AGC Research Report 72(2022)

Orientation State of Partially Fluorinated Polyacrylate/Air Interface Studied by Heterodyne-detected Vibrational Sum Frequency Generation Spectroscopy

ヘテロダイン検出振動和周波発生分光法による含フッ素アクリルポリマー/空気界面での配向状態の解析

本間脩*・郭安聰**・浦田新吾***・小口亮平**・宮嶋達也*・奥野将成****・石橋孝章*****
Osamu Homma, Kuo An-Tsung, Shingo Urata, Ryohei Koguchi,Tatsuya Miyajima, Masanari Okuno and Taka-aki Ishibashi

*AGC株式会社 技術本部先端基盤研究所(osamu.homma@agc.com, tatsuya.miyajima@agc.com)
**AGC株式会社 技術本部材料融合研究所(antsung.kuo@agc.com@agc.com, ryohei.koguchi@agc.com)
****筑波大学数理物質系化学域(現在、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻、cmokuno@g.ecc.u-tokyo.ac.jp)
*****筑波大学数理物質系化学域(ishibashi.takaaki.gn@u.tsukuba.ac.jp)

 フッ素系材料の空気界面での状態は撥液性等の表面特性と密接に関係しており、その状態解析は材料開発にとって重要である。本研究では、ヘテロダイン検出振動和周波発生分光法(HD-VSFG)により、含フッ素アクリルポリマー/空気界面におけるペルフルオロアルキル(Rf)鎖の配向状態を分子分解能レベルで解析した。低分子化合物を用いた基礎検証の結果、1370 cm-1のVSFGシグナルがRf鎖の配向状態のマーカーバンドとして有用であることを見出した。本手法によりアクリル酸(2-ペルフルオロヘキシルエチル)単重合体(p-C6FA)/空気界面およびアクリル酸(2-ペルフルオロオクチルエチル)単重合体(p-C8FA)/空気界面を分析し、p-C6FA/空気界面はRf鎖がランダムあるいは界面に平行に配向しているのに対し、p-C8FA/空気界面はRf鎖が末端-CF3を空気側に向けて界面にほぼ垂直に配向していることを明らかにした。また、分子動力学計算により、p-C8FA/空気界面のほうがRf鎖を空気側に向けて配向しやすい傾向が支持された。さらに、C8FA/親水性アクリレート共重合体について、界面状態の環境依存性をHD-VSFGにより解析し、水との接触により界面Rf鎖の配向が乱れる様子を観測した。本研究により、1370 cm-1のVSFGシグナルをマーカーバンドとするRf鎖配向解析法は、フッ素系材料の表面特性と材料設計を結び付ける重要な分析法となり得ることが示唆された。

 Analyzing the interfacial orientation state of fluorine-containing compounds is important for material development since it directly related to surface characteristics such as liquid repellency. In this study, heterodyne-detected vibrational sum frequency generation spectroscopy(HD- VSFG)was used to investigate the orientations of perfluoroalkyl(Rf)chains at the partially fluorinated polyacrylate/air interface with molecular resolution. Through a basic experiment using a low molecular weight compound, the VFSG signal at 1370 cm−1 was found to be useful as a marker of Rf chain orientation. With this method, we were able to determine that the Rf chains on 2-(perfluorooctyl)ethyl acrylate homopolymer(p-C8FA)/air interface were oriented almost perpendicular to the surface with their terminal -CF3 groups facing the air, whereas the Rf chains on 2-(perfluorohexyl)ethyl acrylate homopolymer(p-C6FA)/air interface were randomly oriented or parallel to the interface The Rf chains at the p-C8FA/air contact were also shown to be more likely to be oriented toward the air side by molecular dynamics simulations. Furthermore, using HD-VSFG, we observed the orientational change of the surface Rf groups of a C8FA/PEGMA copolymer in response to contact with water. It has been suggested that Rf orientation analysis with the marker band at 1370 cm−1 is an important method to connect the surface properties of the fluorine-containing compounds to the material design.

