AGC Research Report 73(2023)

Compositional and structural dependence of thermal expansion coefficient of silicate glasses and glass forming melts

ケイ酸塩ガラスおよび融液の熱膨張係数の組成および構造依存性

林 和孝*
Kazutaka Hayashi

*AGC株式会社 材料融合研究所(kazutaka.hayashi@agc.com)

 ガラスの熱膨張係数や熱伝導率、熱容量(比熱)といった熱物性は、製造や製品の性能に関して極めて重要な役割を果たしている。中でも熱膨張係数は、ガラスの生産時の溶解清澄挙動や熱割れに対しての重要な因子であるとともに、製品として用いられる際にも、耐熱衝撃性や、異種材料との貼り合せを行った際の反り、フォトマスクによる精密なパターニングの安定性に影響を及ぼす。熱膨張係数はガラスの組成に大きく依存するが、ガラス転移点以上とそれ以下の熱膨張係数の関係や、温度依存性に対するガラス組成が及ぼす影響について未知な部分も多い。そのため、ガラスの成分が熱膨張係数に及ぼす影響を理解するのは、実用的な観点からのみならず、科学的な観点からも重要であると考えられる。AGCでは、このような背景のもと、熱膨張係数の組成依存性と起源調査を共同研究で進めてきた。本稿では、その成果の一部である分子動力学シミュレーションと各種の構造解析手法を用いた組成依存性に関する論文2報について概要を紹介する。

 The thermal properties of glass are not only significant in the production process for glassmaterial(such as sheet glass) but also in the fabrication for final products. Among these, thecoefficient of thermal expansion(CTE) of glass and glass forming melt is particularly crucial.This is due to its wide-ranging applications. It is used to evaluate the refining behavior in theglass melting process through thermal convection flow prediction. Furthermore, CTEinfluences the stability of pattern accuracy during photo-patterning, warpage caused bytemperature change of laminated sheet and thermal shock resistance. While it is well-knownthat thermal expansion coefficient depends on its chemical compositions, the relationshipbetween CTE below and above glass transition temperature, the effect of composition andstructure on the dependence of temperature dependence of CTE, are not fully understood.Therefore, uncovering the origin of the compositional dependence of CTE is of interest bothfrom a practical and a scientific perspective. AGC has collaborated with Pennsylvania StateUniversity since 2018 to investigate this topic. This paper summarizes two publishedoutcomes of PSU-AGC collaboration. Both papers utilize structural models constructedthrough molecular dynamics simulations. One paper employs the application of Voronoipolyhedra to estimate the volume change of constituent ions. The other paper examines theeffect of the network structure on CTE using a technique referred to as "topological pruning"of the silicate network. Through these innovative approaches, we aim to achieve a deeperunderstanding of the origins of thermal expansion caused by compositional changes in glass.

1. 緒言

1.1. 本研究の背景

 ガラスは非常に多くの用途に使われており、今では我々の生活になくてはならいものである。例えば、建築物の窓ガラスは、太陽光を室内に取り入れるのに必須なものであり、自動車用の窓ガラスは視界を確保しながら、不要な光線(紫外線や赤外線)をカットして快適な車内環境の提供に貢献している。また、ガラスびんは樹脂製の容器に比べてガスバリア性に優れるだけでなく、リユースやリサイクルに適した容器である。また、エレクトロニクスの分野では、液晶ディスプレイ(LCD)やOLED(Organic Light EmittingDiode)ディスプレイといったフラットパネルディスプレイに用いられる基板や、スマートフォンのカバーガラス、デジタルカメラのレンズ、インターネットを支える通信用光ファイバーとして用いられるシリカガラス、半導体の製造に用いられるフォトマスク基板、データを記録するハードディスクの基板など、枚挙に暇がない。

 これらのガラスの製造・活用にあたって、所望の機能(光学特性、機械特性等)を充足する組成を選定することは重要であるが、(それらに)加えて、熱膨張係数(Coefficient of Thermal Expansion, CTE)や熱容量(Heat Capacity, Cp)、熱伝導率(ThermalConductivity, )といったガラスもしくはガラス化する液体の熱物性は、すべてのアプリケーションにおいてキーとなる物性である。たとえば、熱膨張係数や熱伝導率は、局所的な温度変化により生じる熱歪に影響を及ぼし、ガラス製品の耐熱衝撃性を決める。また、ガラス転移温度付近で観察される構造緩和現象は、高精細度のディスプレイを生産する場合の生産性に大きな影響を及ぼす因子の一つである。これらの例のように、ガラスを用いた製品の生産においても、またエンドユーザによるガラス製品の利用時においても、熱物性は極めて重要な役割を演じる。中でもCTEは、非常に重要な物性値の一つである。CTEは、ディラトメータや熱機械分析装置(Thermal MechanicalAnalysis, TMA)により比較的簡単に測定できること、熱膨張係数の屈曲点からガラス転移温度(GlassTransition Temperature, Tg)を容易に求められることから、極めて多くのデータが測定されている非常にポピュラーな物性値であり、商用データベースを検索しただけでも、膨大なデータが登録されていることがわかる。

