窓部ガラスの候補のそれぞれに対して、整合するスパンドレル部のガラス候補のリストを作る。
Step-5 ガラスの色の確認
これまでに絞り込んだ、窓部とスパンドレル部のペア候補一覧表のガラスの外観をCG映像で確認する。確認には、ガラスのバーチャルサンプル(Fig. 9)、及びバーチャルモックアップ(Fig. 10)を用い、様々な天候条件での見え方を網羅的に評価する。窓部とスパンドレル部の見え方は、日射の方向や当たり方によって、それぞれ異なる変化をする場合があるので、意匠的な整合がどこまで可能かをじっくりと確認する必要がある。その上で、候補一覧からの絞り込み作業を行う。


なお、スパンドレル板の色や材質に、選択肢が残っている場合は、調整を行なった上で、再度、Step-3~5を繰り返し、最適な組み合わせを探す。なお、この後のバーチャルビルによるCG評価は、前述と同様である。(Fig. 11)
3. 結果と考察
窓部とスパンドレル部のガラス色整合を含め、ガラス外観シミュレーションによりCG映像と実物のビルとの比較を行った。
Fig. 11がCG映像、Fig. 12が実写写真である。またFig. 9(a)のCG映像と同条件の実写ガラスサンプルがFig. 13である。結果を目視評価する限りでは、CGが実物を良く再現していると考えられる。



AGCが開発した高精度CGシミュレーション技術を用いることにより、実物とバーチャルのギャップを、可能な限り取り除くことが可能となった。特にこのケースでは、スパンドレル板の色に暗い青の拡散色を使用し、窓部とスパンドレル部にそれぞれ適切なガラスを選定した結果、両者の色合いの差がなくなり、自然な見え方になっていることを、シミュレーション上で予測できた。
なお、本シミュレーション結果の定量的且つ客観的な評価方法については、現時点ではまだ、表示装置の差異や観察者の感覚の個人差等も考慮した、適切な評価方法を検討中の段階であり、今後、有効な方法を見出していきたいと考えている。
4. 総括
光の物理法則に忠実な光線追跡計算シミュレーションと、AGCが保有する豊富な素材データベースを組み合わせることにより、高精度なCG生成を、物理法則に基づいて忠実に行うことが可能になった。本技術を応用したガラス外観シミュレーションシステムにより、ビルのガラス選択の工程を適切かつ効率的に行うことができるようになった。また応用事例として、ビル外装ガラスの窓部とスパンドレル部の意匠的整合についても検討を行い、本システムの有効性が示された。生成されたCG映像を、実物写真と比較した結果、目視レベルではあるものの、ビルのガラス外観が精度よく再現できていることを確認した。
本技術を、今後も継続的に改良・進化させ、AGCのビジネスの様々な場面に於いて活用・展開して行きたいと考えている。
参考文献
- Kajiya, James T. , Computer Graphics, 20 [4] 143 (1986).
- Lafortune, Eric P. , Yves D. Willems , Proceedings of Eurographics Workshop on Rendering, 163 (1994).
- Lafortune, Eric P. , Ph.D.thesis, Katholieke University, (1995).
- M. Radziszewski, K. Boryczko and W. Alda, Journal of WSCG, 17 [1-3] 9 (2009).
- Lafortune, Eric P. , Yves D. Willems , Proceedings of CompuGraphics, 95 (1993).
- E. Veach , Ph.D. dissertation, Stanford University, (1997).
- Bartell, F. O. , Dereniak, E. L. , Wolfe, W. L. , Proceedings of SPIE Radiation Scattering in Optical Systems, 257 154 (1980).
- G.S. Miller and C.R. Hoffman, Proc. Siggraph 84, Course Notes for Advanced Com-puter Graphics Animation, ACM Press, New York, (1984).