1. 緒言

 フッ素系材料は高い化学安定性や低い表面自由エネルギーなどの特徴を有することから撥液材やレジスト膜などに広く使用されており、その機能発現には界面状態が深く影響していると考えられる。たとえば、フッ素系界面活性剤であるペルフルオロアルキル酸*1を水に滴下すると、非常に低い臨界表面張力(6 mN/ m)を発現する。これは、水/空気界面にペルフルオロアルキル(Rf)鎖が整列し、水表面が-CF3基に覆われるためと考えられている(1)。また、含フッ素アクリレートと親水性アクリレートの共重合体は繊維用コート材として用いられ、着用時は撥液性コートとして機能して防汚性を発現し、洗浄時は親水性コートとして機能して汚れの除去力を上昇させる(2)。このような環境による特性変化には、コート材の最表面におけるRf鎖の配向状態変化が関与していると考えられている。以上のように、フッ素系材料の特性には界面でのRf鎖の配向状態が深く関与しているため、界面状態を把握することが材料開発を行う上で重要となる。

 Rf鎖の配向状態を分析した例として、XPS(3)やX線回折(4)、X線散乱(5)、IR-MAIRS(6-8)による分析結果が報告されている。これらの分析法はバルクや薄層の解析に有用であるが、界面1分子層のみの情報を得ることは難しい。そこで我々は、分子分解能レベルで詳細な界面分析が可能であるヘテロダイン検出振動和周波発生(Heterodyne-detected vibrational sum frequency generation spectroscopy: HD-VSFG)分光法に着目した。

 VSFG分光法は二次の非線形光学効果に基づく分光法である。電気双極子近似のもとでは、等方的な媒体の二次の非線形感受率χ(2)はゼロになることから、 VSFGは高い界面選択性を有する(9, 10)。その特性を利用して、液体/気体界面や高分子表面などの研究に広く適用されている(11-13)。VSFG測定の模式図をFig. 1に示す。VSFG測定では試料表面に振動数ωVISの可視光と振動数ωIRの赤外光を重ねあわせて試料表面に照射し、発生する振動数ωSF = ωVISIRのVSFG信号を検出する。赤外光の振動数ωIRが界面分子の振動数と一致したとき、VSFG信号が共鳴的に増幅する。従って、赤外光の振動数ωIRに対してVSFG信号強度をプロットすることで、界面の分子状態を反映した振動スペクトルを取得することができる。

Fig. 1 Schematic image of VSFG measurement.

 VSFG信号の検出方式として、従来はホモダイン検出法が一般的であった。ホモダイン検出法はVSFG信号の強度、すなわち光電場の二乗|E | 2を検出するため、得られる情報は二次の非線形感受率の絶対値の二乗|χ(2)| 2となる。その結果、χ(2)の位相情報が失われてしまい、さらにスペクトルが歪むなど解析上の困難も生じる。一方、ヘテロダイン検出法は試料からの VSFG信号と局所発振器(LO)光を干渉させて検出することで、χ(2)の位相情報を取得する手法である(14-16)

 本研究では、HD-VSFG分光法によりフッ素系ポリマー/空気界面におけるRf鎖の配向状態分析を検討した。まず、モデル系としてフッ素系低分子化合物の HD-VSFG測定およびスペクトル解析を行い、Rf鎖の配向状態の指標となるマーカーバンドを探索した。次に、側鎖にRf鎖を有するアクリレートの単重合体について、Rf鎖長による配向状態の差異について調査した。最後に、含フッ素アクリレートと親水性アクリレートの共重合体を用いて、界面環境の違いによる配向状態変化の観測を試みた。本研究は、2016年から 2018年にかけて筑波大学石橋研究室とAGC株式会社の共同研究にて実施したものであり、研究成果の一部は文献(17)にて出版されている。