 本稿では、ガラスの熱物性と構造の理解を進めるための研究の一端として、2019年から2020年にかけて進めてきた、ペンシルバニア州立大学(PennsylvaniaState University, PSU)のJohn Mauro教授との共同研究の成果の一部(1, 2)を紹介する。

1.2. ガラスの熱膨張係数

 ガラスの熱膨張係数は、その密度あるいは重量当たり体積の温度変化率の指標である。一般的には、Fig.1に示すように、ガラスを形成する液体の体積は、液体状態から冷却するのに従って、減少していく。体積の温度変化(CTE)は、多くのガラス形成系において、ある温度で不連続に変化し、熱膨張曲線に屈曲点が現れる。この屈曲点がTgである。

 Tg以上の温度では過冷却状態を含む液体状態であり、温度の上昇に従って粘性が低下する。ガラスの生産工程においては、この領域の連続的な粘性変化が清澄(泡の除去)や、成形にとって重要であるがこの領域での熱膨張の変化は、例えば粘性がlog(η[dPa・s])が2近傍の溶融状態では熱対流による融液の攪拌に影響を及ぼし、清澄効率を左右する。またTg付近以下の温度では、CTEが大きいほど温度ムラがあった場合に発生する熱応力が大きくなり、破損のリスクが高くなる。

 ガラスを使用する製品についても、CTEは重要な役割を演じる。例えば食器や理化学機器などに用いられる耐熱ガラスは、通常のガラスよりも低いCTEのものである。さらには半導体製造プロセスで用いられるフォトマスク基板などでは、使用時の環境温度の変化によって生じる極めて微小な寸法変化が重要なケースもある。また、半導体プロセスでシリコンウエーハなどの異種材料とガラスウエーハとの貼り合せが必要になるケースがあり、そのような場合には、CTEの温度依存性についても可能な限り一致させることが、温度変化によるシリコンウエーハとガラス基板との複合体の反りを極限まで低減させるためには有効である。

Fig.1 Temperature dependence of specific volume(thermal expansion) of glass and glass forming liquid(Tg: Glass transition point, Tm: Melting temperature)

 以上のように、ガラスのCTEは実用上きわめて重要であり、科学的にも興味深い物性値ではあるものの、ガラス転移温度を境にしたCTEの変化の程度や、CTEの温度変化、仮想温度(冷却速度)に対する組成依存性などに対して、十分に解明されているとは言い難い。ガラスの生産効率の向上や要求される精度を考慮した組成設計を行うには、これらの起源をガラス構造の観点から把握することが重要であるといえる。PSUとの共同研究においても、熱物性の中でも、CTEに関するテーマに着目して取り組んできた。

2. 共同研究の概要

2.1. 共同研究の狙いと役割分担

 前述の通り、ガラスのCTEの組成依存性の起源を研究するにあたって、AGCは、Prof. John Mauroの研究室と協業を行うこととした。Prof. Mauroは、2017年にPSUに着任され、研究室を主宰されている。Prof. Mauroの研究室では、ガラスに関する理論的解析並びに、分子動力学法(Molecular Dynamics,MD)を用いたガラス構造のモデリングと各種現象(特に熱物性や機械物性)の解明や、新規なガラスの研究開発を得意としている。一方AGCは、以前からガラスの各種熱物性の精密評価・測定に以前から取り組んできたことから、研究対象とするガラス組成について、AGCではTg以上およびTg以下でのCTE(密度)の精密測定やFragilityや比熱の測定を行うこととした。そこで得られる実験結果とPSUで得られた熱力学をベースとした理論解析やMDで求められる物性との比較を通じてモデルや計算手法の妥当性の検証を行った。PSUとは、研究の進捗と共に定期的にディスカッションを行い、内容の理解や共同研究の方向を定めていった。