*1 ペルフルオロオクタン酸(PFOA)およびその関連物質は、環境や生体への影響のため、現在は製造や使用などが規制されている。

2. 実験

2.1. 実験概要

【実験1】低分子化合物をモデル分子とした Rf鎖の配向解析
 非フッ素系材料については、VSFGによる界面分析の報告が数多く存在し(18-20)、末端の-CH3由来のシグナルによりアルキル鎖の配向を評価した例が報告されている(11, 13)。Rf鎖を持つフッ素系化合物についても、末端-CF3に関わるVSFGシグナルよりRf鎖の配向情報を得られることが期待される。実験1では、モデル分子としてペルフルオロノナン酸(PFNA)を用いて、 HD-VSFGによるRf鎖の配向解析について基礎検討を行った。

 PFNAの構造式をFig. 2に示す。長谷川らが提唱した階層的双極子アレー機構(7, 8) によると、ペルフルオロの炭素数7以上のRf鎖は、隣接するRf鎖の双極子モーメントが同じ方向に並ぶようにして2次元集合系を形成し、界面に垂直に近い角度で空気側を向いて配向すると考えられる。従って、炭素数8のRf鎖を持つ PFNAも、水溶液/空気界面にてRf鎖を空気側に向けて配向すると考えられる。そこで我々は、PFNA水溶液/空気界面をモデル系として用いてHD-VSFGスペクトルを測定し、詳細に解析することで、Rf鎖の配向状態の指標となるマーカーバンドを探索した。

Fig. 2 Structure of PFNA.

• PFNA水溶液の調製
 PFNAを重水に溶解し、3 mMに調製した。中性の水に溶解した場合、PFNAのCOOHは電離してCOO-となり、1400 cm-1付近に対称伸縮振動由来のシグナルを与える。これが解析の妨げとなることが予想されるため、HClを添加して強酸性水溶液とすることで、 COOHが電離していない状態で測定を実施した。

【実験2】含フッ素アクリレート単重合体の界面配向解析
 含フッ素アクリルポリマーの典型例であるアクリル酸(2-ペルフルオロアルキルエチル)の単重合体(以下p-CnFAと記載、nはRf鎖の炭素数)の構造をFig. 3に示す。p-CnFAはRf鎖の炭素数が8より大きいと撥液性が顕著に高くなることが知られている。たとえば、p-C6FAとp-C8FAの後退接触角はそれぞれ47°, 110°である。文献(6)中の薄膜のIR-MAIRS分析において、p-CnFAの接触角がRf鎖の配向状態と関係することが示唆されているが、IR-MAIRSスペクトルには界面以外の情報も含まれる。そこで、実験2では p-C6FA/空気界面およびp-C8FA/空気界面のHD- VSFG測定を行い、Rf鎖の炭素数による界面状態の違いを調べた。また、p-CnFAの界面での配向状態の分子動力学(MD)シミュレーションを行い、実験結果との比較を行った。

Fig. 3 Structure of p-CnFA

• p-C6FA, p-C8FA膜の作製
 開始剤としてアゾビスイソブチロニトリル(AIBN)、溶媒としてメタキシレンヘキサフルオリドを用い、乾燥窒素環境下にて16時間かけて重合した。得られたポリマー溶液をヘキサンで再沈殿処理をして精製した後、乾燥した。各ポリマーを3,3-dichloro- 1,1,1,2,2-pentafluoropropaneと1,3-dichloro1,1,2,2,3- pentafluoropropaneの混合溶媒に溶解して5 wt%に調製し、スピンコート(500 rpm、10 s+1000 rpm、 20 s)によりガラス基板上に製膜した。

• MD計算
 まず、p-C6FAおよびp-C8FAの薄膜についてシミュレーションを実施した。シミュレーションの概要を Fig. 4に示す。一辺15 nmの立方体に50個のモノマーから構成されるポリマー鎖を30本配置し、薄膜の上層と下層に真空層を形成させたスラブモデルを作製した。アニールプロセスを経た後、平衡化計算を行い、二つの界面におけるRf鎖の配向状態を解析した。

 次に、より単純なモデル系としてRf鎖のグラフト膜をモデリングし、同様にRf鎖の配向状態を評価した。シミュレーションの概要をFig. 5に示す。炭素原子を規則的に配置し、それぞれの炭素原子に側鎖のモデル構造を化学結合させ、末端炭素を固定して平衡構造を作製した。

Fig. 4 Simulation system of p-CnFA thin film:simulation setup(a), the side views of p-C6FA(b)and p-C8FA(c)membranes.
Fig. 5 Parts of the grafted side chain models:hexagonal 2D lattice of fixed carbon(a), simplified grafted chain monolayer model of p-C6FA(b)and initial configu ration of the grafted side chain model(c).