2.2. 共同研究の内容

 以下に、具体的な研究対象について述べる。ガラス系としては、一般的なシリケート系ガラスである、アルカリ-アルカリ土類-シリケート(R'2O-R"O-SiO2系、R' = Na, K、R" = Mg, Ca)とした。これは、ガラスとして最も一般的に利用されているソーダライムガラスに近く、結果の適用範囲が広いこと、文献にて構造的な知見を得やすいこと、比較的広い範囲の組成でガラス化すること、さらにはMDシミュレーションを行う都合上、使用可能なポテンシャルがあることによる。AGCサイドでは、これらのガラスに対して、Tg近傍以下のCTEをディラトメータにて、Tg以上のCTEをセシルドロップ法にて測定した。また、Tg付近の熱物性の挙動に大きな影響を与えるFragilityについては、回転円筒法とファイバー法にて測定した粘性から求めた。これらのデータは、熱力学的解析のためのパラメータとして用いるだけでなく、MDシミュレーションによる構造モデリングの妥当性の判定に用いた。

 これらの取組みの中で、MDシミュレーションによるCTEの予測と組成(構造)依存性のメカニズム検討に関して、特に興味深い手法を用いて解析・考察が行われている2報の論文(1,2)の内容を以下に紹介する。

3. ガラスの熱膨張係数の組成依存性の起源

3.1. 概要

 MDシミュレーション(特に古典MD)は、通常、着目する組成に応じて割合を決定した多数の粒子(総粒子数は計算能力・求めたい精度によって異なる)を、所定サイズのセルの中に配置し、それらの粒子毎に割り当てられたポテンシャル関数を用いて粒子間の相互作用を計算し、ある条件下で安定となる粒子の配置をシミュレートする手法である。ガラスに対するMDシミュレーションは、積分時間の間隔が10-12秒オーダーであることが多く、そのため、実質上計算可能な時間スケールは、融液からの冷却時のガラス構造の凍結といった、実世界の現象と比較して極めて短時間であるという課題はあるが、構造の再現と、得られた構造から、外場 (機械的・電気的・化学的等)に対する応答がどのように変化するか、という点を明らかにするために取り組まれていることが多い。特に、微視的視点での解釈が必要であるにもかかわらず、実際に測定するのが困難なケースにはMDシミュレーションは有用であると考えられる。CTEの組成依存性の発現のメカニズムについても、想定される微小な変化を構造解析によって捉えることが難しいため、MDシミュレーションによりモデリングを用いて解析を行うのは有用であると考えられる。この際、得られた構造からどのような観点でその変化(影響度)をとらえるのかが重要であるが、本研究においては、ガラスの構造の温度変化に対して二つの視点から解析を行っている。一つ目は粒子の占有する体積に注目したボロノイ多面体を用いた解析であり、もう一つは、ネットワーク構造が体積変化に及ぼす影響を考慮した、“トポロジー剪定”という考え方を用いた解析である。以下にそれぞれの概要を紹介する。

3.2. ボロノイ多面体を用いた解析

 熱膨張あるいは体積変化の組成依存性をとらえるには、一般的にはガラスを形成しているそれぞれの粒子(本研究においては、Si4+、Na+、K+、Mg+、Ca2+、O2-)間の平均的な結合距離の温度変化が分かれば良いと思われるが、それぞれの結合がトータルとしての体積変化にどれだけ寄与しているのかを見積もるのは難しい。そこで、本論文(1)では、各粒子が占有する体積を求め、その体積の変化を見積もることとした。ガラスのCTEは、ガラスの比容の温度変化から見積もることができる。そこで、比容の組成依存性については、部分モル体積という概念を用いることができる。本論文では、その部分モル体積を、MD計算によって得られた構造から見積もることを目的としている。

 ここで、“各粒子が占有する体積”を算出する手段として、ボロノイ多面体に着目した。ボロノイ多面体とは、Fig.2に示すように、着目する粒子と複数存在する隣接粒子との間の2等分面により仕切られてできる多面体のことである。この多面体の体積を求め、それぞれの粒子1個当たりの占有体積とする。この手法を用いることで、1粒子当たりの体積を、数え落としを行うことなくカバーすることができる。そして、適切な元素同志の組合せを行うことにより、Na2OやSiO2といった成分としての部分モル体積を求めることができる。

 手法としては、まず、R'2O-SiO2あるいはR"O-SiO2二成分系に対してMD計算によって構造を求めた。この構造から、各粒子を中心とするボロノイ多面体の体積の温度変化を求めた。

Fig.2 Schematic illustration of Voronoi polyhedron analysis(2D image)(1)