【実験3】C8FA/親水性アクリレート共重合体界面の環境応答観測
 ペルフルオロアルキルエチルアクリレートと親水性アクリレートの共重合体は、空気中では撥水性を示し、水中では親水性を示す。これは、空気中ではRf鎖が最表面に現れ、水中では親水基が表面に現れる Flip-Flopによるものと考えられる。フッ素系材料の Flip-Flopの観測例として、XPSにより表面元素濃度差を検出したとする報告があるが(21)、分子構造レベルで検出した報告例は見当たらない。実験3では、 C8FAとメタクリル酸(3,6,9,12-テトラオキサトリデカン-1-イル)(以下n4-PEGMAと記載)の共重合体について、HD-VSFGによるFlip-Flopの観測を試みた。用いた試料の構造をFig. 6に示す。乾燥膜に対し下記の湿潤化処理を行い、処理前後の界面Rf鎖の配向状態差を評価した。

Fig. 6 Structure of p-C8FA/n4-PEGMA copolymer.

• C8FA/n4-PEGMA共重合体膜の調製
 開始剤としてAIBN、溶媒としてベンゾトリフルオリドを用い共重合体を重合した。モノマーの仕込み組成比をTable 1に示す。得られたポリマー溶液をヘキサンで再沈殿処理して精製した後、乾燥した。得られたポリマーをベンゾトリフルオリドに溶解させて30wt%に調製し、ガラス基板上に0.5 ml滴下し、加熱乾燥して乾燥膜を得た。

Table 1 Composition of C8FA/n4-PEGMA copolymers.(mol%)

• 湿潤化処理
 湿潤化処理の概要をFig. 7に示す。乾燥膜上に超純水を約0.2 ml滴下し、接触角が十分低下するまで約20分間静置した。乾燥窒素ブローにて水滴を吹き飛ばしたのち、即座にHD-VSFG測定を行った。水滴接触角は、別途作製した膜に同様の処理を施し、測定を行った。

Fig. 7 Scheme of wetting treatment before water contact angle and HD-VSFG measurement.

2.2. HD-VSFG分光装置

 測定に使用したHD-VSFG分光計の試料部分の模式図をFig. 8に示す。光源にはフェムト秒再生増幅器によって発振したパルス(中心波長800 nm、パルス幅 100 fs)を使用した。一部は光パラメトリック増幅器によってブロードなスペクトル幅をもつ赤外光(中心波数:1460 cm-1)に変換した。また、一部は狭帯域第二光調波発生によりパルス幅約5 psの400 nmの光に変換し、さらに光パラメトリック増幅器によってスペクトル幅の狭い可視光(630 nm)に変換した。これらの赤外光、可視光を水晶板に集光することで、 LO光に用いる広帯域な和周波を発生させた。水晶板を透過した赤外光、可視光はそれぞれ入射角60°、70°で試料表面に照射した。試料から発生したVSFG光と、シリカガラス板を透過させて位相を遅らせたLO光を重ね合わせて分光器に導入し、CCD検出器で測光した。信号光の干渉成分をフーリエ解析してHD- VSFGスペクトルを得た。信号の振幅と位相の基準として、試料部に設置したzカット水晶からのVSFG光を用いた。

Fig. 8 Schematic image of the sample part of the HD-VSFG spectrometer.

3. 結果・考察

3.1. FNA水溶液/空気界面のHD-VSFG解析

 PFNA水溶液/空気界面のIm(χ(2))スペクトルをFig. 9に示す。SSP偏光(左から和周波、可視光、赤外光の偏光)のスペクトルには1370 cm-1に負のシグナル、PPP偏光のスペクトルに正のシグナルが観測された。SPS偏光のスペクトルにはシグナルは検出されなかった。密度汎関数理論(DFT)計算および偏光ラマン分析により、このシグナルはCF3対称伸縮振動と結合したRf鎖末端のC-C伸縮振動に由来することが明らかとなった。DFT計算によって得られた赤外双極子モーメントおよびラマンテンソルをもとに、1370 cm-1のシグナルのθ依存性を理論的に求めた結果(17)Fig. 10に示す。θは水面に対して垂直な直線と、 Rf鎖軸の為す角を表す。Fig. 9のスペクトルの挙動は、 θ < 10°のときに予想されるスペクトルの挙動とよく一致した。したがって、PFNA水溶液/空気界面のRf鎖は水面に対してほぼ垂直であり、-CF3を空気側に向けて配向していると推定される。

Fig. 9 Imaginary parts of χ(2) spectra from a 3 mM PFNA solution in the SSP, PPP and SPS polarization.
Fig. 10 Effective second-order nonlinear susceptibilities for the terminal C-C stretch of PFNA. in the SSP, PPP, and SPS polarization combinations.

 以上のスペクトル解析より推定された界面状態は、界面活性剤の挙動として合理的である。従って、1370 cm-1のシグナルは界面Rf鎖の配向状態のマーカーバンドとして活用可能であると結論付けられる。

3.2. 含フッ素アクリレート単重合体のHD-VSFG解析およびMDシミュレーション

 p-C6FA/空気界面およびp-C8FA/空気界面のIm(χ(2))スペクトルをFig. 11に示す。p-C8FAでは 1370 cm-1にマーカーバンドが検出され、SSP偏光のスペクトルには負のシグナル、PPP偏光のスペクトルには正のシグナルとして現れ、SPS偏光のスペクトルには検出されなかった。一方、p-C6FAについてはいずれの偏光のスペクトルにもマーカーバンドは検出されなかった。これらの結果から推定されるp-C8FA/空気界面およびp-C6FA/空気界面の模式図をFig. 12に示す。PFNA水溶液/空気界面と同様、p-C8FA /空気界面ではRf鎖は-CF3を空気側に向けて配向していると推定される。一方、p-C6FA /空気界面のRf鎖はランダムあるいは界面に平行に配向していると推定される。P F N Aのような低分子化合物と同様、 p-C8FA/空気界面においてもRf鎖は2次元集合系を形成し、-CF3を空気側に向けて配向すると考えられる。

Fig. 11 Imaginary parts of χ(2) spectra from the p-C6FA/air interface and the p-C8FA/air interfaces in the SSP,PPP and SPS polarization.
Fig. 12 Schematic image of molecular orientation for the p- C6FA/air and p-C8FA/air interfaces.

 一方で、Rf鎖が短いp-C6FAはRf鎖のパッキングが弱く、側鎖の-CF3が揃った状態で空気側に向きにくいと考えられる。このような界面状態の差異が、 p-C8FAとp-C6FAの撥液性差の要因であると考えられる。

 次に、p-CnFA薄膜のMDシミュレーションにおいて、界面2 nmの領域におけるCF2-CF3の傾き角θ の分布を解析した結果をFig. 13に示す。僅かな差ではあるものの、p-C8FAのほうがp-C6FAよりも傾き角 θ が低角度側に分布していることが分かった。

 グラフト膜モデルのMDシミュレーションの結果を Fig. 14に示す。Figure 14(a)より、末端のC-C間距離が3Åのとき、Rf鎖のパッキング状態が最も安定化した。Figure 14(b)より、そのときの傾き角θ に着目すると、C8FAモデルのほうがC6FAモデルよりも僅かながら小さかった。

Fig. 13 Results of MD simulation of the p-CnFA mem brane:side view of the simulation box(a)and tilt angle distribution of terminal CF2-CF3 at the p- CnFA/vacuum interface(b).
Fig. 14 Results of MD simulation of the grafted model:the total potential energy(a), average tilt angle of Rf chains(b)and definition of tilt angle(c).