 さらに、この粒子ごとの体積変化を、例えば、SiO2やNa2Oといった成分ごとに再構成し、部分モル体積の温度変化を求めた。部分モル体積の温度変化を用いて、アルカリとアルカリ土類イオンが混在する組成のガラスに対しての、比容の温度変化を求めた。なお、ガラスの比容は以下の式で表されるとする。

 ここで、Vはガラスの比容、Viは各成分の部分モル体積、xは各成分の組成比である。結果をFig.3(a)に示す。図からわかるように、要素ごとの体積の組成変化に対する変化の度合いは、アルカリ種・アルカリ土類種によって異なること、また、それぞれの組合せの中でも、特にアルカリ・アルカリ土類酸化物の部分モル体積の温度依存性は、SiO2のそれに比べて大きいことが分かった。この結果を基に、各組成のガラスに対して比容の計算を行い、その温度変化を見積もった。結果をFig.3(b)に示す(1)。

 ここでは、文献(4,5)に記載のモル体積を用いた計算結果との比較が行われているが、(a)の各成分のモル体積の温度変化および(b)のそのモル体積を用いて計算したモル体積の温度依存性=熱膨張挙動の双方ともに比較的良い一致を見せていることが分かった。一方、(b)において若干のずれがみられるKを含む系(KCS、KMS、NKMS、KMCS)に関しては、部分モル体積を見積もるのに使用した2成分系(KS)と、注目する3成分系(例えばKCS)とで、すなわち、K2Oとアルカリ土類が共存する場合において、Kのボロノイ体積が2成分系とは異なり、KS組成とKCS組成では、MDにより計算された構造から見積もった、Kイオンの周囲(第一近接)の原子の種類の割合が異なっているためと考察している。

(a)
(b)Fig.3 Calculated partial molar volume for each component(a)and specific volume change for silicate glasses investigated in this study(b).(1)

 このように、MDシミュレーションによるモデリングとボロノイ多面体を用いた考察により、ある程度の熱膨張係数の組成依存性を見積もることができ、また過去の文献値との乖離から、熱膨張に影響を及ぼす構造的な因子(Kイオンの周囲構造の効果)が示唆される結果が得られた。

3.3. “トポロジー剪定”を用いた解析

 ボロノイ多面体による解析は、単一の粒子が占有する体積の変化を基に熱膨張係数を理解する試みであったが、一方で、典型的なシリケートガラスはネットワーク構造を取っていることから、ネットワークの構造の組成による違いとそれによる体積の変化としてCTEの組成依存性を考えることもできる。シリケートガラスはSi-O-Si鎖によって形成されるリング構造をネットワーク内に持っているとされ、リングを形成するSiO4多面体の数によって、n員環(3員環、4員環等)と記述される。本論文(2)は、このn員環のそれぞれが、nに応じた体積への寄与度を持つと仮定し、そのn員環の数密度分布が融液中で温度により変化することで、その結果体積膨張が生じると考え、CTEの組成依存性を考察したものである。その際、トポロジー剪定(Topological Pruning)という考え方を導入している。

 トポロジー剪定とは、SrrixrudeとBukowinskiによりテクトケイ酸塩(ゼオライトなどの、4面体構造が3次元的にネットワークを形成するタイプのケイ酸塩のグループ)の分類に対して提唱された解析手法であり(3)、一つの4面体から、4つの頂点の方向にそれぞれ結合している4つの4面体、さらにその4面体から延びる3つの4面体、といった形でn番目まで拡張していったときに(樹状の構造で記述される)、中心の4面体を含むリング構造を作った場合、どの程度の末端部(=つまり枝)が“刈り込まれるか”という指標を与えるものである。例えば、中心の4面体を含む3員環を形成すると、その3員環の先の構造が“刈り込まれ”ることで、ネットワークの密度は減少する。Fig.4にその概念図(5)を示す。図中の放射状のイラストが、1個の多面体(図中の黒丸に相当)に注目したときの、ネットワークの展開を示している。ここで、例えば、右上の太線のように、リング構造(ここではSiO4四面体3個からなる3員環)が生成することによって、そこから先(破線よりも外側)の部分はネットワークに参加することができなくなる(刈り込まれる)ことから、リング構造を形成することによって、ネットワーク密度が低下すると考える。

Fig.4 Concept of topological pruning efficiency(5)

 この時の、リングに参加するユニットの数に応じて、剪定効率(Pruning Efficiency)が定義され、リング構造が小さいほどその剪定効率が高いことをこのグラフは示している。本論文では、この考え方を基に、ネットワークのリング構造が変化する結果、ネットワークの密度が変化し、その結果占有する体積が変化すると考える。このネットワーク構造の温度依存性が、熱膨張の起因となっていると考察している。そして、構造をMDシミュレーションにより決定し、そのネットワークに含まれるリング構造が、熱膨張に対する影響について解析を行っている。リングサイズの分布に対して、剪定効率のリング数依存性を示す指数であるP*で重みをかけて平均したK*(CharacteristicAverage Ring Size)をその構造における、ネットワークの密度(近似的には占有体積)を反映するパラメータとして解析に用いられている。

 ガラスの組成としては、3.2と同じく、R'2O-SiO2あるいはR'2O-R"O-SiO2(R'2O=Na, K、R" =Mg, Ca)とした。この最大5成分の組成比の異なる13種に対し、まず、MD計算により構造をモデル化した。具体的な組成をTable 1に示す。その後、得られた構造について、リングサイズの分布の温度変化を計算した。結果の一部をFig.5に示す。

Table 1 Glass composition used in this study (expressed in mol%). Tf denotes fictive temperatures
Fig.5 Ring size distribution obtained by both direct counting using MD simulation and estimated value using calculated activation enthalpy(2)

 また、Fig.6には、このリングサイズ分布から見積もった各温度でのK*と、ガラスの体積に寄与が大きい指標として考える、Si原子の数密度を示す。なお、Fig.5および6におけるK*については、2種類の手法で見積もられている。一つ目のK*measureでは、まず、それぞれのリングの数の温度変化からリング構造形成の活性化エンタルピーを求め、その活性化エンタルピーを基に、注目する温度でのリングサイズ分布を見積もっている。二つ目のFrom fittingもしくはmodelにおいては、各温度毎にリング数を数え上げて、リングサイズ分布を算出している。

 Fig.6(B)から、K*とSi原子の数密度は良い相関を示していることが分かる。Si原子の数密度はSiO4四面体が占める体積を示すことから、ガラス融液の熱膨張を理解する上で重要な指標と言える。Fig.6(B)では、2グループに分かれているが、それぞれ、SiO2のモル比が小さいグループ(S01~S09)と大きいグループ(S10~S13)に相当しており、Si原子1個当たりの非架橋酸素数が異なることに対応していると考えられる。また、S01、S02、S09とK*modelとの相関を比較したFig.6(C)からは、同じSiO2の水準であっても、アルカリ・アルカリ土類の構成比によって、Si原子の数密度のK*に対する依存性が異なることが分かる。今後このことをより詳細に解析することで、熱膨張係数の組成依存性の原因を理解することにつながると期待できる。

Fig.6 Relationship between characteristic average ring size and density for Si atom.(A)Correlation between measured K* and calculated K*,(B)Dependence of number density of Si atom in each glass on K*.(C)Difference in the slope of K*-Si density for glass s01, s02 and s09.(2)

 結果として、トポロジー剪定という概念をベースにリングサイズ分布がネットワーク密度に影響すること、またそれらをK*という指標を導入することで定量的に表すことができた。そのK*と、ガラス中のモル体積を支配すると考えられるSiO4四面体が占有する体積とが相関することから、リングサイズ分布の温度変化がガラス形成液体の体積の温度変化の指標として適切であることが分かった。特に、3員環・4員環という小さなリングは、リング生成の活性化エンタルピーが大きいことと、剪定効率が大きいことから、温度によるモル体積変化に大きな影響を及ぼすと考えられた。

4. 総括

 本稿では、ガラスの重要な物性である熱膨張係数の組成依存性の起源に関する考察について、AGCとPSUとの間で進めてきた共同研究の成果の一部を紹介した。本取組みは、シリケートガラスの体積に対する、構成粒子毎のボロノイ体積や、リング構造をベースとして、組成の寄与を考察するものである。これらの検討を通じて、組成依存性の全容をつかんだとまでは言えないものの、構造モデルに対して多様な観点からの構造手法を用いて考察していく手法は、ガラスの構造と物性の関係を理解するために有用になると考える。例えば、トポロジー剪定の考え方は、加圧されたシリカガラスの熱膨張や、レイリー散乱に関する考察(4, 5)にも応用されている。今後は、これらの解析によって得られた知見を基に、ガラスの熱膨張を考慮した設計指針を明確化するだけでなく、より効率的・省エネルギーな生産に適したガラス組成の設計や、魅力的な商品開発につなげて行きたいと考えている。

参考文献

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