 以上より、薄膜およびグラフト膜モデルのいずれシミュレーションにおいても、p-C8FA界面のほうが p-C6FAよりRf鎖の傾き角θが小さくなりやすいことが示された。ただし、HD-VSFGで示されたほど明瞭な差異ではなかった。これは、MDシミュレーションでは界面Rf鎖の安定構造を得るには時間が不十分であったためと考えられる。

3.3. C8FA/n4-PEGMA共重合体のHD-VSFG解析

 C8FA/n4-PEGMA共重合体について、湿潤化処理前後に測定した水滴接触角をFig. 15に示す。C8FAの組成比が低いS1およびS2は、湿潤化処理により水滴接触角が大きく低下した。それに対しC8FAの組成比が最も高いS3は、接触角は低下したものの、S1やS2ほど顕著ではなかった。よって、S1やS2の表面ほうが、S3の表面よりも水滴との接触によって状態が大きく変化し、より親水性の高い表面に変化した推察される。

Fig. 15 Water contact angle before and after wetting treatment.

 湿潤化処理前後の各試料について、SSP偏光にて測定したIm(χ(2))スペクトルをFig. 16に示す。S1-S3のいずれも、湿潤化処理前は1370 cm-1のマーカーバンドは負のシグナルを与えた。よって、いずれの試料も界面Rf鎖は空気側を向いて配向していると推定される。シグナルの強度はS1 < S2 < S3であり、C8FAの組成比とほぼ比例関係にあることが分かる。このことは、C8FAの組成比によらず、Rf鎖はポリマー/空気界面にて二次元集合体を形成して配向していることを示唆する。湿潤化処理後は、S1、S2ではマーカーバンドがほぼ消滅したが、S3はS1、S2ほどマーカーバンドの強度減衰は顕著ではなかった。以上のスペクトル変化は、ポリマー上の水を除去した後、界面環境が乾燥状態に戻りつつある状態を観測したものであり、再現性の確認を含め測定条件の最適化の余地があると考えている。

Fig. 16 Imaginary parts of χ(2) spectra from C8FA/n4-PEGMA copolymer before and after wetting process in the SSP polarization:spectra of S1-S3 before wetting(a), spectra of S1 before and after wetting(b), S2(c)and S3(d).
Fig. 17 Schematic image of the air and C8FA/n4-PEGMA copolymer interface before and after wetting treatment.

 そのことを踏まえた上で、HD- VSFG測定時間内は水接触下の界面が保持されていたものと仮定してFig. 16のスペクトルを解釈すると、湿潤化処理による界面状態変化はFig. 17に示す模式図のように推察される。湿潤化処理後、C8FAの組成比が低いS1、S2は1370 cm-1のマーカーバンドが消失したことは、処理により界面Rf鎖の配向が乱れ、-CF3は空気側を向かなくなったことを示唆する。湿潤化処理中に界面の親水性モノマーの側鎖がより水側を向いて配向し、それによりRf鎖の配向が乱れたことで、水滴接触角が低下したと推察される。一方、 C8FAの組成比が高いS3においては、湿潤化処理後もマーカーバンドはほとんど減衰しなかったことから、界面Rf鎖の配向は保持されたと推察される。Rf鎖のパッキングが強く、Rfの配向が保持されたことで、撥液性は低下しなかったと考えられる。

4. 総括

 HD-VSFG法により、フッ素系材料/空気界面の配向状態解析を実施した。低分子化合物を用いた基礎検証により、1370 cm-1のVSFGシグナルがRf鎖の配向状態評価のマーカーバンドとして有用であることを見出した。その解析法をポリマー/空気界面に適用し、 p-C6FA/空気界面ではRf鎖がランダムあるいは界面に平行な方向に配向しているのに対し、p-C8FA/空気界面ではRf鎖は末端-CF3を空気側に向けて配向していることを明らかにした。また、C8FA/親水性アクリレート共重合体について、湿潤化処理による界面 Rf鎖の配向状態変化を評価した結果、Flip-Flop現象を示唆するスペクトル変化を観測した。1370 cm-1をマーカーバンドとする界面Rf鎖の配向解析法は、フッ素系化合物の特性を界面状態と結び付けて理解する上で、重要な解析法として活用されることが期待される。

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